日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

69歳のいまも……人生、後悔することばかりです。世の中がなぜこうなのかもわかっていない。世間には本音と建前があるのは知っているけれど……ほんとうのことを知りたい。WEBは巨大な辞書です。玉石混交ですが、検索します。訪問していただいて、感謝しています。ありがとう。

声高な主張には隠された目的がある

 おはようございます。

 四月になりました。今日は新しい元号が決まる日です。

 あと数日で桜も満開になるでしょう。大阪城公園は50パーセントの開花だそうです。今週の日曜日は花見でにぎわう。週の後半は曇りの日が多いみたいですが。

 新しい元号。新しい時代が始まります。  

 

   

 

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 先週、こんなニュースがありました。

隠れて魚を食べていたヴィーガン

news.livedoor.com

 

……隠れて魚料理や卵を食べていたのでは、詐欺だといわれてもしかたありません。ヴィーガンであることをビジネスにしていたわけですから。

 たんなる趣味で、ひとりでやっているなら他人に被害がないのですが。

 他人を巻き込んで「これが正しい」ビジネスをしていたのでは詐欺です。

 ヴィーガンであることが正しいかどうかでなく、〈正しい〉と煽り立てて金儲けのネタにしていた。〈純粋〉であることを手段にしていた。

  

 こういうことは世の中に多いのです。

 一見、純粋なように見せかけながら、そうではない。

 正しいと主張しているが、正しくない。

 真理のように見せかけること。

 

 資本主義社会では金儲けのために詐欺的な商法がまかり通っています。

 資本主義のもとではすべて詐欺になる、といっても言い過ぎではないでしょう。売れれば〈正義〉です。

 

 自分を、純粋な人間、だと思っている人は危うい。

 自分を純粋だと思うことで、他人に「正義」を強要する立場になる。 

 嘘をついて、自分の利益にする。

 

徴用工 歴史認識

 いま報道されている「徴用工問題」も、嘘のプロパガンダです。裁判を起こして訴えた人は、自分の意志で戦前の日本で働いて給料ももらっていた人です。自分で応募したのに、いまになってなぜ慰謝料を請求するのか。反日だからすべて許される国なのか。

 マスコミは日本人に、「朝鮮人を強制的に奴隷労働させた」という先入観を植え付けるために、徴用工でもない者を「徴用工」として報道しています。それに徴用は奴隷労働ではなかったのです。朝鮮人が徴用されたのは1944年から45年にかけての数カ月間だけです。 真実を知らないと騙されます。

日本統治時代の朝鮮人徴用 - Wikipedia

1959年(昭和34年)7月11日の外務省発表では、1939年末から1945年終戦までに増加した在日朝鮮人約100万人のうち、約70万人は自発的渡航と出生による自然増加、残り30万人の大部分は仕事の募集に応じて自由契約にもとづいたものと報告した。また、終戦後、在日朝鮮人の約75%が朝鮮に引揚げ(1946年までに約148万人が韓国に、1947年の北朝鮮引揚計画では350人が帰還)、残る約42万人は自由意思で日本に残留したのであり、1959年時点で在日朝鮮人約61万1,085人のうち戦時中に徴用労務者としてきたものは245人と報告した。

 

 

www.honmotakeshi.com

 

www.sankei.com

www.sankei.com

 

 韓国は、教科書は訂正するといっていますけれど……こういう記念館の展示も訂正するのでしょうか。反日が国是だから訂正しないでしょう。 

韓国の近現代史博物館を調査いたしました。 – 歴史認識問題研究会

 

 

 彼らがいう「歴史認識」は、「日本が悪い」というプロパガンダに土下座せよということです。

 

 

 大阪にはヘイト条例があります。特定の民族を批判することはタブーです。ヘイト条例は他の自治体にもあり、全国に波及していく勢いです。

 反韓デモの動画などを見ていると――憎悪表現で相手を罵倒することはよくないことです。ですが……条例で禁止すると、萎縮して、一般的な批判もできなくなってしまう。

 生野区に住んでいる日本人の立場からいうと、「なるべく在日の人とは 関わらない方がいい」という無難な考えになってしまう……それに在日の人たちは日本人名を名乗っていることが大多数なので、誰が在日かわからないのです。

 

 

純化するとファシズムになる

 人間って、純粋になればなるほど、他人を攻撃していくものなのです。自分を純粋だとしてしまうと、他人を許せなくなる。

 何かの〈至上主義〉というのがありますね。

 恋愛至上主義なら可愛いものですが、民族至上主義とか歴史認識至上主義とかになると、他人が口出しできません。

 何かを犯してはならない「真理」にすると、それ以外は認めることができなくなる。自分が正しいと思ったもの以外は、許さなくなる。

 

 原発や人権、反戦、平和について「これが正しいんだ」という目線からアッピールするリベラルの人たちは自分たちを一段高い人間と思っているようなのです。だから、そうでない他人を非難する。

 

 沖縄の辺野古移設に反対している活動家もそうです。

 県民の「基地は縮小してほしい」という願いを利用して過激なことを繰り返す。目的は基地を縮小することでなくて、日米の分断をはかり安保体制を壊すことです。それは中国共産党の利益になる。その手足になって動いているのではないでしょうか。中国は軍事的な要所である沖縄を支配したい。辺野古移設に反対している活動家が言うこととは別な目的が透けて見えるのです。

 

声高に叫ぶ人を疑ってみる

 これにつきます。

 正義を疑ってみる。――ほんとうに正しいのか。隠された目的はないのか。

 

 言葉でなく――その行動はなにを意味しているのか、誰の利益になっているのか、なのです。

 

 

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  自分の思いを整理せずにそのまま書いた気がしますが……本音ですので、このままにします。

 

 人を憎んだり、非難したりするのは嫌なことです。

 なぜなら、自分がそういうことをしてしまう人間だと、知っているからです。 

 いままでの人生で……したことを、後悔ばかりしてきました……そのときは、「純粋に行動している」つもりでした。〈純粋〉なことは他人に害をもたらす……そう思っています。

 

 

 

  

リンクを貼らせていただいたサイトの皆様に感謝します。

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     読んでいただいてありがとうございました。 

     すべてが穏やかで、誰もが幸せでありますように。