日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になりました。後悔ばかりの人生でしたが、それもしかたがないことです。〈初期仏教〉を信じているので、なんとか暮らしています。訪問していただいて感謝しています。ありがとう。<m(__)m>

『チベットの偉大なヨギ ミラレパ』

 おはようございます。

 西日本豪雨の被災地では水道の復旧が急がれています。水がないと泥も落とせない。

 どんなことが起こっても、すぐに普段の暮らしに戻れるようなインフラの整備が大事なのだと感じました。

 人生、苦難もあるけれど、乗り越えられると思う。がんばってください。

 

 

 

 

            *            *

 

  今日でミラレパの話は終わりです。

 この本は宗教的な本なのです。

 

ミラレパ―チベットの偉大なヨギー

ミラレパ―チベットの偉大なヨギー

 

 目次です

序――日本の読者へ ダライ・ラマ

訳編者序

第一の巻――無明の道

 第Ⅰ章――家系と誕生

 第Ⅱ章――惨苦

 第Ⅲ章――黒魔術の修行

第二の巻――光明の道

 第Ⅳ章――聖なるダルマの希求

 第Ⅴ章――試練と苦行

 第Ⅵ章――奥義伝授

 第Ⅶ章――グルの導き

 第Ⅷ章――グルからの出離

 第Ⅸ章――放棄

 第Ⅹ章――寂静の地での瞑想

 第Ⅺ章――修行の地と有情の済度

 第Ⅻ章――ニルヴァーナ

付記

奥付

訳編者あとがき

 

            *            *

   

  P6、P22に書かれているミラレパの詩です。

この世と空を同じであると見るものは真の認識の領域に到達せり 

夢と目覚めの間にいかなる相違も感じぬものは真の実修の領域に到達せり 

至福と空の間にいかなる相違も感じぬものは真の行為の領域に到達せり

いまとそのときの間にいかなる相違も感じぬものは実在の領域に到達せり 

心と空を同じであると見るものはダルマ・カーヤ(法身――精髄的な知恵)の領域に到達せり 

苦痛と喜びの間にいかなる相違も感じぬものは真の教えの領域に到達せり 

人の欲望とブッダの知恵う同じと見るものは無上の啓発の領域に到達せり 

自性心とブッダは同じであると識るものは真の成就の領域に到達せり           

              ――ミラレパ

  

円満なる尊者・グルたちの御足に礼拝す

 

財宝や富は草葉の露のようなもの

これを識り、人は喜んでそれらを捨てるよう

閑と価値を持った人として生まれたことは最も貴いこと

これを識り、人は、あたかも己の目をいたわるかのように

注意して教えを守るよう

 

怒りは悪趣(畜生・餓鬼・地獄界)へ落ちる因

これを識り、人は、身の危ういときでさえ

憤りを差し控えるよう

 

自他の利益は

怠惰をもっては成就することはない

それ故に、善行を為すよう励むよう

 

混乱し迷える心はマハー・ヤーナ(大乗)の真理を見ることはない

それ故に、集中を修めるよう

 

ブッダは捜して見出されるはずがない

それ故、己が自身の心を熟視せよ

 

秋の霞が虚空に消え果てるまで

信仰と決意をもって励むよう

         ――ミラレパ

 

             *            *

 

  謝辞に書いてあるのですが、この本は原題『ジェツン・カンプム』の英訳版『TIBET'S GREAT YOGI MILAREPA』(1928年)を底本にしています。また河口慧海の『苦行詩聖ミラレパ――ヒマラヤの光』(1931年)を参考にして訳出したものらしいです。

 

  聖人伝なので……宗教に興味がない人にはおもしろい読み物とはいえないかもしれません。一般的には、その宗教に関心がある人しか読まないでしょうし。

 この本を読んでいて以前にラーマクリシュナの伝記を読んだことを思い出しました。リンク先でわかったんですが読んだ本は、「奈良康明、『ラーマクリシュナ』 <人類の知的遺産53>講談社」です。 

 

 そういえば天理教中山みきの伝記も、図書館で借りて読みました。教祖はもとは浄土宗の熱心な信者だった……

中山みき・その生涯と思想

中山みき・その生涯と思想

 

 

 大本教出口王仁三郎についての本も読んだ記憶があります。かって高橋和巳の「邪宗門」を読んだので興味を持ったからです。

大本教祖伝 出口なお・出口王仁三郎の生涯

大本教祖伝 出口なお・出口王仁三郎の生涯

 

 たぶんこの本でした。もう内容は忘れてしまったのですが。

 

 検索してわかったことだけれど……新興宗教の団体が出版している本って、いっぱい出ている……驚きました。本を出版することが集金の方法になっているのかもしれません。信者にとって本を買うことはお布施のようなものです。ぼくは68歳で、いままでも宗教に興味を持ってきてそのなかのほんの一部を読んだというわけです……

 

 

  

            *            *

 

訳編者あとがき――空から存在への道

 

チベット仏教の法統

 チベットに仏教が伝播した経緯が書かれています。後に、様々な宗派に分かれることになる…それは、

チベット仏教 - Wikipedia

 を読んだほうがわかりやすいでしょう。

 

 宗教というのはその時の政権や権力と密接な関係を持つようになっています。政治と結びつく。なぜなのか。規模が大きくなると宗教の団体を維持しなければならないので、権力にすりよるからだと思う。権力の方も宗教団体を利用する。宗教団体は〈選挙の票田〉になっているのは常識です。

