日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

底辺で生きてきて68歳になってしまいました。後悔することの多かった人生ですが、しかたがない。自分なりの仏教を信じているのでなんとかやっています。訪問していただいたことに感謝しています。ありがとうございます。

『自在に生きる〈涅槃経〉』/ 「雨」

 おはようございます。

 近畿地方は梅雨に入りました。午後から雨のようです。天気予報をみると、しばらく天気がぐずつきそうです。雨も必要ですが……事故にあわないようにご注意してください。 

 

 

            *            *

 

  涅槃経について書かれた本です。図書館の仏教の棚に並んでいるのを知っていました。それで読んでみようと思ったのです。

 

自在に生きる―涅槃経 (仏教を読む (5))

自在に生きる―涅槃経 (仏教を読む (5))

 

 目次

はじめに 涅槃経の意味

1章 涅槃への道

2章 お釈迦さまの般涅槃

3章 大乗仏教の涅槃

4章 仏の慈悲とアジャセ王

5章 般若と解脱

6章 永遠の世界としての涅槃

 

            *            *

 

はじめに 涅槃経の意味

 梵語ではニルヴァーナといいます。平安で静かな、人生の知恵の洞察が輝いている「涅槃寂静」の世界。

 私たちは、外界には魅力のあるものがあふれアトラクティブなものがあるが、心の中は空虚だと思いやすいのですが、これは大間違いです。心をしずめて、心の中を見るならばと、そこにこそ無限の宝があることがわかると思います。人間の発明も発見も、すべて心の中から現れたものです。

 心の奥に至福の世界を得るためにはと、さきにもいいましたように、煩悩を滅しなければなりません。お釈迦さまは激しい修行の結果、煩悩を滅して悟りをひらき、涅槃と一つになり、至福の境地に安住したのです。しかしわれわれが、たやすく煩悩を滅することは不可能です。煩悩があると、正しい知恵のはたらきが、妨げられるということを知るだけでも、貴重な成果です。それを知ることによって、煩悩の力は弱められるからです。煩悩が弱められれば、それだけ知恵の力が増大し、何ほどかネハンか自己に実現しているのです。(P11)

  長い引用をしました。涅槃とはなにか、書かれていたので……

 涅槃についての解釈はいろいろあるようです。

有余依涅槃 無余依涅槃

  

小乗の涅槃経と大乗の涅槃経があります。

 

www.zen-essay.com

1~6章まであります。

          (リンクを貼らせていただきました。感謝します)

  

1章 涅槃への道

 この章は涅槃経の内容を解説するとともに、お釈迦さまの入滅までの旅を描いています。

 アーナンダ廟でお釈迦さまは、弟子たちに四大教法をお説きになりました。四大教法とは、お釈迦さまの亡きあと、弟子たちのよりどころとなる教えのことです。これを四つに分けて示されたのです。

 第一は、お釈迦さまが般涅槃されたあとに、一人の修行僧が、

「私はお釈迦さまから直接にきいた。これが法であり、これが律である。これが師の教えである」

 と、このように「お釈迦さまから直接きいた」といったとしても、その修行僧のいうことを無条件に受け入れてはならない。その修行僧のいったことを、経典の中に調べてみて、さらに、律典の中に調べてみて、その言葉が、経典か律典のどこかに見いだされるならば、それはたしかにお釈迦さまの言葉である。ゆえにそれを「ブッダの教え」として受け入れてよろしい。これが第一の大教法であるといわれたのです。(P47)

 第二の場合は、「教団からきいた」という場合。

 第三の場合は、「多くの長老からきいた」という場合。

 第四の場合は、「一人の長老からきいた」という場合です。

 これらの場合、経典や律典の中に調べるように指示されました。

2章 お釈迦さまの般涅槃

 お釈迦さまの入滅の様子です。涅槃経では、お釈迦さまが語られたことが解説されます。仏舎利の供養についても書かれています。「自分が死んでも悲しむな」と言われたこと。クシナガラ住民のマッラー族に知らせること。遊行者スバドラがお釈迦さまに質問するために会いに来たこと。その教えがである八正道の解説がされています。

