日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

69歳のいまも……人生、後悔することばかりです。世の中がなぜこうなのかもわかっていない。世間には本音と建前があるのは知っているけれど……ほんとうのことを知りたい。WEBは巨大な辞書です。玉石混交ですが、検索します。訪問していただいて、感謝しています。ありがとう。

「初期仏教」を検索して、考えたこと

 おはようございます。

 寒いです。急いで湯を沸かして、熱いお茶を一杯。これで落ち着きます。

 だいぶ治って来たけれどまだ足が痛いので、ラジオ体操に行くときに、気持ちが折れそうになる。人ってすこしのことで気分が変化するものです。

 ラジオ体操の終わりのときに夜が明けて朝焼けの明るさに包まれるのはいい。清々しい朝です。五重塔の背景には朝焼けの雲。鳥がさえずっている。 

  

           *            *

 

7日 木曜日

 今回の痛風は長引いています。焼酎を飲んでいないのに足の甲が痛い。検索して「水を一日2リットルは飲め」と書いてあったので、昨日から実行しています。多少マシかも。いずれにしても、いつかは「治る」――時間の問題だと思ったほうがいい。希望はいつもあるのです。

 

 大きなボトルを買いにセリアに行ったら「鍋蓋置き」を見つけた。いま使っているダイソーの鍋掴み形式のは不安定なので、これのほうがいい。買った。100円だと後悔しないで買える。

 

8日 金曜日 

独、FBの情報収集制限 当局命令「支配的立場を乱用」 : 経済 : 読売新聞オンライン

 独占的なものは資本主義でも許されない。

 

GYAO! で映画『オートマタ』を観る。始ってすぐ、「前に見た」と気づいた。それでも最後まで引きこまれた。風景や暗い色調がSFぽくっていいのです。ロボットが心を持つ。こういう世界が来たらどうしましょう。

movies.yahoo.co.jp

 

9日 土曜日 

 もう老人だし、ひとりだし、ネットサーフィンしか楽しみがないのです。それでいつもパソコンに向き合っているのですが……こんな記事を読みました。

gendai.ismedia.jp

 これ、2017年の記事です。

 アメリカが中国に「知的財産を盗むな!」と言っている背景にはこういうことがあったのです。

 

 先月書かれたこんな中国よりの記事もあります。

toyokeizai.net

 政治とか外交はなにが正しいのかわかりません。

 商売のために友好的でありたいのか……

 だだ、ウイグルチベットで拷問が行われ人が殺されているのは確かなので、日本は中国に協力するのはダメでしょう、そう思います。

 

10日 日曜日

 パソコンに保存している文書が気になって……

 カード化したものやノートの文章を取り込んでテクストとアイデアプロフェッサー・ソフトで取り込んでいるのですが……完全じゃないのでどうも気に入らないみたい。後になって読むわけでもないのに……

 分類好きとか整理好きの性格なのです。きちんとしていなければ気持ちが悪い、のは良くない。

 人生は曖昧で、世間の重大な事案も曖昧なままのことが多い。

 午前中は新しいソフトを入れたり、削除したりで過ごしてしまった。全然、新しいことをしてない。

 

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11日 月曜日 

 好きといえる「初期仏教」のことを考えたいのです。検索してみました。 

初期仏教 - Wikipedia

 時代の背景と、仏教がなぜ生まれたかの、わかりやすい解説です。歴史的にそうなんだ……

 

 時々「なぜ仏教が教団化していったのか」を考えることがあります。宗教とか教団が生まれるのは、そういったものなんでしょうか? 釈迦の行為は真似られ、言葉は遺産として残り、体系化されていった。みんなが残したいと思った……

 釈迦の死後に第一回結集があった。

 これらのことを「どうしてか」と考えても仕方ないのかもしれませんが。

 

 

ひとりから集団へ

 どんなことにでも集団や団体の動きはあるもので仏教も例外ではありません。釈迦が存命中には提婆達多の離反があり、それはまた別の教団として長く存続したのです。

 釈迦が始めた仏教そのものからして、体制の宗教であったバラモン教への批判から始まっています。支配体制への反抗ともいえます。そんなこともあって、人はひとりでは生きられないようになっている。人の世には集団や団体の存在がついてまわるのです。

 

 信じているのは〈ひとり〉の仏教です。ひとりで修行した釈迦を理想だと思っていますが……憧れているといってもいい。なにかを信仰するのはひとりでいいと思う。

 

