日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

69歳のいまも……人生、後悔することばかり。世の中がなぜこうなのかもわかっていない。世間には本音と建前があるのは知っているけれど……ほんとうのことを知りたい。WEBは巨大な辞書で、玉石混交ですが、検索してみます。訪問していただいて、感謝しています。ありがとう。

書物誕生 『スッタニパータ』(仏教最古の世界)を読んで2

 おはようございます。

 今朝は雨が降っています。天気予報をみると、今週はぐずつく日が多いようです。春の雨、というのでしょうか。

 花粉が飛散しているからか、くしゃみが止まらない。鼻がぐずぐずします。若い頃は花粉症じゃなかった……こんな症状になったのは、50歳を過ぎてからだったようです。体質の変化でしょうか。年をとると、鈍感になると思い込んでいました。そうでもないようです。(^-^;

 

 

   

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 28日 木曜日

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 よく「虎ノ門ニュース」を見ています。ほんとうのことを知りたいから。

 後半の話題では「日本帝国に支配され収奪された」という韓国の間違った思い込みを批判しています。

 事実を考える参考にすることができるのは、こういうネットの番組だけです。テレビや新聞はサヨクやリベラルの人が支配しているので、中国、北朝鮮、韓国マンセーの番組作りをする。外国のプロパガンダ機関といってもいい。日本を壊すことに熱心だなと思ってしまうのです。

  

2日 土曜日

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 政治集会……

 日本では言論の自由が保証されています。どういう思想を持ってもいい。

 ただ、過激なのは好きになれない。憎しみをあおる人は嫌だ。

 政治を生きがいにしている人たちは、そうでない人たちを置いてけぼりにする。

 若い頃、中核派の兵隊だったので、いまでも政治の動きには興味があります。その時代には新左翼各派の機関誌を読み漁ったし、理論も知りました。前段階武装蜂起論とか天皇ボナパルティズム論……

 いまでは、政治では人は解放されないと考えています。

 政治は、他人を支配する〈力〉や、権力でしかない。建前的なことや、理想的なことを言って、結果的に人を騙していることになる。

 自分を救うのは自分だけです……

 

3日 日曜日

 

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 玉置浩二は歌が上手い。心の深い部分をノックする……ずっと聴き入っていました。歌い手というより芸術家です。

 

 

 

 

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『スッタニパータ』―仏教最古の世界 (書物誕生―あたらしい古典入門)

『スッタニパータ』―仏教最古の世界 (書物誕生―あたらしい古典入門)

 

目次 

プロローグ

第Ⅰ部 書物の旅路――最古の経典の誕生と足跡

第一章 どのように成立したか

 第一節 他宗教との関係――特にジャイナ教との共通性

 第二節 『スッタニパータ』の成立

第二章 『スッタニパータ』の足跡をたどる――伝承と展開

 第一節 南方地域(スリランカ、タイ、ミャンマー)への伝承

 第二節 北方地域(インド、中央アジア、中国)への伝承

第三章 現代に生きる『スッタニパータ』

 第一節 宗教儀礼とパリッタ(護呪経典)

 第二節 「慈しみ」・「宝」・「こよなき幸せ」

 第三節 現代におけるパリッタの意義

第Ⅱ部 作品世界を読む――仏教思想の源流

第一章 『スッタニパータ』をどう読むか

 第一節 信仰の有無

 第二節 ゴータマ・ブッダと最初期の仏教――状況と立場の違い

第二章 「ブッダたち」とゴータマ・ブッダ

 第一節 ブッダは複数存在した

 第二節 「ブッダ」という語はたった一例――最古層資料

 第三節 「ブッダ」のさまざまな用例――古層資料

 第四節 ブッダとゴータマ・ブッダの宗教的特殊性

       ――自ら輪廻の流れを渡り終え、この人々を渡す

 第五節 固有名詞としてのブッダ

第三章 輪廻に対する態度

 第一節 従来の説とその問題点

 第二節 肯定的に捉えられなかった輪廻思想――最古層資料

 第三節 輪廻思想の導入――古層資料

 第四節 輪廻思想の定着

 第五節 ゴータマ・ブッダの輪廻観

第四章 無我の提唱

 第一節 無我の意味

 第二節 最初期の仏教が説いた無我

 第三節 無我の提唱と輪廻観

第五章 涅槃とは何か

 第一節 涅槃のそもそもの意味

 第二節 涅槃と煩悩

 第三節 生と死の視点

第六章 縁起思想の萌芽

 第一節 最古層資料にみる縁起

 第二節 古層資料にみる縁起

 第三節 ゴータマ・ブッダと縁起観

第七章 差別と平等

 第一節 「沈黙の聖者」――最古層資料にみる差別・平等観

 第二節 「生まれ」と「行為」――古層資料にみる差別・平等観

 第三節 精神性から社会性へ

第八章 ゴータマ・ブッダの生涯

 第一節 最古層資料にみるゴータマ・ブッダの生涯

 第二節 古層資料にみるゴータマ・ブッダの生涯

 第三節 『スッタニパータ』にみるゴータマ・ブッダの生涯

エピローグ――ゴータマ・ブッダは何を語ったのか

 参考文献

 『スッタニパータ』の経典一覧表

 あとがき

  