 お釈迦さまは般涅槃され、遺骨は八つの国に分配されます。

3章 大乗仏教の涅槃

 阿含経は初期の小乗仏教の考え方や教えを反映したものです。大乗の涅槃経は40巻もあり、阿含経の10倍にもなります。

 大乗仏教は「自利利他」……社会をよくすることによって、自分も幸福になり得ると考えます。そういう大乗仏教の考え方が書かれた章です。

  • すべての人に仏性がある。
  • 私たちは、善と悪、真と偽、愛と憎しみなどの二元的な心的力に動かされている。
  • 自分の悪に染まらない心を、自性清浄心といい「真の自己」と呼びたい。
  • 涅槃は常楽我浄である。
4章 仏の慈悲とアジャセ王
  • アジャセ王は、お釈迦さまの晩年の頃に中インドのマガダ国を支配した王です。父のビンビサーラ王と韋提希夫人のあいだの子。
  • ビンビサーラと韋提希夫人には長いあいだ子ができなかったのです。占い師にみてもらうと、山中に仙人が修行しているが、その仙人が死ぬと、王の子として再生するであろうという予言があった。子が早くほしかった王は、その仙人を殺して夫人が懐妊するという因縁のもとに、アジャセが生まれてくるのです。
  • 再び占い師にみてもらうと「この子は将来、父王を殺害するだろう」と予言するのです。それで王は恐れて、子を高楼から突き落とすのですが死ななかったのです。それで大事に育てたのですが……

  アジャセの物語はこんなふうです。

悪人の救い-アジャセ王の救いの物語- / 鍋島直樹(龍谷大学法学部教授)

 この章では、

  • 提婆の野望と反逆 → アジャセ王の暴悪 → 王の憂愁と六師の教え → 耆婆童子の勧め → 姿なき空中の声 → 仏の慈悲の光 → 罪には実体がない → 世俗諦と第一義諦

という流れで語られます。この章は物語に沿ったストーリーがあるので非常に読み応えがありました。

 

「提婆の野望と反逆」はもうひとつの物語になっています。

 お釈迦さまの弟子に提婆達多がいました。彼はアジャセに取り入って、教団を自分のものにしようとして、お釈迦さまを殺そうと画策するのですが……その話に初期の教団の様子が伺えます。デーヴァダッタは悪者として描かれます。

5章 般若と解脱

 涅槃経で示す般若は、迷いの世界を無常・苦・無我・不浄と観じ、そして涅槃が常住・安楽・大我・清浄であることを洞察する知恵であります。(P231)

 

 このように何ものにもとらわれない知恵を、空の知恵といいます。これは、どのように困難な中にあっても、自在に生きることのできる知恵です。そのためには、この世界は、互いに相依り、助けあってできていることを知ることが大切です。仏教ではこれを縁起といいますが、空の知恵は、同時に縁起を知る知恵であります。縁起を知れば、他と争わないで、争いを避けることができます。争わないことは、自由に生きるために重要なことです。(P235)

 

 この章には「雪山童子の修行」の節があって、そのたとえ話が載っています。羅刹と童子の対話。この話も心に響きます。

 

6章 永遠の世界としての涅槃

 無住涅槃……真の涅槃は、涅槃にも住せず、生死にも住しないような涅槃。

 

 この章の要約――

 人間は心理的な時間の観念を持っているが、それは人間が作り出したもの。心が「時間がある」と思うから時間はある。

 私たちは、すべては無常であり変化することも知っている。

 私たちの心がそういう心理と合一することができれば、「いま」という変化しない時間を介して涅槃の世界に入っていける。

 

             *            *

 

 仏教用語が難解でしたが、涅槃についての理解を深めてくれました。

 

  おまけ、です。Youtubeで見つけました。

  手塚治虫さんは、お釈迦さまの物語に想像力刺激されて、こういうアニメにを作られたんですね。すごい。

 マンガの『ブッダ』は昔、読んだのですが、もう、忘れてしまいました。ロマンあふれる人間の話だったと記憶しています。

www.youtube.com

 

  

  …………      …………      …………      …………

 

 

    「雨」

 

雨は

木を

たたき

草の

ちいさな

花を

ゆらす

しずくは

葉を

したたり

土に

ゆっくりと

染み込んでゆく

山は

息を

ふき返す

水と

風は

静けさを

持って来た

自分も

ここで

変われるだろうか

 

 

 

 

  …………      …………      …………      …………

 

     読んでいただいて、ありがとうございました。 

     誰もが穏やかで、幸せでありますように。