日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になりました。貧困や社会保障から落ちこぼれる人のために、社会が動いてくれたらいいのですが……いつも、自己中で理不尽なヤクザな強者が勝ちます。それが世の習いでしょうか? 〈自分を救うのは何か〉考えています。ネガティブなものも肯定する視点を持ちたい。いまはブログがあるので寂しくありません。訪問してくださる人に感謝しています。ありがとうございます。コメントをいただいたときは、その方のブログのコメント欄にお返事しますね。

『「般若心経」を読む』

 おはようございます。 

 

 

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 すこし仏教を聞きかじった人なら知っている「般若心経」です。最小のお経であり、多くの宗派で読経されています。 

 リンク先の解説では「浄土真宗は『浄土三部経』を、日蓮宗法華宗は『法華経妙法蓮華経)』を根本経典とするため、般若心経を唱えることはない」と書かれていますが、いちばんわかりやすいお経で、流布されている。宗派に所属しない人にも親しめる。 

 マントラだから、音楽でいいんです。

 

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  ここに読み方とか現代語訳とかいろいろあります。

       般若心経カクカクしかじか - 般若心経の読み方

 

 

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 もう亡くなられましたが小説家、水上勉の般若心経についてのエッセイという体裁です。

 目次

序章 「まかはんにゃはらみたしんぎょう」

1章 漢字「般若心経」にめぐりあう

2章 正眼国師の『心経抄』と私

3章 一切は「空」である

4章 私版「色即是空」の世界

5章 一休における「色即是空」の世界

6章 死して百日紅や椿の花となる

7章 不浄を美しいと思うときもある

8章 六根・六塵の本体は無である

9章 無明とは何か

10章 四苦八苦を成敗するには

11章 のたうちまわって生きるしかない

 

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 水上勉さんの小説は「五番町夕霧楼」を読んだ記憶があるのですが、もう忘れてしまいました。悲しい結末だった印象があります。

飢餓海峡」は映画で観ました。伴淳三郎がいい個性を出していた。水上勉原作だったのですね。それも何十年も昔の話です。

 水上勉については何も知らないのです。ただ、子供の頃に「婦人公論」にエッセイを書いていて、すごく貧しい食卓を障害を持った子供と囲むシーンがあって、強烈な印象を受けた覚えがあります。ぼくの家も同じように貧しかったので。

 

 水上勉は口減らしに、お寺に小僧に出されています。大正8年の生まれで、生家は死者を埋める谷のとば口にあってお棺を作るのが仕事で、貧しい生活だったのです。生きることが苦しい時代でした。

 そういう体験をしてきた人の視点からみる般若心経はどうなのだろう、と思ったので、読んでみる気になりました。

 

 序章は、和尚さんに口移しで般若心経を教えてもらう場面から始まります。9歳半で、学校には2年しか行っていなくて、ほとんど漢字が読めなかったのです。

 1章はお経を教えてもらっていた子供の頃の思い出を描いています。小説家ですからシーンの作り方がうまいです。

……したがって、これから、私が入ってゆく般若心経とは、今日の私が、過去いくたびか、私をすぎていった経文を思いおこしながら、私の七十二年の、げんみつにいえば得度してから六十二年の歳月のすぎこしがかさなって不思議ではない。そのすぎこしとは親兄弟とのかかわりはもとより、すれちがった仏教の先師や文学の恩師や、友人や、愛憎をともに分けて、くっついたり別れたりした女性たちとの暦がかさなっても不思議ではない。つまり、はなはだ偏見的で私流の般若心経とのかかわりということになろうか。(P46)

 

 2章の内容は、

  • 正限国師盤珪)の般若心経の解説の紹介
  • 六祖慧能大師の大悟のエピソード

 

