日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

底辺で生きてきて68歳になってしまいました。後悔することの多かった人生ですが、しかたがない。自分なりの仏教を信じているのでなんとかやっています。訪問していただいたことに感謝しています。ありがとうございます。

『ミラレパの足跡』を読んで

 おはようございます。 

 

www.yomiuri.co.jp

 未曽有の被害になりました。

 野党はこんなときにつまらない言いがかりをつけて政権の足を引っ張っている場合じゃありません。力を合わせるべきです。

 済んでしまったことは仕方ないので、反省し、これからのことを考えるべきです。

 被災された方に、穏やかな生活が戻ってこられますよう……お祈りします。

 

 

            *            *

 

 

 

ミラレパの足跡―チベットの聖なる谷へ

ミラレパの足跡―チベットの聖なる谷へ

 

 目次

 序章

1章 ヒマラヤの北

    ミラレパ物語Ⅰ 家系とおいたち

2章 辺境の村

    ミラレパ物語Ⅱ 黒い悪業、白い善業

3章 キャラバン

    ミラレパ物語Ⅲ 帰郷

4章 峠越え

    ミラレパ物語Ⅳ 臨終

5章 検問

    ミラレパの詩Ⅰ 野生の行者

6章 森の聖地

    ミラレパの詩Ⅱ 神々との対話

7章 ラプチ

    ミラレパの詩Ⅲ 知恵の歌

8章 脱出

あとがき

  

            *            *

 

 この本は旅の記録、冒険記といえるものです。旅人の視点で書かれているので、それに共感できる人にはおもしろいのではないでしょうか。バックパッカーの目線で旅が語られています。

 

 著者は1961年、東京生まれで、早稲田大学東洋哲学科を卒業しています。

 序章は、どうして旅に明け暮れることになったか、が書いてあります。60年代の政治の季節が終わり、ヒッピーやフーテンもマスコミからは姿を消し、ヤクザ映画や日活ロマンポルノがまだ上映されていた頃、社会ではカウンターカルチャーという言葉が囁かれていました。反抗の時代は終わり、経済的な豊かさの底にある空虚感を埋めるものが求められた、それが70年代の傾向でした。著者はその時代に青春を過ごしています。

 

 1981年に二十歳になったのです。

 ドロップアウトにあこがれつつもそこまで踏みきる勇気はなく、ずるずると居座っていた大学を六年かけて終え、ぼくは六本木のとあるプロモーション・ビデオの制作会社に就職した。しかし、その業界で身をたてようという意欲は薄く、いまから思えば辞めるためにはいったようなものだった。(P11)

 80年代半ばにインドへ旅をする。カウンターカルチャーの影響を受けていたのです。

 風景が変わります。違った国の風景のなかを旅する。インドで聖地巡りをする。インドは宗教の国でヒンズー教や他の宗教の聖地が数限りなくあります。

 

 この本は旅行記なので具体的に目にしたこと、行動したことが描かれています。それが面白い。序章ではサドゥーについて書いてあります。

 リシケシュで出会った……

その腰にぼろを巻いた男は、道のど真ん中にしゃがみこんで何かものを食っていた。五メートルほどの距離で、ぼくたちは目を合わせた。男はほんの一瞬こちらを覗きこみ、視線を食いものに戻した。男の風貌は乞食そのものだったが、その爛々と輝く瞳は、ただ者ではなかった。

 乞食の住む闇のような場所に、光があった。(P19)

――ヒマラヤの奥地には聖者がいる。

 著者はそれからガンガー源流のヒマヤラ山中の聖地に行って、何人かの孤高のサドゥーに会った……と書いています。

 

              *            *

 

 この本はインドではなく、中国、チベットを旅していたとき、ミラレパの伝記を読み、その足跡をたどってみたいと思ってラプチという村を目指すという旅の記録です。

 5月にヒマラヤの峠を越えてゆく。雪は腰のあたりまで積もっている……

 

 本の出版は2000年なので、おそらく30代に旅した記録です。「90年代になって中国の国境警備が厳しくなった」と書かれているので。

  

            *            *

 

 始まりはティンリという街です。P68に地図が載っているのですが、5000メートルを超える峠を歩いてゆくのですからたいへんな旅です。

 文章は、風景描写と、自分の思いと、出会う人との会話(関わりと顛末)で埋められています。小説のように読める冒険譚です。 

 はじめてチベットへ来たとき、ぼくは地球の最果てに来た心地がした。それがいつの間にかあたりまえのものになっていた。人間は何にだって馴れてしまう。(P83)

 

 この本を読んでいると、人との関わりは大事だ、と思わされます。著者のような旅人にとって他人と関わることは行き先の情報を得ることであり、旅を手助けしてもらうことです。これは旅をしない人にとってもそうだといえるでしょう。

 

  P84~91は 、「ミラレパ物語Ⅰ」で、伝記の要約が載っています。

 自分の旅と、ミラレパの物語が並行して語られる体裁です。

 

  

            *            *

 

 ティンリで会った雑貨屋兼茶屋の主人のパーサンという男と交渉して、300元で荷馬車に乗せてもらうことになる。越境者と疑っているチンピラのような男の目から逃れるためだ。現地の人間といっしょなら安全だと判断した。

