日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になりました。後悔ばかりの人生でしたが、それもしかたがないことです。〈初期仏教〉を信じているので、なんとか暮らしています。訪問していただいて感謝しています。ありがとう。<m(__)m>

『小説家になる!』1~6講まとめ

 おはようございます。

 朝夕,寒くなりました。すずめが騒がしいです。

 交差点の草むらで虫たちの鳴き声がします。

 生きているということはすばらしい。

 

 

 

 

 ………………     ………………     ………………     ………………

 

  ずっと「小説を書きたい」みたいなことを思っていました。憧れでした。けっきょく新人賞に応募する作品が書けなかったのは――熱意が、そこまでなかったこと、〈才能がないな〉と自分に絶望したこと、コツコツと書き続ける忍耐力がなかったことにつきます。

「そうなりたい」と思うだけでは、 そうならないです。

 すこしでもいいから、目標を目指して、進んでいるという〈実感〉を持って生きることが大事なんだろう。

「0か、100か」ではダメで……いま、老人になって、「もうすべて遅いなあ」と思う年になると……日記を書くように、小説を書くことが日常であるような生き方ができればよかったのにと思ってしまう。

 才能がなかったのは自分で分かっているし、逃避のために酒ばかり飲んでいたので (*_*; そんなに悔しいとか残念だったと思ってるわけでないです。コツコツできなかったのは反省すべきですが、才能がないのも含めて自分なのです。しかたない。

 

 

『小説家になる!』は、丁寧な解説と指導で濃い内容でした。あまりに詳しいので、それで、小説を書くことに〈怖気づいてしまったきっかけ〉になった本です。 

目次

第一講 作家以前の方々へ

 作家のモラル――レイモンド・カーヴァー『書くことについて』

 物語世界に工夫を凝らす――永井龍男『秋』

 テーマを埋め込む――プルースト失われた時を求めて

第二講 書き出しの基本的なパターン

読者を引き込むそれぞれの技巧

第三講 構成に対する意識

サンドイッチ方式 モチーフの語り方

第四講 物語の設定について

マイナス1の仮定法 書くことの困難さ

第五講 対象との距離を保つ

ユーモアの効果 会話の断片性 小説のキモ

第六講 やってよいこと、やってはいけないこと

読まれるために書く 書くために読む どれだけ削れるか 初めの一行、タイトルの付け方 イメージを結晶させる 風景や行為に意味づけしない 誇張法や比喩の効果 体言止めと自由間接話法 登場人物の設定 テーマを発展させストーリーからプロットへ 謎の力 トリック 平明な言葉で書く 「文は人なり

  • スタンリー・エリン『鏡よ、鏡』『特別料理』……以下8冊、省略します。

第七講 書きたいテーマにあったジャンル

心理小説 愛と死をめぐる小説 幻想小説 ハードボイルド小説 ミステリ小説――物語を語る術 

第八講 物語をどう展開させ構築するか

四大元素の想像力 神話のもつ不滅のパターン 物語を構築する 場面を構成する――クロス・カッティング 映画から学べること 三面記事リアリズム

第九講 メリーゴーラウンド方式

無手勝流の名人芸 リアルな心理と感覚

第十講 弁証法を活用する

対立によるドラマ作り 典型的な登場人物 物語の空間を移す 対立を超えるもの

第十一講 エッセーが小説になる瞬間

比喩の使い方 二者択一の列挙法

第十二講 時間のパースペクティブについて

唯一のテーマを小説にする 無動機の設定 会話と行為のハードボイルド

付録 実践的添削教室

あとがき

 

  6講と8講の作家と作品名を省略したのは、「このことについては、この作品ではこう描写され表現されている」と、マニュアルとして書かれている事項の説明や参考として挙げられているので、また本を読んでくださればいいと考えます。

 

  それにしても目次を見ただけで「詳細だな……小説を書くって大変なんだな……」という気持ちになってしまうのです。だけど、述べられていることは納得できるもので、必要なことなのだと思いました。

 

 

 

           *            *

 

 

第一講 作家以前の方々へ

初心者へのアドバイス 

 人の心理であろうと、物の状態であろうと、ストーリーであろうと、全部そうですが、自分でこれは正しいと思えるところまで言葉を見つめないかぎりだめです。(P9)

 