 最初は釈迦ひとりで始めたものが、集団の論理というか力によって、後から新たなお経がつけ加えられたり、新たな論理が生まれて継承されていく――それが集団の力です。

 世間のなかで存在するには教団化する他なかったともいえます。集団化するのも意味がある。いいとか悪いとかではなく、それが世の法則なのでしょう。始まったものは、安定を目指し、世間のなかで集団化、組織化される。そして社会に認知され他に影響を与えるような力を持ったものになる。

 

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シンプルなものから複雑化

 最初はシンプルな教えであったものが、後につけ加えられて重厚なものになる。シンプルなものが複雑に理論化される。そのほうが世間の要求に合致するからだろうとは思うが……人々が求めるものに変わって行く。

 

 釈迦の教えも〈ひとりの修行僧としての生き方〉というシンプルなものだっただろう。

 教団(サンガ)を作り共同生活をするようになると、変わって行く。

 規律も必要になる。ルールも必要になる。集団化への理論も必要になる。世間を説得する教義も必要になる。現世的な利権も生まれるだろう。

 

 いまの日本の大乗仏教も釈迦の教えを原点とするけれど、相当変化してしまったものになっている。

 

 改革とは、原点に戻ることのように思う。改革するのであれば。

 

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優しさの共同体

 当時の世相を考えたら、サンガに依ることは平和に暮らす方法だっただろう。生きるのが困難な時代――

 世俗を離れた者が平和に暮らすにはサンガのような共同生活をするしかなかった。

 部族が争い、国を奪い合う時代でした。じっさいに釈迦族は滅ぼされた。お釈迦様の故郷はなくなりました。

 人はいつでも争う。

 なのに救いを求める。

 だから、優しい関係が作れる共同の生活が必要なのだとおもう。

 

 家族もそうだと思う。優しさが原理だ。世間のプレッシャーから人が安心して逃げ込むところなので、穏やかなところであってほしい。

 

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いつも変わらぬ問題としてある 

 本質は、〈自分〉対〈社会=世間〉の関係をどう捉えるかなのだともいえます。個人対集団です。個人主義が芽吹いたのは近代ですが、エゴ(自我)と集団との軋轢は歴史のずっと以前からあった。

 人が生きている限りある問題です。 

 そこから起こるトラブル解消の方法として、お釈迦様=ブッダは〈中道〉を説かれた。

 

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 仏教はすごく論理性が高いのです。

 ブッダ形而上学的な論争を否定しました。無意味だからです。――無記

 それよりも、誰もが仲良く生きる道、方法を探します。

 

 ブッダが亡くなる前に残した遺言は、「自分に依れ。法に依れ。自灯明法灯明」ということでした。

 

 

 仏教のことはこれからも考えていきたいのです。

 

 

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自分なりに信じている法則があります 

 この世にはこの法則がある、と信じています。

  • 諸行無常すべては変わる
  • やったことは自分に返ってくる=因果応報。自業自得。

 すべてのことは変化して行くし、最悪のことも最善のこともそのままにとどまらない。変わって行く。それが自然です。

 

 やった行為には結果が出ます。原因を作るのだから結果として表れる。

 人を憎めば、自分も憎まれるでょうし、嘘で他人を貶めるとその結果を引き受けなければならない。悪が自壊するというのはそういうことです。

 どんなことでもいつか結果になって返って来る。 

 世界は一つです。

 循環しています。自分のやったことは自分に返ってくる。悪いことをすれば悪い結果になる。良いことをすれば良い結果になる。当たり前のことです。

 

 そういう法則のもとに生きている。

 人は必ず死ぬのですが、そういった個人的なものに囚われてこだわるのが人間です。自分のことしか見えない。でも、それはしようがない。そこから世界を見るのは難しい……でも、宗教とか考え方を通して、他人と共同することはできるのではないかと思うのです。

 

 人はひとりでは生きられません。

 集団……組織……共同体……それで、人の〈権力欲〉や〈承認されたい〉という欲望が生まれてきます。どこに所属しているか大事になる。他人と比較する。人に差別や格差はついてまわるのです。

 

 どうすればいいという答えは見つかりませんが、人が差別したり他人を虐待するのは、そういう存在でしかないのだから、ある意味しかたないとも思っています。理想的な人間性に近づければいいのですが……人は弱い。人は自分で作り出した桎梏から解放されなければならないし、強くあるべきなのです。次の世代は、新しい希望を作り出すでしょう。

 

 

 

 

…………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     穏やかで……誰もが幸せでありますように。