 

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第Ⅱ部 作品世界を読む――仏教思想の源流

第一章 『スッタニパータ』をどう読むか

 最初期はブッダに対する尊敬があっても、信仰ではありませんでした。後の時代に宗教として整えられたのです。それは教団が成立してゆく過程で、それを運営、維持するためであったのでしょう。

第二章 「ブッダたち」とゴータマ・ブッダ

 当時は聖者をブッダ(真理を覚った人)と読んでいた。お釈迦様はそのひとりだった。

世尊よ、みごとにお説きになったこの教えは奥深く、安楽をもたらすものです。それを皆は聞きたがっているのです。どうぞお説きください。ブッダたちの中でもっともすぐれた方よ。(383)――P81

 

 全宇宙の生滅や生き物の死して生まれかわる輪廻を考察し、汚れから離れ、汚れなく、清浄で、二度と生まれを繰り返すことがなくなった人、その人こそがブッダといわれる。(517)――P85

 (多くの詩句が掲載されているのですが、代表すると思える詩句を取り上げています)

第三章 輪廻に対する態度

ブッダの輪廻」について二つの説がある。

1 初期経典には輪廻転生に関する資料が多くある。ブッダは輪廻を認めていた。

2 「無我」を説いている。バラモン教アートマンを認めず、ゆえに輪廻を否定していた。

 

 思うこと(の意味)う完全に知って、激流を渡るとよい。沈黙の聖者(ムニ)はさまざまな所有物に汚されることなく、煩悩の矢を抜き去って、修行につとめ励んで、この世に対してもかの世に対しても望まない。(779)――P93

 

 また801の詩句

……また他の世に対しても(いまここで願うことがない。

 865の詩句

愛し好むことが世にはびこったり、あるいは貪りが世にはびこったりすることは、欲望にもとづいて起こる。また、人が来世に関していだく希望と目的も、それにもとづいて起こる。 

 などをみても、「来世を望まない」と言っている。

 

……輪廻観を前提とした表現と考えられる現世と来世という語が用いられているが、いずれもそうした世界を望むことが否定的に表現されていること、また再生しないようにと説く表現が見られること、生まれ変わりに関する質問を無視した態度などが……(P98)

  これらのことから輪廻は否定的に捉えられているとみていいでしょう。

 

  • 古層の資料になると「輪廻」の言葉が出てくる。これは仏教の思想に流布されていた「輪廻」思想が組み込まれたとみたほうがいいようです。
  • また最古資料では説かれていなかった「業報思想」が「輪廻」と結びついて説かれるようになる。

この展開の背景には、仏教教団も当時のインドの人々が圧倒的に信じていた世界観・人生観の根本である輪廻思想を決して無視することはできず、むしろ教団の発展のためには否応なしに受容しなければならなかったという社会的な背景があったと想像できる。その結果、教団においては輪廻を受け入れつつ教理が多様化し、展開したのであろう。このように、最古資料と古層資料との相違は、まさしく仏教の最初期の時代における輪廻思想に対する変容の一断面を映し出しているのである。(P108)

 

 では、ブッダの態度はどうだったかというと……資料で知りえる限りでは、ブッダは「現在」のことしか語らなかったようです。

 

第四章 無我の提唱

無我は二通りに分けられる。

1 対象を我がものと思い込まないという意味

2 自己の存在を自我として認識しない 

 

 1についての詩句

世間において、我がもの(という所有)もなく、ないからといって嘆くこともなく、さまざまな事物に(心が)陥ることもない、その人こそが静寂なる人といわれる。(861)――P114

 2についての詩句

誤った分別で対象を捉える根本の(私は存在する)というすべて(の自意識)を思惟して、(それを)抑止せよ。内なる心にあるいかなる妄執をも取り除いて、常に正しく自覚して学修すべきである。(916)――P115

 

まとめ―― 

 ……過去や未来という時間的な範疇を思考の対象から除外し、あくまで生きている現在に絞って、執着やこだわりの対象となっている自己の否定を説くことで、苦しみからの解放を提唱しているのである。(P120)

 

第五章 涅槃とは何か 

 涅槃とは「消える」「覆いをとる」こと。

 

この世において見たり、聞いたり、思ったり、認識したりして、好ましいと思う事物への欲求・貪りを取り除くことが、不滅なる涅槃の境地である。(1086)――P126

 

 この(欲求や貪りを取り除くことが不滅なる涅槃の境地である)ことをよく知って、正しく自覚し、現世において涅槃した人々は、常に寂静で、世間にありながら執着を乗り越えている。(1087)

 ここでは涅槃は「寂静」であると明快に規定され、その他、諸々の欲望の中にあっても妄執を離れ、世間にありながら執着を乗り越えることなどが、涅槃の条件とされている。――P127

