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底辺で生きて来て……69歳になりました。人生を語るには、遅すぎるようです。日記を書きます。〈自分なりの仏教〉のことも。訪問していただいて、感謝しています。m(__)m

『物語の体操』

 おはようございます。

 大阪の今朝の気温は10度です。肌寒い。昼間も気温が上がらず曇りの天気予報。小春日和がいいけれど。

 このあいだ小津安二郎の『秋日和』という映画を Youtube で観ました。昔の映画は穏やかでのんびりしていて、いい。原節子って、美人というより可愛い感じなんですね。小津安二郎の映画をもっと観たいです。

 

 

 

 

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  純文学とは違う、キャラクター小説の書き方です。

 

物語の体操―みるみる小説が書ける6つのレッスン (朝日文庫)

物語の体操―みるみる小説が書ける6つのレッスン (朝日文庫)

 

目次

第一講 本当は誰にでも小説は書けるということ

第二講 とりあえず「盗作」してみよう

第三講 方程式でプロットがみるみる作れる

第四講 村上龍になりきって小説を書く

第五講 「行きて帰りし物語」に身を委ね「主題」の訪れを待つ

第六講 つげ義春をノベライズして、日本の近代文学史を追体験する

あとがき

 

            *            *

 

 小説を書けるということは共有できるものなのか。小説家の特権か。凡人には真似ができないものか。そういう問題意識で、著者は、〈小説を書くこと〉をマニュアル化しようと企てます。

 小説家や小説マニアは反〈おはなし〉的小説を好みますが、反物語が〈おはなし〉よりも高級だという認識は間違っていないでしょうか。

 人は生まれながらにして〈おはなし〉を作る能力を持っている。

 

 ここでは幼い女の子が作った〈おはなし〉が載せられています。想像しながら与えられたものを統合して、組み入れてゆく……。誰でも空想して〈おはなし〉が作られるのです。

 

 P26には〈知恵〉とか……〈秩序〉とか、〈理性〉とか書かれた24枚のカードが登場します。これを、1~6の構成、展開に当て嵌めます。

 1 主人公の現在――公式

 2 主人公の近い未来――誓約

 3 主人公の過去――至誠

 4 援助者――解放

 5 敵対者――調和

 6 結末――生命

         みたいに。

 これをタロットカードに見立てて、プロットを作っていく。

 この本ではいろんなプロット作る試みがP32~41まで記述されていますが、要するに、カードで出た要素を起承転結の展開に持っていくということです。 

 

 先達の作品からアイディアを盗もう。模倣は発明の基本です。

 P50~はマンガ『どろろ』が構造分析されます。ゲームの『摩陀羅』は、構造がそっくりで似ています。

 

 物語を抽象化してゆくと同じ構造になる。それをプロットにして違う話が作れます。

……物語の構造を自力で把握し、かつ、それを構造のレベルで「盗作」し、自分の新しい物語を作り出す。(P64)

 

 ここでは村上龍の『コインロッカーベイビーズ』や『五分後の世界』のプロットを真似て、著者の生徒たちが作った梗概が載せられています。

……「盗作」してみましょう。「みるみる物語が作れる」ようになる自分にあなたはちょっと驚くはずです。

 ただし、これはいわば「口移し」でことばを覚えるのと同じ作業ですから、何度も何度も繰り返しこのレッスンを行って「物語の構造」を頭にあるいは身体にしっかりと刷り込んであげることが大切なのは言うまでもありません。(P75)

 

 P87にプロップの31の〈物語の機能〉が掲載されています。これは以前にブログに引用しました。

 P90には登場人物として7人の役割とその行動の表が書かれています。

1 敵……加害的行為  主人公との闘争  追跡

2 贈与者……魔法の手段の譲渡の準備  魔法の手段の譲渡

3 援助者……主人公の空間の移動  加害行為または欠落の回復

       追跡途中での救助  難題の解決  主人公の変身

4 王女(探索の大昭)とその父

     ……難題解決の要請  印を与える  にせの主人公の発覚

       本当の主人公の認知  第二の敵「にせの主人公」の処罰  結婚

5 委任者……主人公の派遣

6 主人公……探索のための出発  贈与者の試練に応える  結婚

7 にせの主人公……探索のための出発  贈与者の試練に対する答え  うその主張 

 

  • 主人公には援助者と敵がいる。
  • 主人公は対象に働きかける。
  • 対象には送り手(主人公に問題の依頼をする)と受け手(対象を送り届ける相手)がいる。

 こういう構図になっています。 

 

