日の記し=検索、読書、思うこと ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

底辺で生きてきた視点から社会を見たい。ネットは巨大な辞書です。日々の生活で疑問に思うことを検索します。訪問していただいて、ありがとうございます。

『日蓮仏教の社会思想的展開――近代日本の宗教的イデオロギー』を読んで

 おはようございます。

 台風20号が西日本に近づいています。近畿は夕方から強い雨になるらしい。四国の室戸岬あたりに上陸しそうです。被害が出ないことを祈ります。日本はずっと緊縮財政政策をとりインフラや治水の公共投資を削ってきたのでその影響も大きいのです。 

 

 

 

            *            *

 

  宗教のことを考えていました。

  宗教団体が政治に手を伸ばして来ることがあります。オーム真理教の事件もそうでした。なぜ、そんなことをするのでしょうか。宗教を手段にしているようにしか思えません。

 宗教はもっと純粋な、個を安らかにするものであってほしい。

 

 これまでも宗教がらみの犯罪になったいろんな事件がありました。

 遺体を放置したり、悪魔祓いと称して暴力を加えて殺したり……集団自殺する団体もあるかと思えば、金を集めるのが目的の宗教団体もある。朝鮮系のキリスト教はたびたびレイプ事件や詐欺犯罪を起こしています。

聖神中央教会事件 - Wikipedia

キリスト教福音宣教会 - Wikipedia

世界平和統一家庭連合 - Wikipedia

 それらは小さなグループから、政治を動かすほどの宗教団体にまでおよびます。

 宗教にはネガティブな面がある、と理解しておかなくてはならないでしょう。 

 

 結論を先に言えば、その宗教にしか救いがないと〈思い込んでしまう〉ことや〈信じ込んでしまう〉ことがいちばん危険です。……判断を停止してしまうこと、自分を放棄してしまうことは最悪の結果をもたらします。

 大きな宗教団体は、悩みを受け入れてくれる仲間と救済の手段を用意して、信者を募っているわけです……

 それで救われたということで信仰する場合もあると思います。 

 でも自分は、宗教は個人的なものだと思っています。信じるにしても、ひとりで信じているのがいちばんだと思うのです。

 


            *            *

 

  そんなことを考えていたら、2.26事件を引き起こした日蓮主義というものが何かを知りたくなったので、この本を読みました。

 

 
            *            *

 

 

 目次

はじめに

 本書の視点と課題

 従来の研究の問題点

 本書の構成と留意点

1部 日蓮仏教とナショナリズム 

1章 田中智学における超国家主義の思想形成史

 はじめに

  1. 生家における神話的法華信仰、急進的日蓮宗信仰、尊王の家系意識――超国家主義の〈素材〉
  2. 国家中心の宗教観――近代日蓮宗が智学に与えた思想的な〈大枠〉
  3. 〈国体=仏法〉の直感と〈国体闡明を目指す日蓮主義〉の発想――超国家主義の〈設計〉
  4. 神仏一致思想から汎日本主義へ――超国家主義の〈建築〉/1〈天照大神=久遠の仏=妙法〉説 2〈天皇転輪聖王〉説
  5. 近代日本における国体神話形成と智学の国体運動――超国家主義の〈精錬〉
  6. 国家抱含の立場からの救国ダイナミズム

 小結 

 2章 北一輝における信仰と社会思想の交渉

 はじめに

  1. 佐渡時代の北における宗教的感情と救国の情熱
  2. 『国体論』にみる人類進化の信仰
  3. 〈国家=大我〉説の成立史的背景/1仏教の大我説への注目――村上専精と清沢満之 2仏教的自我論の国家論への適用 3河上肇における「無我愛〉への傾倒
  4. 支那革命外史』『日本改造法案大綱』にみる信仰と社会思想の交渉
  5. 霊告信仰と「2.26事件」

 小結

2部 日蓮仏教と戦争論

3章 石原莞爾の宗教観と世界最終戦争論

 はじめに

  1. 国柱会入会以前における石原の宗教意識――霊感的予言信仰と尊王
  2. 国柱会日蓮主義が最終戦論の形成に果たした役割――宗教観と戦争史観との結合
  3. 日蓮仏教の相対化――「末法二重説」
  4. 石原の宗教観の特徴――霊感中心主義
  5. 石原の思考様式にみられる状況適合性