 大きな宗教の団体はなんとなくうさんくさい。利権と結びついているように感じる。 

 宗教は庶民のためのものであってほしいのですが……いったん大きくなると違う方向に行きだす。

 

 宗教を信じるなら、ひとりで信じる方がいいと思う。キリストやブッダも、自分が知りえたことを教えはしたけれど、ひとりで始めて、ひとりで死んだのです……

 

 P386にグルという項目があります。ここではこう書かれています。

 法(ダルマあるいは経典)ではなく、グルのみがわたしたちを真の真理(法)へ導くことができるというのは、わたしたちの自我(自己への思い)は、自己の思いにとって都合のいいように立ち現れてくる世界を見てしまうからに他ならない。即ち、グルなくしては、法は、自己を転換する知恵の剣としてではなく、自己の思いを正当化し、自我の虚飾のために用いられてしまうからである。

  チベット仏教ではグル(師)が重要視されていました。いまもそうです。

 

 この本が出版されたのは1980年。スピリチュアルとか精神世界とかニューエイジという言葉が流行り始めた頃です。オウム真理教もこの時代に作られています。オウムはこのチベット仏教のグルのあり方を利用したのです。グルを絶対視する教義を真似て、テロリズムの殺人カルト教団が作られたのです。

 

 今週の10日に新たな殺人事件が明らかになり、週刊新潮が記事にしました。殺人事件の場には上祐史浩もいたそうです。

【オウム】新たに「麻原彰晃」の女性信者殺害事件が発覚 隠し続けていた「上祐史浩」認める★2

 

 利用されたチベット仏教には罪はないでしょう。チベット仏教のグルの存在は、歴史と土地の風習の中で培われ教義となっているものだからです。

 

 その教義を剽窃カルト教団を作り上げるほうに罪がある。宗教の仮面をかぶったカルト的な集団は多いので気をつけなければなりません。甘言に乗って簡単に自分の自我を譲り渡さないようにしたほうがいい。カルトの勝手な教義や観念に飲み込まれないようにしたい。

 

タントラへの道

 カギュ派のチョギャム・トゥルンパの『精神の物質主義を断ち切って』の本からその言葉を引用して、論を展開しています。

 要旨は――

  1. わたしたちは他の宗派や教えを排斥してきた。
  2. 宗教の持つ絶対性と排他性の故に。
  3. しかし時代と風土の相違が多くの宗派を生み出していて、それは真理の方便といえる。
  4. わたしたち一人一人がすべての囚われから解き放たれなければならない。

 ということが前提で、〈タントラとは――〉ということが定義されます。このへんは「タントラとは……」という言葉の定義なので難解でわかりにくいのです。詳しくは本を読んでいただければ……と思います。

 

マハー・ムドラーの詩

 これはカギュ派の祖ティロパが弟子ナロパ与えたものだそうです。

空は何ものをも頼みとすることなく

マハー・ムドラーは何ものにも依らず

労せずして

ただゆったりと自然のままであり続けることにより

人はくびきを打ち壊して

解放を成就するなり

  これが一連。こうして20連まで続きます。仏教哲学の教示の詩、歌なのです。

 

 本自体が偉人伝、聖人伝の体裁になっています。

 

  

            *            *

 

 この本の内容のミラレパの生涯の物語はあまりにも長編なのでまとめられませんでした。その生涯は次のようにまとめられるでしょう。 

惨苦

黒魔術

試練と苦行

奥義伝授

ニルヴァーナ 

 というドラマです……それは、ミラレパ - Wikipedia に書かれてある通りです。

 

 例えばこの本の「第一章 家系と誕生」は、

  1. 弟子のレーチュンが夢を見たことから、ミラレパの生涯を話してもらう意義を知る。
  2. なぜ、ミラと呼ばれるのか、その由来。
  3. ミラレパの祖先の話――賭け事好きで財産をすってしまう。
  4. その子供が新しい土地で財産を成す。
  5. 妹の誕生。父の死。

       という内容です。

 

 章ごとに、最初の行に要約のような文章が入っています。書き写すと――

一章

「この伝記が書かれるに至ったレーチュンの夢見と、ミラレパの祖先と誕生の物語」

二章

「ミラレパの父の死と遺言、父方の伯父と伯母による財産の横領、並びにミラレパの母子が堪え忍んだ惨苦の物語」

三章

「ジェツンのグルと黒魔術の修行、並びにジェツンがどのようにして呪術で三十五人の敵と豊かな大麦の収穫を潰滅したかの物語」

……‹略)…… 

   この要約が12章まであります。

 

            *            *

 

 

 この伝記を読む限りミラレパは魅力的な人物です。苦しみから真の悟りに達した聖人として描かれています。

 人はドラマが好きです。勧善懲悪や成功の物語。あるいは正義の……そういうドラマの筋立てに合っているから……作られ、美化されたものかもしれません。

 

 聖人はなにかしら極端だと思います。極端であるから、聖人なのかもしれません。それで庶民から憧れられる存在になるのかも……

 ぼくは……聖人には感心し共感しますが、敬して遠ざけておきたいと思っています。庶民は平凡でささやかなことに一喜一憂しているほうがいいのです……生きていくというのはそんなものではないでしょうか。 

 

 

  

 

  …………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     誰もが穏やかで、幸せでありますように。