日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になってしまいました。ここでネガティブなことも肯定できる視点を持ちたい。いまはブログがあるので寂しくありません。訪問してくださる人に感謝しています。ありがとう。

『戦争の日本近現代史』 / 「白い花」


 おはようございます。

 桜が満開で、きれいです。華やかで清楚で、日本を代表する花ですね。あちこちで咲いているのをみかけると、春だなあ、という気がします。なにか、うれしい。 

 

  

 

          *               * 

 

 

 図書館に返さなくてはならないので急いで読んだ本ですが、おもしろかった。

 

戦争の日本近現代史 (講談社現代新書)

戦争の日本近現代史 (講談社現代新書)

 

 

 本の要旨は、こう書かれています。

 為政者や国民が、いかなる歴史的経緯と論理の筋道によって、「だから戦争にうったえなければならない」、あるいは、「だから戦争はやむをえない」という感覚までをも、もつようになったのか、そういった国民の視角や観点や感覚をかたちづくった論理とは何なのか、という切り口から、日本の近代を振り返ってみようというのが、本書(講義)の主題となります。(P9)

 戦争を準備した論理、戦争を正当化した論理、戦争を受け入れた世論の状況を歴史の中から取り出します。論文などの史料を提示して解説しているので納得できました。

 

目次です

第1講 「戦争」を学ぶ意味は何か
第2講 軍備拡張論はいかにして受け入れられたか
第3講 日本にとって朝鮮半島はなぜ重要だったか
第4講 利益線論はいかにして誕生したか
第5講 なぜ清は「改革を拒絶する国」とされたのか
第6講 なぜロシアは「文明の敵」とされたのか
第7講 第1次世界大戦が日本に与えた真の衝撃とは何か
第8講 なぜ満州事変は起こされたのか
第9講 なぜ日中・太平洋戦争へと拡大したのか

 

 

 

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 第1講に書いてあったのですが、日本は10年ごとに戦争をしているんですね

 1894年の日清戦争

 1904年は日露戦争

 1914年は第一次世界大戦に参戦

 それからは戦争ではありませんが、紛争を繰り返していて……1931年には満州事変が起こります。そして10年後の1941年には太平洋戦争に突入します。

 日本の近代は戦争の準備と戦いだったと言っても過言ではないようです。戦争をしなければならない理由がありました。その原因は国際情勢が緊張していたからです。

 

戦前の日本は戦争するしかなかったのでは……

 当時、世界はヨーロッパの列強の植民地になっていて、アジアではタイが、イギリスとフランスの綱引きの緩衝地帯であやうく独立を守っていて、清は半植民地状態で列強の居留地に侵食され、独立国といえるのは日本だけでした。ロシアは朝鮮、満州に南下する勢いでした。日本にとって脅威だったのです。

 植民地になるのを拒むためには戦争しなければならなかったのだと思います。日清戦争に勝っても三国干渉を受けたりして、日露戦争に勝って満州の権益を手に入れてもリットン調査団が派遣される状況でした。その報告が出ても、最終的にはハル・ノートを突き付けられました。日本は追い詰められ暴発するしかなかったようです。 

 そして戦争に敗けました。

 GHQの占領を経て、いまはアメリカの属国みたいなものです。……防衛はアメリカ頼りだし独立国ともいえないかもしれません。しかし少なくとも表現の自由は保証されている社会なので、自由主義陣営のアメリカに占領されたことはよかったのではないかと思います。

 

 

 1~5講の簡単なまとめ

  いつものように第1講~第9講、それぞれの講を要約するだけでも、長くなってしまうので少しだけ……

 2講を簡単にまとめると、

 明治政府の軍備拡張論が受け入れられたのは、〈政道〉〈公道〉を民間に解放した明治維新にある……それは吉野作造の「我国近代史に於ける政治意識の発生」という論文に書かれているそうです。

 明治政府は〈富国強兵〉を目指していました。

 P32には江戸時代からのロシアの南下政策に脅威を感じて軍事拡張に進む状況が述べられています。

 征韓論もそういう背景があって出てきた。

 

 3講は、朝鮮半島の重要性についてです。

 当時の政治課題は、〈国会開設〉〈不平等条約〉でした。P54~64までは、民権運動の動きと外国への認識が書かれています。国際情勢のなかでは華夷秩序は崩壊しかけていました。山県有朋が書いた「隣邦兵備略表を進る」が取り上げられています。それによって軍備が拡張されることになります。日本の独立を守るためには、朝鮮半島を第三国が占領することがないようにしなければなりませんでした。

 

 4講は「利益線論はいかにして誕生したか」です。

 山県有朋は「外交政略論」のなかで、主権線の領土を守る他にも、利益線の防護が必要だと主張しました。利益線とは日本の安全に関係する隣接地域のことです。列強が日本にとる政策が不利な場合は武力行使も認める論理でした。それはローレンツ・フォン・シュタインの影響を受けて書かれたものだそうです。そのことがP85~96まで、解説されています。

 

 5講では、1894年に朝鮮で農民戦争が起こり、清国軍が派兵される状況になります。日本の朝鮮出兵から日清戦争への至る事情が描かれます。 

www.worldwide-transition.info

  日本から清に伝えられた「朝鮮に関する日清共同内政改革提案」は清によって拒否されました。これが日清戦争を正当化するものになりました。

 新聞の論調は開戦に向けて変化していきました。(P113)

 福沢諭吉は「文明開化の進歩を謀るものと其進歩を妨げんとするものとの戦いである」と位置づけました。(P115)

 

 

 感想

  当時の国際情勢と、世論をリードした論文を取り上げて、解説されています。どのように世論が形成されていったかわかるように構成されているのです。

 いままで注目されていなかった論文などを知ることができました。

 戦前の日本国民がどのようにして戦争を受け入れたのか。

 平時の感覚では誰もが戦争には巻き込まれたくないと思うのですが、それが戦争待望論に変わるのはなぜか。それを考えるための参考になります。

 今回は6~9講はまとめませんでしたが、こうなふうな解説をされているということは紹介できたと思います。他の本と合わせて読むと歴史に対して複眼的な見方ができるのではないでしょうか。こういうアプローチの仕方は貴重だと思いました。

 

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 たくさんの読後感が書かれていますが、おおむね好意的です。

 

 

 

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   「白い花」

  

斜面に

咲く

白い花よ

ここは

冬の間

雪で

覆われていたのに

いまは

緑の葉が

敷きつめられた

庭のようだ

黄色の

雌しべを

包むように

背伸びして

守っている

雄しべ

花は

暖かな

光のもとで

揺れて

世界は

魔法に

満ちている

 

 

 

 

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    読んでいただいて、ありがとうございました。

    誰もが穏やかで、幸せでありますように。