 正確さということに対して、自分の心のどこかで恥じるところがあいか、自分が本当にリアルだと思っていないことをいい加減に書いてしまっていないか、そういう自己点検を行わないと、いつまでたっても文体は鍛えられません。つまり、削るということなんです。(P10)

● 削ることの大切さを知ること。

● 正確に表現すること。

            *            *

 永井龍男『秋』は『月見座頭』という狂言について書くことから始まります。

 その小説について著者はこう言っています。

  • 『月見座頭』という言葉から想像力が広がるという事。それが仕掛けなんです。知らない人は「何だろう」と思うし、それで引っ張って行く。ミステリーの感じを残しているとこがうまい。
  • 人物描写も一箇所で全部説明しなくてもいい。人間関係で浮かび上がらせる。
  • 記述にメリハリをつけて、時間の流れをコントロールする。
  • 小説は〈謎〉を提示して読者を引っ張っていく。謎解きの過程が小説の構成、プロットになる。

 

第二講 書き出しの基本的なパターン

 ここでは11作品の書き出しが並べられています。読者を引き込むそれぞれの技巧――

夏目漱石『明暗』 2川端康成伊豆の踊子』 3谷崎潤一郎痴人の愛』 4深沢七郎楢山節考』 5三島由紀夫仮面の告白』 6大江健三郎『死者の奢り』 7エミリー・ブロンテ嵐が丘』 8コンスタン『アドルフ』 9バルザックゴリオ爺さん』 10モラヴィア『無関心な人びと』 11レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』

  • 読者を引き込むためならどういう書き出しでもいいのです。

 小説を書くということは、物語のただ中に引きこみつつ、このあとどうなるんだろうという前向きのサスペンスフルな興味を持続させると同時に、それ以前に何が起こっていたのかという謎解きの興味でも引っぱるわけですから、その相反する二重の興味の動きのなかで、状況説明を徐々に少しずつ行なっていくことが大事です。(P32)

 

 それぞれの作品の書き出しの意味と効果について解説されています。バルザックのところがおもしろかった。

  • バルザックは映画的。書き出しはロングショットから始まることが多い。
  • クロス・カッティングという――別の場所の出来事、別の場面を今の描写と交互に描く手法。

 

第三講 構成に対する意識

 この章では、村上春樹中国行きのスロウ・ボート』を分析して、〈サンドイッチ方式〉と〈モチーフの語り方〉について解説しています。

 構成の操作としては簡単です。大事なのは3の中国人のエピソードだから、中国人の話二つで前後から挟んだだけなんです。そのつながりをうまくコントロールするためにイントロの1がついている。(P53)

 サンドイッチになっているんですね。

 

 村上春樹誇張法・比喩が得意です。「……思わせた」という形で比喩を使うのが村上春樹流です。

客観的に何々のようであるとか、何々だと言うと、一人称の場合に文学臭や技巧性が強くなりすぎる。その場合、主人公や登場人物に「……と思わせる」のは一つの手です。(P58)

 

 あと、「それから、何もまずいことはないんだと説明した。根本的な間違いではないし、間違ったところを最初からもう一度やりなおしても、それでたいして作業が遅れるわけではないのだ」という、ごくごく当たり前の理屈を言って相手を説得するのも、村上春樹の得意のバターンです。こうしてある種の礼儀正しい優しさみたいなもので主人公の性格を造形する。(P59)

 

 構成の話に戻せば、自分の書きたいモチーフをいかにうまく隠しながら読者を結末まで引っぱっていくかを技術として考えることです。(P65)

 

 

第四講 物語の設定について

 この章ではレイモンド・カーヴァー『大聖堂』を分析して解説しています。

 

マイナス1の仮定法

 この作品は盲人を登場人物にしています。感覚が欠損した場合にどうなのか、という仮定から始まります。

 そして大聖堂を説明しているときに、盲人は主人公に「目を閉じてみて」と言います。最後は……

「私の目はまだ閉じたままだった。私は自分の家にいるわけだし、頭ではそれはわかっていた。しかし自分が何かの内部にいるという感覚がまるでなかった」

 という感慨で終わることになる。

 

表現できないものを表現するのは、小説の目的の一つ

 この小説は、感覚が欠損したらという仮定法に基づいているけれども、盲人を迎える主人公の反応を一つずつ変えて描いて、次第に残酷さを深めていった末に、最後の結論に持っていく。そして、さらに結論のもう一歩向う側にまで導いていく。(P78) 