  この本のいいところは、生徒たちが作ったプロットがたくさん掲載されていることです。それを読んでいると、「こういう構造から……こう作ったのか」と理解できるのです。

 

 著者はマンガ雑誌の編集者なので、作品を仕上げる才能を分類しています。

1 キャラクターやメカニックという一点物のイラストレーションを仕上げる技術。

2 物語世界のバックグラウンドのデティールを構築する技術。

3 ストーリーを構築していく技術。

4 コマ割り、ストーリー漫画を演出する技術。

5 既存の作品の設定やキャラクターを借用、アレンジする技術。

 

 著者は村上龍の『五分後の世界』『ヒュウガ・ウイルス』について、「物語」と「世界観」がきっちりと分化されている、と捉えています。

 一度、「世界観」を設計してしまうと、後はゲームでもプレイするようにいくらでもお話うその上に走らせればよいのですから(本当はそんな単純なものではありませんが)延々とシリーズは続きます。『ガンダム』の主人公を次々とチェンジしながら二〇年も続いてきたのはこの「世界観」の存在故です。(P132)

 

 「世界観」という「場」の上に、そのメディアに最もふさわしい「趣向」を成立させる――P136

 

 ぼくが『五分後の世界』の世界観を教材に生徒たちにプロットを作らせる理由の一つは実はここにあります。つまりこの村上龍の『五分後の世界』の世界観というのはその上に乗せて新たなプロットを作ろうとするものに対してごく自然に一定のリズムを与えてくれるのです。主人公はどこか別の場所からこの見知らぬ世界にやって来てしまった、だから元いた場所に戻ろうとする。そういう「往復運動」の上に主人公は置かれるのです。(P157)

  ここではある世界観のうえに作品を作る工程が分析されています。

 

「お話」にとって最も原初的、かつ根源的な身ぶりである「行きて帰りし物語」……P159

 

 その行って帰ってくる過程で、主人公は成長している。それがテーマです。

 

……まんがにせよ映画にせよ優れた映像作品は極めて効率よく場面が構成され、かつ、これが一番大切なのですが、一つのコマなりカットの中に「書かねばならないこと」は既に切り取られて示されているのです。一つの場面を構成するのにいったい、いかなる情報が必要なのか、それを頭の中でゼロから組み立てようとしてもなかなか上手くいきません。生徒たちを見ていても小説が書けないことの原因はしばしばそこにあるようです。

 ならばあらかじめ必要な情報が示された映像作品を文章してみよう、ということです。もちろんまんがのコマや映画のカットの中の情報をそのまま文章化しても小説にはなりません。(P181)

 試行錯誤して「ノベライズ」していく。それが訓練になる。

 

 この6講ではつげ義春の『退屈な部屋』を素材にして私小説について分析、解説しているのですが……

 つげ作品はいかにも私小説の「私」ふうの「私」をキャラクターとして立てることで成立している、という点において「私小説」ふうなのです。(P196)

 日本の「文学」は仮構の「私」を、小説=虚構によって描く、ということで成り立っている。

「文学」はややこしく、難しいもの。それが魅力といえるのかもしれませんが……

 

私小説」における「私」の替わりに「キャラクター」を、そして自然主義リアリズムの替わりにアニメ・まんが的リアリズムを採用した小説をキャラクター小説と呼びます。(P206) 

 

 近代小説のリアリズムとは違うリアリズムです……

 

 著者は「あとがき」にこう書いています

 小説を書こうとしても書けない人たちの「つまずき」の原因の多くが実はこの基礎トレーニングを経ていないことにある、とぼくは考えます。決して才能や運の問題ではないのです。上手下手はともかく大抵の人々がきちんと基礎的なトレーニングを行えばそれなりに水泳やサッカーやゴルフをこなせるように、小説もまたそれなりに書けるようになるはずです。本書はそれゆえに「物語の体操」と名づけられているわけです。

 

           *            *

 

 「基礎的な訓練を繰り返せば小説は書ける」――この言葉にグッときました。創作を身近なところまで引き寄せる。「誰でも小説は書ける」――すばらしい言葉です。

 物語、お話の構造を技術として学ぶことで、練れていく。

 熟練工になってみたいものです。もう遅すぎるのですが……

 

 

 

  …………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     誰もが穏やかで、幸せでありますように。