 小結

4章 妹尾義郎における戦争観の変遷とその思想的背景

 はじめに

  1. 日蓮主義時代の妹尾の戦争観/1人道的信念の誕生 2愛国的な戦争肯定観 3仏教的コスモポリタニズムによる国際協調主義の提唱 4現実主義的な理想追求における戦争の容認
  2. 日蓮主義との決別/1人道的信念の反体制化 2日蓮仏教のヒューマニズム化 3〈仏教的マルクス主義〉の形成
  3. 「新興仏青」期の妹尾の反戦思想/1仏教的人道主義による反戦思想 2社会主義による反戦思想 3妹尾の反戦思想が抱える問題点
  4. 〈転向〉後の妹尾の戦争観/1弾圧後の妹尾における戦争協力と聖戦思想 2妹尾における〈転向〉と〈非転向〉 3妹尾の人道的信念にみられる全体主義的思考と愚民観 4弾圧に屈した妹尾の精神的背景――自虐主義厭世観使徒意識の薄弱化

 小結

3部 日蓮仏教と共生思想

5章 牧口常三郎の社会思想――共生社会の理論と信仰

 はじめに

  1. 万物肯定的・縁起論的思考――牧口思想の原型/1総合的立場の追求 2縁起論的思考 3縁起論的思考を育んだもの
  2. 共生社会の理論/1多面的な共生社会観 2共生思想の社会理論化 3創造的主体としての人間観
  3. 根源的生活法則としての日蓮の仏法/1「生活法」としての宗教観 2入信による牧口の思想的変化
  4. 教育的な社会改良主義/1社会主義者との交流 2牧口の「人道的競争」観が抱える問題点――現実の帝国主義の容認
  5. 国家との教育的対決/1国家に対する対決的態度と教育的態度 2国体論の否定と肯定
  6. 牧口と15年戦争

 小結

6章 宮沢賢治の共生倫理観――法華経信仰と真宗信仰の相互浸透

 はじめに

  1. 生家の真宗信仰に関する受容ト反発
  2. 本覚思想の光と影
  3. 共生主義の確立
  4. 自己犠牲の共生倫理
  5. 自己即宇宙の共生倫理
  6. 雨ニモマケズ」にみる多様な共生倫理の並立

 小結

終章 近代の日蓮仏教的社会思想はいかなる思想構造を有していたのか

  1. 思想的展開の諸相
  2. 起点としての田中智学
  3. 状況肯定主義の呪縛
  4. 民衆主体化の思想

主要参考文献一覧

あとがき

 

  
            *            *

 

  目次を読んでいても難しそうです。学問的論説の本だと……でも、読むと意外とわかりやすい。たぶん項目の内容が具体的だからでしょう。それに伝記のように時系列に書かれています。読む者は、一人の人間の生涯をたどるように……思想的な変遷を目にすることが出来ます。

 

 日蓮に対する憧れを日蓮主義と名付け、国体論と結びつけたのは田中智学ですが、なぜ、日蓮主義となったのかわかりました。生家がもともと強烈な日蓮宗信仰の家系だったのですね。環境が人間を作るというのは確かなようです。

 

 
            *            *

 

田中智学の国体論はどうして出来たのか

田中智學 - Wikipedia はこういう人です。

 

幕末在家講の急進的な日蓮宗信仰と尊王の家系

 というのも智学の父・玄竜は、幕末に駿河屋七兵衛の門人の手引きで七兵衛率いる「寿講」へ入講し、やがて門下3000人を数える中で頭角を現し、16人いた七兵衛の高弟の末席に列せられたほどの人物だったからである。玄竜の日蓮宗信仰は、在家講でみられた折伏主義に基づくものであり、幼年時代の智学はこのような父の感化の下、信仰を育んでいった。(P19)

 

家系は第56代の清和天皇の第六王子・貞純親王から派生した、いわゆる清和源氏の末裔であり、長らく岐阜県の美濃地方に定住して田中姓を名乗っていた。田中氏の宗族には「勤王の義兵を起こした」新田義貞もいたとされ、智学本人も「勤王の志あつかった先祖への思いはふかく、その家系を終生ほこりとし、源氏名を義世と称していた」と言われる。(P19)

 

日蓮宗 - Wikipedia

 宗教団体は現代の形になるまでいろいろ統合、分派を繰り返しているんですね。日蓮宗も例外ではないようです。

 

国家中心の宗教観

 智学10歳の時、玄竜は他界。

 日蓮宗妙覚寺の日進のもとに弟子入り。明治8年には日蓮宗大教院で学ぶ。

 

 P22には、日蓮の「立正安国」については「法主国従」説と、「国主法従」説があると書かれています。戦後は〈法主国従〉が有力となりました。現在では、日蓮の「立正安国論」は国家を超越した民衆中心主義に立っていた、とされています。

 

 その当時、日蓮教団は体制内的な国家追従主義をとっていたのです。

 