不生不滅の正体という項の文章を……

……これは、犬が水にうつった己れが影に吠えたてているようなものだ。一切が分別の影なのだ、とわかれば、守りそだてるものもない。にくんで遠ざけるものもありはしない。その影そのままが不生不滅の本地である。影だと見たのは、こっちの心にうつった分別だ。その分別をそのまま、不生不滅だというのでは、鏡に物をうつすときに、その影が鏡の底に生じたものでもなく、物の方から鏡へ入りこんだものでもなく、また両方から申しあわせて入ったものでもない。ただ明らかにうつってあらわれたものだ。これこそ不生不滅ではないか。さてそこで、そのものを鏡からひいてみると、影が鏡にかくれたわけでもない。ただ、影がなくなったのである。人間の感覚においても、このことはいい得よう。見るもの、きくもの、一切が心にうつるのだが、じつは、みな不生不滅なものだ。眼の縁、耳の縁、六感が働いて、それぞれありありとうつるように思うが、生じたものでもない。といって、縁がなくなれば、ありありとなくなったようだが、なくなったわけでもないだろう。(P66)

  読んでもわかりにくかったので、長い引用になりました。すみません。深く考えておられるということが伝わってきます。

 子供の頃に教えられたことは、知らないうちに身についたものになるんでしょうね。

 

 そして、障害を持つ娘さんが小学生の時の図画の授業のエピソードが書かれてあります。子どもたちはそれぞれ散らばって山野を描き始めるのですが、娘さんは車椅子なので移動することもできず、足元の一本のユリの花を描いたということです。絵の向こうには山も川もない。しかしこの白の花弁に大自然があるのだと。

 

 3章

人間こそ菩薩である

 元来人間は、本徳をもっていて、仏も衆生も同じなのだ。非道を犯す衆生はあり得ない。鏡に己が顔をうつしてみるがよい。自分こそ観自在菩薩ではないか、と正眼国師は説かれるのだが、「行深般若波羅蜜多時」ということは、こしらえて行をするということではないといわれるのだ。(P77)

 

 4章 私版「色即是空」の世界

  昔の憧れていた女の人に会ったらしわくちゃのばばさまになっていたこと。きっとまだ、美しかろうと想像していたわが心のほうが空だったと悟ったエピソード。(P89)

 

……「色即是空、空即是色」と。これは、七十二にもなると周辺の誰もがいうことばである。耳にタコができるほど私たちはきいた。菩薩からではない。失恋や挫折をかさねた友人の口からである。つまり私はごく卑近な生活経験の中に、このことばを耳にし口にしてきたのであるが、いま、そのことからしても般若心経の哲学が、私たちの心にしみこんできた証しをみとめないではおれない。(P93)

  生活の中に「空」はあるのです。水上勉さんのように、小僧として般若心経に出会った者は「空」を体験として理解しているようです。

 

 この4章に書かれた他のエピソードでも、著者は、日常生活のなかで仏教的な無常観を感じていることを述べています。

「不垢不浄」、諸法は空なら不浄も不垢もあり得ない、という理屈はわかるが、じつはこの世は不浄なものの巣なのである。

      ……略……

私はさかしらをいうようだが、無色透明というものを知らないのだ。そんな鏡があったら見てみたい。磨けば光り、ほっとけばくもることは、よくわかる。しかし、世の中のものは、何でもみんなほっておかれているので、くもっているのである。

      ……略……

鉄舟も、白隠も、仮相の山の美しさを見、噴火さわぎあ見たが、厄介なことに、その仮相の山をうたって「歌」が生まれ、噴火を論じて、「語録」が生まれたのである。後世の私たちは、その歌や、語録に、「真理」さえも見た。これが、つまり迷妄の特権だといえるだろう。(P114)

 ここでは芸術家、小説家としての視線を感じます。現実から見ていくこと。

 真理や論理が正しくても、それからはみだしている現実があるんだと主張されているようです。

 醜さや曇りというだけではないでしょう。それは、「女性は弥勒菩薩である」という項が設けられていることでわかります。ここでは遊郭の女性とのエピソードが書かれているのですが、読んでいて胸がきゅっとなりました。

 

            *            *

 

 この本は般若心経の〈空〉というテーマを巡ってのエッセイといえるでしょう。お経の話をしていても、いつも水上勉さんの体験したエピソードに戻ってくるのです。

 

