日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

底辺で生きてきて68歳になってしまいました。後悔することが多かった人生ですが、しかたがないです。自分なりの仏教を信じているのでなんとかやっています。訪問していただいて感謝しています。m(__)m

『古代日本誕生の謎』 まとめ3

 

 おはようございます。

 今朝はとくに暖かい。最近では朝方「寒い……」という感じはなくなりました。春が近づいてきた。やはり暖かいほうがいいです。

 昨夜、NHKラジオ深夜便を聞いていたら、世界の天気予報をやっていました。各地の都市の最低気温と最高気温を読み上げるだけですが、世界のことを想像させます。シンガポールが25度、32度なのに、モスクワは-18度、-10度でした。「そんなに違うんだ」と思って聞いていました。世界は広い。 

 

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序章 古代史を学ぶ意味

1章 古代都市「大和」と首長霊信仰

    山の辺の道に生まれた新文化

    前方後円墳を作った平和都市「大和」

    天皇の魂が鎮まる三輪山  国作りの巨人、崇神天皇

2章 戦乱時代の勝者

      銅鐸を割る時  桃太郎伝説前方後円墳  邪馬台国最後の戦い

      国譲りと出雲神宝  日本武尊、吾妻国を征す

3章 東北の歴史が語るもの

    東の文化を代表する亀ヶ岡遺跡  奥州高見国の後退

    荒脛巾神を祭る安東氏  続縄文文化の国と按司の国

終章 古代日本文化の三つの流れ

    日本統一に関する年表

 

 

 大和武尊、吾妻国を征す

  • 東方の未開の地は「吾妻国(あづまのくに)」と呼ばれた。大和朝廷東海道東山道北陸道を用いて東方に進出した。
  • 濃尾平野には大豪族の尾張氏がいて東海地方の水上交通を握っていた。熱田神宮には三種の神器の草薙の剣が祭られている。尾張氏の神剣信仰は物部氏のものを取り入れたもの。尾張氏物部氏と同祖とされている。尾張氏が東方経営に当たったため、朝廷は東海道沿いに勢力を伸ばしていった。
  • 東山道北陸道では、親朝廷の豪族と、大和の文化を受け入れない豪族がいる状態が長く続いた。
  • 関東では4世紀末に上野、下野を支配する毛野氏が朝廷に近づいた。5世紀、朝廷は朝鮮半島の活動に忙しかった。毛野氏は朝廷の首長霊信仰になぞらえて関東での勢力を拡大したかったのだろう。このことは群馬県南西部に大型古墳が築かれたことでもわかる。
  • 5世紀半ばになると南関東の豪族は朝廷と毛野氏との二重の支配を嫌い一元的統治を求め始めた。そして毛野氏は衰退することになる。

 

 P199に『古事記』に描かれている大和武尊の戦いの行程の地図が載っています。

 東海道を北上し、東山道を巡って帰って来ています。北陸道には足を踏み入れていない。そのことで当時の大和朝廷の勢力圏の範囲を知ることができます。

  • 北陸道では越前までしか勢力を伸ばせなかった。北陸と出雲のあいだには交易の海路があったが、朝廷は日本海の航路を握ることはできなかった。
  • 6世紀初頭に九州の磐井の乱があり、朝廷は直接統治に乗り出し、そちらに手がとられた。

 

東北の歴史が語るもの

   8世紀以後の国政はすべて東北経営と深い関係を持った。(P206)

 

平等を重んじ朝廷に反抗した古代東北王国

  古代の東北地方の人びとは、大和朝廷と異なる精霊崇拝(アニミズム)に基づく文化をもっていた。そのため、彼らは首長霊信仰の上にたつ朝廷の文化を受け入れず、頑強に反抗したのだ。

 私たち今日の日本人は、縄文的思考と弥生的思考との両者を合わせた文化の中で生活している。日本文化は、決して単一のものではない。縄文的なものと弥生的なものとが融合した上に、さまざまな外来文化を取り入れて、形作られたものだ。(P212)

 

弥生的な朝廷は、大王(天皇)を頂点とする身分制を重んじた。ところが、縄文的な東北地方の者は、人間平等の考えをとった。(P212)

 

 同心円の集落で生活した縄文人

  縄文文化を特徴づけるものが「円の発想」だ。それは、精霊崇拝から生じたものだ。

「円の発想」は、人間も生き物も、風、雨、太陽、月、星等の自然現象もすべて、精霊をもった平等な存在と見るものだ。だから人間は何とでもお互いに友達どうしになる。縄文人は、そのような発想に基づいた集落を作っていた。

