日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になりました。後悔ばかりの人生でしたが、それもしかたがないことです。〈初期仏教〉を信じているので、なんとか暮らしています。訪問していただいて感謝しています。ありがとう。<m(__)m>

『日常生活で仏になる方法』

 おはようございます。

 大阪は蒸し暑い朝になっています。外に出れば涼しいのでしょうが……

 もうすぐ湿度の高い梅雨も終わります。そうすれば暑い夏がやってきます。

 

 

 

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  この本はすごくよい本でした。ブッダに倣うことは大切です。

  著者は『声に出して読みたい日本語』の齋藤孝さんです。こんな本も出されているのです。おもしろいアプローチの仕方だと思います。

 

日常生活で仏になる方法

日常生活で仏になる方法

 

 目次 

はじめに――人生いたるところに悟りあり

プロローグ

今こそ、ブッダの直弟子になろう

1章 日常生活で仏になる方法

「悟り」のジャンルで有段者をめざそう 「今」を見ることで本来の力を発揮できる ブッダ率の高い人は、PKを外さない 心の執着を捨てるトレーニング 日本の名僧に学ぶ、絶妙な中道感覚 悟りとは「吹っ切れる」精神 仏教は科学的思考である 仏教を人生の味方にする 日常生活で仏になる方法 生き仏になる効用 五感と身体で悟りに近づく   

2章 仏の平常心になる

仏になる方法――(観ずる)

仏の平常心とは「観」から生じる

  1. 大地に寝ころんで空をあおぐ
  2. 紺碧の海の水平線を見つめる
  3. ろうそくの火を見つめる
  4. 線香の煙を見つめる
  5. 仏の半眼モードになる
  6. お鈴の音で久遠に思いをはせる
  7. 波の音に耳をすます
  8. クラシック音楽をホールで聴く

3章 仏の身体になる

仏になる方法――(身体で観ずる)

悟りの王道は身体にあり

  1. 小学3年生の身体になる
  2. 身体を寺院にして、お経を唱える
  3. 手指を柔軟に動かす
  4. 手のひらを合わせて、合掌する
  5. 如来、菩薩、明王、天のポーズをとる
  6. ブッダになりきって印を結ぶ
  7. 死体のポーズをする
  8. 自分の身体が風になる
  9. 山に登り、景色をながめる
  10. 絵を描く、写経する
  11. ゆっくりとスローペースで動く
  12. 水に浮かんで、ザ・ZENスイミング

4章 仏の呼吸を整える

もっと呼吸を自分のものにしよう! 呼吸法は今を見つめるレッスン

仏になる方法――(呼吸する身体)

ブッダの呼吸法で脳が覚醒する

  1. ブッダの呼吸法をマスターする
  2. 軟酥(なんそ)の法でリラックスする
  3. ヨガのポーズをとる

5章 仏の境地、悟りに至る法

悟りはわたしたちの手の中にある 悟りとは、この世の愛し方を見つけること 日常生活で目覚める方法 死を乗り越える 「ふっきれる」精神を養う 仏の指標は「上機嫌」 

6章 仏教的生活のススメ

仏になる方法――[死を生きる]

21世紀は、仏教的生活をエンジョイする時代

  1. 辞世の句を詠む
  2. あると楽しい! 仏壇アイテム3種
  3. 戒名をつけてみよう

7章 不幸も幸福も超えた境地へ

自分なんてものは存在しない 不幸も幸福もすべては幻想だ 推して知るべし方式で欲望を精算する 美しいものに心をときめかす――真・善・美の世界に入る 寂しさと虚しさが現代の苦 人生の虚しさを退治する方法 学ぶ、人と関わる、体を動かす

エピローグ

奇跡の国・日本が忘れた〈死〉の感覚を取り戻す

「縁」の中で生きる――すべての出会いを祝祭に

  

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  具体的な目次になっています。たくさんの項目に分かれていますが、解説を読めば「やりたい」「行動したい」と思えるはずです。