 6章の一休禅師の話の後、自分の出自の地「さんまい谷」での生活の様子が語られます。穴掘りだった父が……

棺をつくりながら、ひとりごとのようにいったのは、人は死ねば、みな三尺の棺に入ってしまい、土になるということである。……略……

「一生を裕福にすごす人も、貧乏ですごす人も死ねば棺は三尺である。刑務所で悪い贖罪の生を終えた人も、大臣になって国のために働いた人もみな棺は同じである。しかも、寸法はきまっているから、財産をもって土界に入るわけにゆかない。せいぜい六文銭を手にして、数珠う手首にはめてもらうぐらいだろう」

  そして百日紅や椿の木の栄養となって、花を咲かせる……じっさいにお父さんが穴を掘っていたらたくさんのしゃれこうべが出てきて、「つとむよ。おぼえとけ。死んだら、みんなこれやど。肉ははやばやと花に化けよる。あとの骨も、また土になって花になりよる」といわれたエピソードが書かれています。

 

 そして13歳の寺の生活が描かれます。朝夕は作男としての仕事。夜は読経。

 

 P166~170には差別戒名のことが書かれています。仏教には、穢多という呼び方で文書を残していた事実があります。いまでは解消されているのですが、この本が書かれた時はまだ解放同盟の力が強かったのです。

 

 水上勉はただ仏教を崇敬していたわけではない。むしろ自分で選んだのではない小僧生活を送ったからこそいろんな思いがあったようです。

 仏教が残したお経や、禅僧の話をしながら、目線は個人的な体験のほうに帰ってくる。それはP221に書かれているように、障害を持ったお子さんを授かったからでしょう。

 

とにかく生まれてしまった

 それでは、経済苦つまり貧の苦についてはどうだろう。うちの娘は、生まれながらにして、歩けぬと宣告をうける障害をもらったが、身苦のほかに経済苦というのも、生まれて何もしらぬ赤ん坊につきまとうことの一つだろう。人はどこに生まれても、そこに父母がいた。子の境遇によっては母だけの場合もあるが、病院で生まれても、自宅で生まれても、母なるひとの股間から産声をあげたのである。そうして、翌日から母の置かれている経済環境の家でそだつのである。(P226)

 

 だが、この生誕のはじまりから人間は平等だと、憲法も菩薩もいうのである。わけへだてがないのだと。じつは平等などであるものか。生まれた翌日から、われわれは、ひどい差別の世を生きるではないか。(P228)

 

……もともと「苦」だと菩薩はおっしゃるのだから、その生に、秩序を、平穏を、安らぎを求むることはどだい、ないものねだりというわけである。一生が苦だ。生老病死が、苦なのだから、生まれて死ぬまで、苦が充満しているといってしまわれればいいようなものだが、しかし、貧富の差で、その苦に軽重がある気がする。(P231)

 

 そして目の見えぬ祖母のエピソードがあって……

 

 私にとって、般若心経は、この「乃至無老死、亦無老死尽、無苦集滅道」にいたってまこと冷たいお経だなという気がしてくる。さよう、色身の心底からいえば、心経の何と冷静なことよ。クールであることよ。(P239)

 これは地べたを這いずり回った一庶民の感覚からの視点だと思うのです。これは般若心経への非難ではありません。真理は真理としつつも、凡夫の目線からみたうめき声のようなものです。

 

 11章

 最後の部分ではこう書かれています。

……悩み多いこの世に、悩みのタネをまいて生きている私は、その種子の芽だちによって、それぞれの業の花をひらかせて、くらしたい。妻子とともに、のたうちまわって生きるしかないではないか。……略……仏も見えない。神も見えない。法の声もきこえてこない。救いのないくらやみだ。私は、そのくらやみに、心身を染めて、のたうちまわって、こときれる日まで苦しみ生きるしかない。そこに、多少の慣れのようなものを感じることはあっても、救済されてゆく自分はないような気がする。困った人間だ。しかし、困った人間だから、いま「心経」が、ありがたく毛穴に入ってきて、心身を洗うような気もするのである。(P271)

 

 水上勉さんの人生の経験から出た結論に賛成です。庶民にとって、生きていく「苦しみ」は残る。でも言われたようにお経や先師の言葉は……希望のようなものを指し示しているような気もします。

 この本は、単に般若心経の解説をしているのでなく、体験から仏教的なものに迫ろうとしたもののように思います。そういう視点がいいと思いました。

 

 

 

 

 

  …………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     誰もが穏やかで、幸せでありますように。