日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になりました。後悔ばかりの人生でしたが、それもしかたがないことです。〈初期仏教〉を信じているので、なんとか暮らしています。訪問していただいて感謝しています。ありがとう。<m(__)m>

『宮澤賢治と法華経宇宙』

 おはようございます。

 大阪は連日35℃を超える暑さです。まだまだ残暑が厳しい。お体、ご自愛下さい。

 自分は、図書館に避難するようにしています。4時前に図書館を出ると熱風が襲ってきます。日差しが焼けるように暑い。町全体がコンクリートアスファルトで造られているから熱の逃げるところがない。自然から離れてもとても便利とはいえない。やはり都会では都会的な生活をしなければならないのかなあ……もっと公園とか自然があればいいのに。

 

 

 

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  著者は渡邊寶陽という人です。 

 

 

宮澤賢治と法華経宇宙

宮澤賢治と法華経宇宙

 

 目次

Ⅰ 賢治と法華経

 1章 仏教との縁

  1賢治の生涯と仏教とのふれあい 2宮澤家と仏教講習会 3時代の精神

2章 法華経への目覚め

  1島地大等の感化と法華経との出会い 2「聖道門の修行者には弱いのです」

  3賢治の法華経文学 4「根原の法華経

Ⅱ 法華経とは何か

1章 「法華経」とは……

  1『妙法蓮華経』の訳出 2宮澤賢治はどのように『法華経』に心を惹かれたのか

  3『法華経』の二大教義 その①「諸法実相」について

  4『法華経』の二大教義 その②「久遠実成」について

2章 『法華経』の全品(全章)の概要

  1『法華経』前半=迹門十四品について

  2『法華経』後半=本門十四品の展望

  3むすび

Ⅲ 作品の中の法華経精神

1章 仏教からの近代文明批判と仏教の眼=「注文の多い料理店

  1「都会文明と放恣な階級への反感」 2仏教思想=三毒の戒めからの警告

2章 春のイメージと修羅の懊悩=「春と修羅」の主題

  1菩薩の祈りに生きることと、修羅のごとき己れの存在

  2菩薩への思慕と修羅の悔恨 3「春と修羅」と法華経の世界

3章 妹トシと信仰の深まり=「永訣の朝」前後

  1「永訣の朝」 2「無声慟哭」

4章 『銀河鉄道』断章=「十界」の描写と宇宙観

  1宇宙観と法華経の世界

  2『銀河鉄道の夜』の背後にある『法華経』「如来寿量品」の世界

  3『銀河鉄道の夜』の構成 4『銀河鉄道の夜』と死の問題

  5法華経解釈の「十界」と銀河系宇宙

5章 デクノボー精神と不軽菩薩思慕=「雨ニモマケズ手帳」

  1写経からはじまる『雨ニモマケズ手帳』 2苦痛とのたたかい

  3幻想・妄想からの脱却 4不軽菩薩思慕

Ⅳ 賢治の祈り

1章 仏陀釈尊への帰命と地涌菩薩尊崇=賢治のいただいた菩薩の祈り

  1「法華文学ノ創作、名ヲアラハサズ」 2法華経への目覚め 3菩薩への憧憬

  4上行菩薩と常不軽菩薩

2章 病床での苦悩=賢治における生と死

  1賢治の童話に見る「死」の意識と祈り 2死の覚悟 3「遺書」

  4生死を一貫するイメージ 5『雨ニモマケズ手帳』にみる生と死

あとがき

 

 
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 宮沢賢治の生涯は、誰でも知っているでしょう。学校ではいまでも「雨ニモマケズ」の詩を教えているのでしょうか?

 

【Ⅰ 賢治と法華経

 賢治の生涯と法華経との緣について解説されています。賢治は生涯、法華経の信仰者でした。

 明治、大正の時代は変革の機運が高まりました。「どういう国を造るのか」という国体論が議論されました。宗門の変革も叫ばれました。そういう時代の流れのなかで国柱会ができたのです。

 

【 Ⅱ 法華経とは何か】

 は法華経の概要です。「諸法実相」「久遠実成」と法華経の構成について書かれています。

 


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 読みたかったのは【Ⅲ 作品の中の法華経精神】で――その分析です。

 この本では以下の作品について、法華経の影響を語っています。

 

 「注文の多い料理店

  賢治が28歳(1924年)に上梓した『イーハトーブ童話 注文の多い料理店』の一編。

 この本の広告チラシにはイーハトーブの説明と、童話が書かれた事情とが書かれました。(P80)

 イーハトヴは一つの地名である。……実にこれは著者の心象中に、このような状景をもって実在したドリームランドとしての岩手県である。……そこでは、あらゆる事が可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従えて北に旅することもあれば、赤い花杯の下を行く蟻となることもできる。

罪や、かなしみでさへそこでは聖くきれいにかゞやいている。

 

 これは正しいものゝ種子を有し、その美しい発芽を待つものである。而も決して既成の疲れた宗教や道徳の残滓を色あせた仮面によって純真な心意の所有者たちに欺き与えんとするものではない。

 

  宮沢賢治の意気込みと決意が感じられます。そして「注文の多い料理店」について、

糧に乏しい村のこどもらが都会文明と放恣な階級に対する止むに止まれぬ反感です

 とコメントしているそうです。

 

宮沢賢治 『注文の多い料理店』広告文

 