 次に泊まった村でパーサンは帰ることになります。ヒマヤラを越えてネパールのナムチェバザールに向かう隊商のメンバーに弟がいて、勝手に引き継がせることに決めたようです。思ってもいなかった展開で、キャラバンに同行することになります。

 

 ぼくは、子供の一人が首に竹細工を下げているのを見つける。よく見ると、アイヌの〈むっくり〉に似た楽器だ。

「それ、何て名前?」

「カワン」

 アイヌと同じ竹製の口琴。いままで中央チベットで見たことはなく、チベットでは頭部の森林地帯やヒマラヤ山岳部で使われる楽器のようだ。ヨーロッパや南北アメリカにも分布しているから、少なくとも数万年以前の人類の古層でつながっているはずだ。(P124)

 

 キャラバンは村に立ち寄りながら進みます。峠。ゴロゴロ石。歩くこと以外、ここにはなにもない。

 ヤクに積んでいた自分の荷物が崖下に転げ落ちるのですが、普段はのらりくらりしているドルジェが拾ってくれた話。

 宿泊した村での会話。ヒマラヤで暮らすことの厳しさ。

 

 そして、別れ。一人での峠越え。雪渓を歩いて行きます。

 

 テントを張っている商人風の男や、村で畑仕事をしている人を見かける。どうやら越境者とみられ警戒されているように感じる。今夜は洞窟で寝よう、と決める。

 仏塔がある岩屋を見つけて泊まる。それは洞窟のようなものだ。ミラレパもこういうところにいただろう。

 

 翌朝、村外れの軍の検問所で尋問される。荷物検査でツァンパが出てきたことで一気に和んだ雰囲気になる。(――おい、この外人、ツァンパもってるぜ。)

 それで通過させてもいいということになったのだろう。解放される。どうして認めてくれたのか、いまもわからない。

 

 山の中のゴンパにたどり着く。そこは荒れ果てている。

 それを過ぎて、洞窟で寝ることにする。

 

 峠から下った谷間の一本道の先の村にたどり着いた。村人に泊めてもらう。何日かそこを拠点に周辺のゴンパを訪ねたりする。泊めてくれた家族との会話で、ミラレパの洞窟のことを教えてもらう。ここはもう聖地なのだ。

 

 散策していて、小屋に住むラマ僧に会う。

 ここから先のラプチの峠は雪が深くていけないと言われる。別の谷の道をたどる方法もあるが強盗が出るという。小屋の裏の絶壁にはミラレパの洞窟があった。 

 ぼくは、そこに立ってしばらく山の音に耳を澄ます。谷底からは川の音が地鳴りのように聞こえる。

 それは、まぎれもなく恐ろしい音だった。〈地獄谷〉という言葉が浮かんでくる。

 この先には、底知れず深い闇がある。ぼくは、今回ひたすらヒマラヤの奥地を目指す顛末になったが、もうこれ以上は行くことができない。いや、ここから先は、行ってはならない領域なのかもしれない。

 ふと、さっきあのラマが忠告してきたのは、このことを言いたかったのではないかと思った。ここは、日本で、〈大自然〉などと軽く言われるものとは異なる世界であり、それに対して安易なアプローチは危険である、と。(P234)

 小屋に戻ると、ソナという父子が来ていた。ラマをここまで案内した峠を超えたところにあるティンタンという村の住民だ。ラマはこの父子にラプチまで案内してもらったらいい、という。いっしょに行くことにする。

 峠を越えてソナの家に泊めてもらう。

 そしてラプチに出発。

 吊橋の付近で、遅れてしまい道に迷う。ソナと言い合い、喧嘩のようになる。

 密林の中にグル・リンポチェを祀る洞窟があって、そこで寝ることになる。

 翌朝、ソナは「もう帰る」と言い出す。交渉するが……けっきょくは金なのだ……こちらの都合ばかり主張すると命の危険にも及ぶかもしれない……こんな山の中だと殺されてもわからないのだ。

 

 ひとりで行くことになり、川筋を歩いて行く。

 ヒマラヤの水。轟音のようだ。地響を立てて流れている……

 

 そしてラプチの外れのゴンパにたどり着く。そこには僧が一人いた。

 

 この本のクライマックスは、この後に書かれるニェラムへの峠越えです。洞窟に泊まりながら行くのですが、雪があり、寒くて遭難するのではないか……と迷いながら歩くことになります。ようやく峠を登りきり、下りはじめます。三角の岩がどうしても検問所のテントに見えてしまう。疲労困憊して幻覚に悩まされる。そして、やっとかって訪れたことのあるニェラムの外れのゴンパにたどり着くのです。

 

  

            *            *

 

 チベットの世界に連れて行かれて、読んでいて楽しかった。

 圧倒的な自然と……出会う人たちとの記録。人はどれだけのものに出会うのだろう、と思います。

 著者は80年代に流行語になったバックパッカーでインドやネパール、アジアを旅して、西欧文明とは違う何かを求めたわけです。どこに行っても、そこで暮らしている人がいることに気づいているようです。

 一方はこの世の縛りからドロップアウトしたい者、他方は世間の縛りのなかで生きていかざるを得ない者です。

 旅と暮らし。両極端のようで、内包しているものは同じような気がしました。

 

 

 ミラレパの物語が背景に流れています。ヒマラヤの持っている圧倒的な自然がミラレパのような宗教家を生み出すのかもしれません。

 

 

 

  …………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     誰もが穏やかで、幸せでありますように。