 具体的なのは魅力的です。

 論理よりも、身体とか感じ方が正解なんです。 

 

「はじめに」にこう書かれています。

 僧侶でも仏教の学問的な専門家でもないわたしが、なぜ『日常生活で仏になる方法』という大それたテーマで本を書くのか。それは「悟り」への道は、万人に開かれたものだと考えたからです。日々生きている日常生活の中にも、「悟り」はあるとわたしは思っています。出家して修行しなければ悟れないのでは、わたしたちは悟りとは生涯、無縁なままになってしまいます。

 もっと悟りのハードルを下げてもいいじゃないか。100%の悟りでなくてもいいじゃないか。凡人でも悟る瞬間があってもいいじゃないか。もっとみんな「悟り」について語り合おう――こう考えて、「ブッダ率」「目覚め率」という言葉を考えてみました。(P2)

 全面的に賛成です。仏教を身近なものとしていたい。

 著者は十代の頃から悟りに関心を持っていたといいます。そして呼吸法などを実践、研究してきたと。

 すごい。やはり実践にもとづいたことは信用できます。

 

 

この本を読んで学んだこと 、教えられたこと
  • 仏教は欲望を否定しますが……〈欲望の一切を捨てる〉のは無理な目標設定です。

「欲望を捨てる」という仏教の教えは、「執着を捨てる」ことだと解釈するとわかりやすいと思います。(P29)

 

……煩悩をすべて悪とみなして捨て去ってしまうと、明日生きることもままならなくなります。煩悩に飲み込まれない状態で、ほどほどにコントロールできれば、それは中道、あるいは中庸の道というブッダの道に沿うのです。煩悩を上手にコントロールする技を身につけるのも、悟りのあり方なのです。(P31)

 

  • ブッダ的な人間には、魂の自由さ、軽やかさがないといけません。(P34) 

 

 ブッダの教えは「仏教」として宗教に分類されていますが、わたしは、宗教という以上に「認識の方法論」だと思うのです。

 この世界をどのように認識するか、そのなかで自分という存在をどう置いたらいいのか、その認識のありかたや方法をゴータマ・シッダールタという人が二千年以上前に会得したのです。その認識を共有しようと、シッダールタがみんなに伝えたのが「仏教」誕生の瞬間だったのです。(P39)

  大賛成です。まったくその通りです。自分も前から「仏教は宗教でもあるけれど、生きるための方法論」と考えていました。

 

 P76の「悟りの王道は身体にあり」のエッセイのなかで、著者は、

「わたしは三十年以上、身体をもとにした教育理論を研究してきました。そして、実践していくなかで、身体を目覚めさせることで脳の目覚め率も高くなっていくことを何度もまのあたりにしてきました」

 と書かれています。この本も体を通して脳を目覚めさせる実践なのだと思います。宗教とかは関係なく。

 

ブッダになりきって印を結ぶ( P102)

に印の図が載っているのですが、ネットでも探してみました。

印相 - Wikipedia

仏像世界/基本形

 

もっと呼吸を自分のものにしよう!(P128)

  • ブッダは、呼吸法をひじょうに重んじていました。そもそもブッダが悟りに至った過程には、「アナパーナ・サナ」という、リラックスしてゆっくりと長く息を吐く呼吸法(長息)を身につけたことにあったのです。
  • 仏に至る道はひとつではありません。この本でもいくつか紹介しましたし、それらをヒントに自分なりの方法を編み出してもいいのです。仏になる方法は100人いたら、100通り、200通りあってもいいほどです。しかし、その根底には共通してブッダ的な呼吸法があり、それが悟りの屋台骨ともなるのです。
  • スポーツや勉強、武術や禅、あるいは能や音楽などで成功を収めている人は、同時に呼吸を極めているということです。