西南戦争を契機に〈国体を明らかにする日蓮主義〉に

 智学は、折伏を忘れ、他宗教に対して摂受主義をとっている教団に我慢ならなかった。

 それで日蓮宗を離れ「蓮華会」(1880年)→ 「立正安国会」(1884年)→ 「国柱会」と、組織してゆくことになります。

 自伝によれば、智学は「一念三千の大道理が真理の中心である。それを形作ッたものが日本の国体である」ということを、「西郷隆盛の戦争時代に、如何にも不思議千万な情況から考えついた」という。この仏教的真理と国体との一体視は、いわゆるシンクレティズムではなく、国体と仏法との異名同体視に立った、智学独自の仏教観、国体観と言うべきである。(P27)

 と、解説されているのですが……

 

神仏一致から汎日本主義に 

 神仏一致に理論づけした〈国体=仏法〉から汎日本主義を作り上げた。

 それが、1〈天照大神=久遠の仏=妙法〉説、2〈天皇転輪聖王〉説です。

 

昭和に入って、超国家主義

 明治末年あたりから智学の運動は仏教色を脱したものに変化していく。(P36)

 昭和に入って、国体至上主義となってゆく。

 

 明治、大正、昭和と「どんな国を作るのか」は世間の最大の課題でした。日清、日露戦争も日本が「大日本帝国」になるきっかけになりました。世界は欧米の列強に植民支配され、日本が生き残るには帝国主義に対抗せざるを得なかったのです。

 そのなかで智学の法華経の改革から始まった運動は、国体論へと移っていったのです。

 

 北一輝の革命論

 北一輝 - Wikipedia

 

北一輝は霊感が強い性格

 子供の時から幻を見たり、怯えたりすることがあった。

 

社会民主主義を標榜しながら「人類」→ 「神類」へ

 当時の社会ダーウィニズムや社会有機体説、ヘーゲル国家論の影響を受け、国家大我説を用いつつ独自の社会民主主義を唱えた。

 明治天皇崇拝は……力の、侵略の正当化……人類進化という考えと結びついている。

 法華経信仰は北のナショナリズムの支えになった。

 

……しかし、『国体論』での北が帝国主義を承認した最大の理由は、彼が進化論的なリアリストだったからである。すなわら20世紀初頭の世界における帝国主義的競争という現実に対し、「帝国主義なくして全国家の権威の上に築かるる世界連邦の世界主義なし」と信ずる北は、帝国主義的現実を闘いながら進化の理を促進させるべきだとし、そのために「強力」の必要性を訴えたのである。(P71)

 

 

大正時代、霊媒師の導きで法華経信仰に入る

 救国の意識は宗教的な使命感となる。

 革命思想を宗教で正当化・聖化した。

 古来の家族観や……アジア主義

 呪術的シャーマニズム……昭和4~11年、妻の霊のお告げの記録を取り続けた。それは『霊告日記』として残っている。これは観音菩薩信仰に近いものだった。

 

 

 石原莞爾と最終戦

 石原莞爾 - Wikipedia

 

幼少期から霊感の強い傾向があった

 

日蓮主義に解決をみた

 石原は1909年に少尉になり兵の訓練に従事した。そこで「国体に対する信念をいかに叩き込むか」に頭を悩ませた。

 ところが日蓮主義の信仰を深めていくうちに、「殊に日蓮聖人の『前代未聞の大闘諍い一閻浮提に起こるべし』は私の軍事研究に不動の目標を与えた」と彼が述べるような状況が生まれた。(P111)

 (どうも、自らのインスピレーションで物事を結びつけるような傾向があったようです)

 

 

 

終戦争論では「宇宙生命信仰」を主張している

  1930年代の世界情勢を克服するために、「世界は最終戦争に向かっている」と予言した。

 P115~119の、「国柱会日蓮主義が最終戦論の形成に果たした役割――宗教観と戦争史観との結合」で詳しく分析されています。石原は智学の日蓮解釈を丸呑みしたようです。このへんの仏教的解釈は、難しすぎてぼくには「正しいのか、正しくないのか」わかりませんでした。ただ日蓮主義の主張が、石原の霊感的予言への確信を強めたようです。

  石原の日本中心的なアジア観とナショナリズムは、日蓮主義で理論的に補強されて、霊感的予言による「最終戦争論」は軍事的に大きな影響を与えたようです。

 

 

妹尾義郎における戦争観の変遷

妹尾義郎 - Wikipedia

 

日蓮主義青年団を組織した時代

 明治の青年として新渡戸稲造高山樗牛の影響を受けて人道的信念を持った。

 また国体意識もあり愛国心を持っていた。

 日生日蓮主義の統一団に入り法華経信仰を深める。

 