第五講 対象との距離を保つ

 サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』を解説しています。

 

  • 様々な無意味な行為をどんどん列挙することで、ユーモア効果を与える。(P84)
  • カメラアングルを変えて描写する。読者としては、それで退屈しない。自分の見ている目がどこにあるかを常に意識しておく。
  • 会話をうまく書く練習――いろんなシチュエーションを考える。違う状況や、設定を変えて書いてみる。
  • 小説の核心に近づいた時、会話で迂回する。焦らす。
  • 全部の事情を語らなくていい。

 

  第六講 やってよいこと、やってはいけないこと
  • A、B、Cとか、一、二、三とか、短い章うつくりながら話う進めていく方法は、小説のいちばん安易なやり方なので、なるべく避けること。物語として言葉でつないでゆく努力をしないと、時間の流れ、物語の持続が描けない。(P107)
  • 小説と想定している読者との、距離を知っておく。
  • 意味のない一行空けはしない。
  • 読点で改行して会話に行くのはなるべくやめたほうがいい。会話に移る場合は句点で切ってから移るほうが安定感があります。(P110)

 

書くために読む

先人がいろいろなパターンでやっている小説をできるだけ読んだうえで、違うアイデアがどうできるかを考える。ゼロから考えるよりはずっとやりやすいはずですよ。(P112)

どれだけ削れるか

  小説というのは、書くことはいくらでも書けるんです。自分の内面に浮かんだことをエッセー風に書いていけば、あるいは、文学史的には意識の流れとか内的独白という形で正当化された技法で書いていくぶんには、いくらでも書ける。だけど、素人が無自覚にそれをやっても「小説」にはならない。思いつきの饒舌はいくらでも可能ななかで、どれだけ削れるかが勝負なんです。(P113)

 

  •  短編を始めるのに様々な要素を冒頭にだらだら出さないことは絶対の前提条件です。(P115)
  • 曖昧な表現は絶対にやめる。(せいぜい、ように、思われ、だいたい、おおよそ、そういえば、だったかもしれない……)
  • 副詞も使わない。形容詞も避ける。
  • ユーモアの効果を出そうとするカタカナの書きは使わない。「カチンときた」「ホッとした」など。

 

 風景や行為に意味づけしない

  小説というのは、人間の内面に立ち入って心理を描くことは自由だけれども、最終的には外に現れた行為によって表現していく芸術ですから、自分が見ている物とか風景とか自分が行っている行為にいちいち内面的な意味づけうやっていったら切りがないんです。例えば、駅から自宅に帰るまでに自分だけが見ているタルコフスキーのヴィジョンみたいな世界が表現できると錯覚して、どんどん書いていく人がいるけれども、読ませられるほうにとっては苦痛でしかない。これが仮に映画なら、イメージがきれいだったら、そのままずっと観ていることは可能です。しかもその間に物理的あ時間は経過していく。ところが小説の場合は、そこに書かれたイメージを納得する努力を行うのは読者なわけですから、イメージが作者の一人よがりの産物だと、読者はだんだん疲れてきて、その次に進みたくなくなる。だから、あくまでも客観性を持った記述に留まることが必要です。もちろんここぞというときに内面のヴィジョンがぱあっと出てくるのはいいけれども、それを続けてはいけない。(P118)

 

  •  むやみに誇張法・比喩を使うな。
  • 体言止めと自由間接話法についてはなるべく使わない。

 

 テーマを発展させストーリーからプロットへ

  ストーリーは「王が死んだあとしばらくして王妃も死んだ」。プロットは「王が死んだあと、心痛のあまり、しばらく後に王妃も死んだ」ということ。

 

 この「心痛のあまり」をうまく描き出すのが小説の本分だといえる。(P125)

 

 どんな小説もミステリになりうるというか、ある謎が提起されて、それがどう解明されてゆくのかが、小説のいちばん重要な力の一つなんです。(P126)

 

 形容詞を使わず、平明で乾いた透明な文章を書こう。

 

●アイデアを考える参考書として、 

定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー

定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー

 

  が、挙げられていました。

 

 

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 長くなりましたので、7講~12講のまとめは木曜日にします。

 

  

 

 

  …………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     誰もが穏やかで、幸せでありますように。