 この項目の文章を読んで、呼吸の大切さがわかりました。

 たしかに集中しているときの呼吸は深く静かです。

 P132に「ブッダの呼吸法で脳が覚醒する」というエッセイで……「ブッダの呼吸法を身につけたことによって、安定したペースで脳が働きつづけ、さらには疲れにくくなり、集中力が持続するようになっていったのです」と書かれているのが理解できます。念仏を唱えることもゆっくりと息を吐きだして呼吸しているのと同じ、と書かれています。そうですよね。

 

軟酥の法でリラックスする(P140)

頭の上に軟酥(バターのようなおいしいもの)

が乗っかっているとイメージします。

それがじわーっと温かく溶けて、

頭から首、両肩から両腕、胸、お腹、腰まで潤していくのを感じましょう。

  これは白隠が、白幽真人という隠者から教わった秘法だそうです。

「軟酥の法は今でいう自律神経調整法といったところでしょう」(P141)

 

 ぼくはP152に書かれている「悟りとは、この世の愛し方を見つけること」という言葉にぐっときました。そうだと思います。

 それぞれの生き方があっていい。

 そのなかで、他人や社会に依存することなく自分の生き方がわかっている人が、悟りに近いと思うのです。

 

自分なんてものは存在しない(P176)

 自分はある、いや、自分はない、という二つの対立する考え方のもう一段上に、「空」の発想があります。そもそも、その二項対立さえも存在しないという答えを導き出したのがブッダだったのです。

 だから、人は何かに夢中になって自分を忘れることができたとき、とてつもない解放感と充足感に深く満たされるのです。それが無我という境地です。(P177)

 自己を忘れるための方法は、古くからあった。

 インドではブラフマンアートマンの合一。梵我一如。

 キリスト教の場合は、イエスはいわば神の化身であり、人間の姿をしてこの世に現れ、神と人間の仲立ちをしています。キリスト教を信仰し、お祈りや賛美歌を歌うことで神との一体感を感じることができます。それが一種のエクスタシー的感情を呼び起こし、幸福感や充実感をもたらします。

 エクスタシーとは、脱自我的快感=「自分を脱していく快感」であり、自我が狭い身体、あるいは狭い心に閉じ込められている状態から、自分が脱したと感じたときに生まれる大きな解放感です。神と一体化するという宗教思想は、自我から脱するためのひとつの方便としてはひじょうに役立つのです。(P178)

不幸も幸福もすべては幻想だ(P179) 

 このブッダの教えは、わたしたちにまったく新しい幸福論を教えてくれます。不幸がないばかりじゃない、幸福もないんです。 

 

 ブッダの幸福論では、人生の意味とか、やりがいとか、幸福か不幸かとう、そういう区別自体をいったん手放してしまうのです。何が幸福で何が不幸かを決めつけるクセを手放して、今起きていることを粛々と受け入れる。

人生の虚しさを退治する方法(P192) 

 自分は、どんな人生がのぞみなのか。松下幸之助本田宗一郎のような後世に残る企業家になりたいのか、あるいはあたたかな家庭を築いて静かに暮らしたいのか、仕事ばっかりでなくて、もっと趣味に打ち込みたいのか――ほんとうは自分はこんなふうになりたかったのだけど、自分が思っていた人生とちがうから虚しいなどとなんとなくの答えが見えてくるはずです。

 自問自答をくり返し、虚しさの正体をはっきりさせる。そのうえで、今の自分にできそうな小さな目標を立ててみる。小さな目標を立てることで、今を生きる視点をもう一度取り戻すのです。(P194)

 そう、これは重要なことです。小さなことをすることが価値あることです。 

 

あと、

学ぶ、人と関わる、体を動かす(P195)

「縁」の中で生きる――すべての出会いを祝祭に(P200)

 に書かれていることに励まされました。人は孤立していない。そう見えているだけなのです。

 

            *            *

 

 この本は、ハウツー本のような体裁で書かれていますが、読むべきところ、学ぶところがたくさんありました。簡単ですが、深い。 

 

 

 

 

 

 

  …………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいてありがとうございました。 

     誰もが穏やかで、幸せでありますように。