〈仏教的マルクス主義〉の新興仏青の時代

  大正13年「日米問題と日蓮主義」を発表。当時、アメリカでは排日移民法案が論議されていた。日蓮主義の立場から正義と人道を説いた国際協調主義をとった。

 

 昭和に入って米騒動や労働運動や農民運動の高まりがあった。妹尾義郎はそれに関わっていくなかでマルクス主義に近づく。樗牛も当時の国家主義的な日蓮像を激しく非難していた。国家を超えたところの日蓮主義=ヒューマニズムを信条とした。

 また、原始仏教の研究し、釈迦の人格を渇仰するところから新興仏青を組織する。マルクス主義から反戦を唱えたが、それは、国体を尊重、満州への進出を肯定したものだった。

 

転向と戦後

  1936年、検挙。1931年からの活動は中止となった。

 その後、転向する。産業報国を訴える講話を仕事にした。その分析はP170~の、「妹尾における〈転向〉と〈非転向〉」に詳しい。

 

 妹尾義郎は、戦前、多くの知識人が戦争を肯定してゆくのと同じ道をたどったようです。

 

牧口常三郎の社会思想  

牧口常三郎 - Wikipedia

 創価教育学会を作った人だと知りました。でも、学者、教育者としての面が強いようです。

 

牧口の思考の原型

 万物肯定的な縁起論的な考え方。

 共生社会の理想「美・利・善」。個人的利益と社会的善の一致。

 日蓮正宗に入信、教育的な社会改革を唱えた。

 

牧口常三郎の社会思想については、長編の分析がありました。哲学的な価値論から発しているものだからでしょう。入信してからは信仰に基づいた「大善生活」を唱えるに至ります。これは「自他ともに幸福になろう」という菩薩行の実践です。

 社会改革の思想と信仰と……比べられるものではないですが、牧口常三郎は晩年、ますます日蓮への敬慕を深めていったようです)

 

反戦運動があった

 牧口は日蓮正宗から共生社会を構想した。

 じっさいに反戦を唱えた人も多い。内村鑑三柏木義円、矢部喜好の灯台社のキリスト者など。仏教界にも反戦し獄につながれた者も多い。竹中彰元 - Wikipedia

 牧口常三郎は捕らえられ戦時体制のなかで獄死しました。

  大本教なども弾圧されています。

戦前の宗教団体で『国家転覆』『日本乗っ取り』の思想を喧伝したり、テ... - Yahoo!知恵袋

  

宮沢賢治の共生倫理

宮沢賢治 - Wikipedia

 

賢治と法華経

 18歳の時、島地大等の『妙法蓮華経』を読み感激する。家は浄土真宗だったので、生涯、父との確執に悩むことになる。真宗悪人正機的救済を望み、ともすれば現実を諦観的にみる。そのような父への反発があっただろう。

 

 

自己犠牲の思想

 賢治の自己犠牲の願望は真宗的です。自己の罪悪視に基づく自己否定的な救済者信仰が背景にある。

「農民芸術概論綱要」などの共生を求めた運動。それは農民運動というよりも宇宙的な自己への投与だった。

 

宮沢賢治法華経については、関連の本を図書館から借りてきていますので、来週から読んでいきます)

 

 

 

            *            *

 

 

 アカデミックな本で長編なので読み通すのにたいへんでした。それぞれの人物が興味深い人たちでした。

 このまとめでは大雑把過ぎるので、もっと人物像を深める努力が必要だと思っています。でも、それはまたそういう機会があればでいいか、と考えています。

 

 日蓮主義との関わりがどうだったのかについて読んでいったので、法華経についてわかったことが多くありました。教義の話などは難しい……ぼくは単純な人間なので、その意味や解釈にこだわる必要はないと思っていますが……現実は、そうではないのでしょうね。教義にこだわることで宗教も進歩してきたのですから。

 

 それにしても、ぼくらがイメージする日蓮さんは一面的ではないかと考えてしまいます。伝えられている他宗への批判や、確信的に予言する態度が、先鋭的で戦闘的なイメージになったのではないでしょうか。そういう戦闘的な像が……智学を始め、多くの人に影響を与えたのだと思うのです。ほんとうは日蓮はけっして暴力的な人ではなく、むしろ非暴力を貫いたと思うのですが……英雄的に描かれ美化されてしまう、というようなことがあったのではないでしょうか。実際の日蓮日蓮主義とは違うのではないか。

 日蓮さんについては何も知らないので、また学ぶ機会があればいいなと考えています。

 

 

  

 

  …………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     誰もが穏やかで、幸せでありますように。