 明治の急速な近代化は、裕福な都市階級と貧困にあえぐ農村を生み出しました。賢治の作品には地方からの視点があります。

……「注文の多い料理店」の背後に、上記のような戒めが、仏教において基本的な思想の一つである「三毒」の警告として存在しているように感じるのである。仏教は欲望を否定し、それを超克していく教えである。その一貫として「三毒」が明らかにされる。

三毒」とは貪欲(貪り)・瞋恚(怒り)・愚痴(愚かさ・無知)をいう。(P88)

 

春と修羅

宮沢賢治 『春と修羅』

 

 その「序」を法華経の観点から考察しています。

 そのことを現実の人間生活として描くと、「風景のなかで、人類という同種の意識をもって、忙しそうに電気が点いたり消えたりして灯しつづけられながら」生存し、死していく人間の姿は、因果の法則の通りに交流していく電灯の一個の照明のようなものだ、というのであろう。それぞれの人間は自覚的にそれを認識していなくても、人間(凡夫=凡人)が自己を「一個の青い照明のようなものと見ていても、仏陀によって見そなわされている因果の法則によって、仏陀が超越的に存在すると同時に、すべての衆生に内在するという普遍的ありようを示している。その仏教教理、乃至、仏教思想の奥義を、「因果交流」として意味付け、さらに「因果交流電灯」と科学的知識が横溢している賢治らしい表現をもってそれを示していると考えてよいと思う。(P96)

 長い引用になりましたが……言われるように、賢治は仏教的なものから普遍性を打ち出しています。

 

 賢治が『春と修羅』刊行に期して「序」を書いたのは大正13年1924年)1月20日だったそうです。大正11年11月27日に妹トシは亡くなっています。この1年あまりは賢治にとって疾風怒濤の時期でした。葛藤と悔恨と……そこに、心象風景としての詩が書かれました。

おれはひとりの修羅なのだ〉という認識も、善鬼と悪鬼の両面を持つとされる阿修羅のイメージです。その修羅についての解説がP108~118に書かれています。

 

春と修羅』と法華経の世界」では、その描写に法華経の影響があることが書かれています。

 

心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地

いちめんのいちめんの諂曲模様

 

正午の管楽よりもしげく

琥珀のかけらがそそぐとき

 などの表現です。

 

 

「永訣の朝」

 著者はこう書いています。

……なにげない妹の依頼によって、賢治は壮大な宇宙の中に緊密に見上げる仏陀の世界への目覚めを促されたと考えたのであろう。前述したように、賢治にとって法華経に求めるまず最初の恵みは、仏陀の大いなる光を、歓喜をもって身に受けることにあった。雪を掬う行為が、すぐさま仏陀への祈りに通じ、それが同時的に銀河系宇宙を体感することになる。われわれには理解することがむずかしいことだが、賢治の感性にとってそれはごく自然に受け取られたものであったのだ。それをわれわれは〈法華経の宇宙観〉と呼んでみたいのであるし、それは地球上を離れた感覚ではないので、〈法華経世界〉と呼んでもさしつかえないものかと考えるのである。(P134)

 

 

銀河鉄道』断章=「十界」の描写と宇宙観

 この章で興味深かったのは「銀河鉄道の夜」の構成が載っていることです。

1午後の授業 2活版所 3家 4ケンタウル祭の夜 5天気輪の柱

6銀河ステーション……列車に乗っていることに気づく。カムパネルラといっしょ。

北十字星とプリオシン海岸……ハレルヤの声 停車場の広場 プリオシン海岸 

8鳥を捕る人……鳥をつかまえる商売

9ジッバンニの切符……白鳥区のおしまい 男の子と青年と女の子 川の岸辺と鳥

           窓から外を見ている(女の子と話しているジョバンニ)

           峡谷を通る 工兵の発破 蠍の火の話し サザンクロスの別れ

           カムパネルラとどこまでも一緒に行こうと誓う

10カンパネルラの死……ジョバンニ、草の中で目を覚ます

 

法華経解釈の「十界」と銀河系宇宙」の章は、賢治が描いた「銀河鉄道の夜」を法華経的解釈で読み解くものです。           

……順次訪れていく世界が、そのまま「十界」の描写とはなっていない。だが、中国の天台大師が示した法華経教理そのままに描くことはなくとも、さまざまな生の営みをしている人びとの姿を描くことによって、「人はさまざまな生き方を通して、真実の道を求めている」ことを描いているものと理解したいのである。(P168)

 

 

 デクノボー精神と不軽菩薩思慕=「雨ニモマケズ手帳」 

 

宮澤賢治 〔雨ニモマケズ〕

  

雨ニモマケズ 宮沢賢治複製手帳

 手帳には写経と、法華経信仰に基づいた詩が書かれていました。その手帳の分析です。〈デクノボー〉とは常不軽菩薩であることが書かれています。

 

 

 

            *            *

 

  宮沢賢治の生涯と作品をたどりながら、その信仰と法華経の影響を調べたものです。具体的に解説されているので納得できました。ときには法華経の解釈から賢治の作品を理解しようとするところもありますが、法華経が賢治の思想の核になっていたのは確かなようです。賢治がその時期に何をしていたのか、具体的な行動が描かれます。それで「賢治は何よりも法華経を信仰していたんだな、大きな影響を受けていたのだ」ということを知ることができました。 

 

 

 

 

  …………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     誰もが穏やかで、幸せでありますように。