 

 涅槃については最古層と古層の資料に、意味にそんなに違いがない。

 

 涅槃は煩悩を消滅することによって得られる境地である。――P130

 P131からは「煩悩消滅の三つの作用」の項において、他の経典などの記述を引用して、涅槃を解説されています。

 

第六章 縁起思想の萌芽

十二支縁起

 

 今日、ゴータマ・ブッダはこの縁起の法を観察したことによって悟りに到達したと考え、仏教の根本真理は縁起であると確信している人は多い。しかし、これらの伝承の多くは後世の仏教者たちの手によるもので、彼が本当に悟ったときに体得した真実の世界であったのかどうかは判らない。また、それが十支縁起であったのか十二支縁起であったのかも疑わしい。いずれにしても、これらのことは歴史的事実として確信できるほど簡単な問題ではないのである。(P142)

 

  • 最古層の資料には、苦しみの起こる経緯が論理的に説かれることはなく、体系的に説かれることもない。
  • 古層資料では、第三章第一二経「二種の観察」以外には説かれていない。

どんな苦しみが生ずるのも、すべて行為の潜在的な力を縁として起こるのである。行為の潜在的な力が滅すれば、もはや苦しみの生ずることもない。(731)

 

どんなくるしみが生ずるのも、すべて識別作用を縁として起こるのである。識別作用が滅すれば、もはや苦しみの生ずることもない。(734)

 

「苦しみは識別作用を縁として起こるのである」というこのことを禍と知って、識別作用を静めることから、仏教修行者は欲もなく、般涅槃に入るのである。(735)

 

接触にとらわれ、生存の流れに押し流され、邪道を歩む人々には、束縛を消滅することなど遠いかなたのことである。(736)

 

接触の在り方をことごとく知り……略……欲望なく、般涅槃に入るのである。(737)

 

 この経では「~によって……が起こる」という観察がなされている。

 

  • ジャイナ教にも縁起と同様の思想がみられる。
  • ブッダの縁起の考え方は、独自のものではなく、他の宗教との共通したものであるとみるほうが客観的である。

 

第七章 差別と平等

生まれ(た身分)によって賤しい人となるのではない。生まれ(た身分)によってバラモンとなるのではない。行為によって賤しい人ともなり、行為によってバラモンともなるのである。(136)

 

 ここではバラモン教が支配する社会制度を否定している。

 他の詩句でも「生まれ」ではなく「行為」によって「真のバラモンとなる」と言っている。

 

 P167には「仏教のめざした平等」という項が書かれています。

 仏教サンガでは誰でもが平等でした。ただ、仏教による社会変革までとはいかず、教団内部での平等にとどまったようです。

 

第八章 ゴータマ・ブッダの生涯

 最古層資料ではゴータマ・ブッダの生涯に関する記述は、サーリプッタ長老が語ったという二つの偈だけである。

 

 古層資料では、第三章第十一経「ナーラカ」にみられる。

 ゴータマ・ブッダが誕生したときに、アシタ仙人がブッダの将来を予言する偈が綴られている。

「出家」に対する偈は第五章の序に書かれている。

 第一章五経「チュンダ」での修行者に関する対話などがある。

 

エピローグ

 ゴータマ・ブッダが生きた時代には、苦しみから解放され理想的な境地を体得したブッダと呼称される多くの修行者たちがいた。ゴータマ・ブッダも、まさしくその一人として修行に専念しつつ、仏教の教えを人々に説き、導いていたのである。それでは、ゴータマ・ブッダは、いったい人々に何を説いていたのであろうか。

 まず、輪廻、無我、涅槃、縁起という仏教の中心的な思想、そして差別や平等に対する立場……略……(P182)

 

  • 『スッタニパータ』では後の仏教の主要な思想が素朴な形で書かれている。
  • 同時代の他の宗教家・思想家と比較して、突出した内容は説かれていない。

 

まとめ……

 ブッダは「世間に居ながら執着を乗り越えられる」教えを説きました。「現実世界のなかで、こだわりや執着を離れた苦しみのない境地を体得すべきである」と説きました。それは世間を支配していたバラモン教とは対立する新しい思想でした。

 ブッダの説いた「中道」や、抽象的なことに対して「判断しない」ことは画期的なことだったのです。それは後の仏教の教理化と体系化をもたらしました。それによって多くの経典が生まれ、多くの宗派が誕生することになったのです。

『スッタニパータ』は最初期の仏教がうかがえる最古の経典です。

 

 

            *            *

 

 学問的な本でしたが、基本的な仏教の思想がわかったのでよかった。ジャイナ教などと共通点があること。バラモン教の対立軸として仏教が出現したことが理解できました。経典の〈章によって成立の時期が違う〉と知ったのも新鮮でした。

 次回は同じ著者の『ブッダたちの仏教』という本を読みます。

 

 

 

…………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     すべてが穏やかで、誰もが幸せでありますように。