 縄文時代の集落は、一つの定まった型をとっていた。

 それは、円形の広場を中心に構成される。竪穴住居がその外側にめぐらされ、さらに外周に、私たちが貝塚と呼ぶ残滓の捨て場がある。

 つまり、広場、居住空間、ごみ捨て場の三者が同心円を形成しているのだ。

 さらに、広場は三個の空間に分けられる。中心部は祭祀の場だ。大部分の集落は、遺物、遺構が全くそこに見られない。普段、人間が立ち入れない聖空間とされていたのだ。

 ……(略)

 広場は、何もない聖空間、貯蔵穴群、墓地の三者から構成されているのだ。

……(略)

 彼らは最もたいせつな食糧を聖空間のすぐそばに隠して、精霊に守らせた。亡くなった祖先たちは、この世にいる者より良い場所に居てもらう。その外側が、人びとの生活の場と生き物の遺骸の集積地だ。このように、彼らの集落は内側に行くほど貴いものが置かれる同心円の構造をとっていたのである。(P213)

 すごく共感したので、長い引用をさせてもらいました。

 著者の縄文人に対する敬愛が表れているところだと思います。縄文文化の核心を述べているところです。

 

 縄文中期には、雑穀やイモの栽培が始まり、縄文後期に稲が伝わっていた。(P215)

 ということも重要な指摘だと思います。稲作が伝わったのに、それでも縄文人は自然と共に生きる狩猟生活を選んでいます。

 宗教学では精霊信仰のアニミズムは原初的で低いものとみられているようです。でも、著者がいうように、縄文の文化が持っている核であるような気がするのです。

 

 

中国系民族と原アジア人

 P219ではこう書かれています。

 原アジア人は約3万年前にアジア大陸南部で発生した。中国系民族は1万2千年前にシベリアで現アジア人から分かれた。

 原アジア人は氷河時代が終わる紀元前1万4千年前頃から縄文文化を作って繁栄した。

 

 中国系民族は、中国人、ベトナム人、モンゴル人となって、中国に殷、周、秦、前漢という国を作った。

 日本には紀元前千年頃、弥生人が日本に移住してきた。日本人は縄文系と弥生系の混血によってできたといえる。

 

 

          *               * 

 

 

 P221からP228にかけて 亀ヶ岡遺跡三内丸山遺跡 のことが語られています。

 

 P229からは日高見国呼ばれたものはなかったのに、なぜ奥州に強国があるとされていたのかの事情が語られています。

 

 そして東北の歴史――

 720年と724年に俘囚と呼ばれていた東北地方の豪族の反乱が起こりました。それを鎮圧するために作られた多賀城のことが紹介されています。

 

 10世紀になると各地に荘園が広がり、武士が登場します。

 蝦夷の系譜を引く安倍氏清原氏奥州藤原氏、また津軽の安東氏が東北を統治しました。

 

 

 荒脛巾神を祭る安東氏

 のトピックでは、縄文時代からの精霊崇拝の伝統を分析、解説しています。

 岩手県奥州市の「白鳥の館」や同県二戸市白鳥城」は、中世の武士の白鳥信仰を伝える史跡だ。安東氏の居城の一つ藤崎城は、別名を白鳥城といった。安東氏も白鳥信仰をもっていたのだ。

 東北地方には、その他にも恐山や川倉地蔵のイタコ弘前市の久渡寺等のオシラサマ座敷童子等、日本神話では説明づけられない信仰が多い。それらは、人間と自然とが一体になって生きていた縄文時代の精霊崇拝の系譜を引くものと考えられる。(P257)

 

 

縄文文化の国と按司の国

 ここでは沖縄とアイヌのことが語られます。

 北海道の続縄文文化も、沖縄の貝塚時代後期の文化も、基本的には縄文文化と共通の性格を持つものだと著者はいいます。

 P264に文化史の区分が比較されています。

 

        0年     500年頃      1000年頃

北海道の文化 縄文文化 続縄文文化  オホーツク・擦文文化  アイヌ文化

日本史    〃 弥生文化 古墳・飛鳥  奈良・平安時代 鎌倉・室町

沖縄の文化  〃             貝塚時代後期  グスク時代の文化

 

 

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日本文化の原像

 ここでは結論が書かれています。

 これまで記してきたように、日本という国は、首長霊信仰をとる王家(皇室)の手で長期にわたってつくり上げられてきたものである。厳密にいえば、北海道の大部分と沖縄が日本国の一部になるのは、明治維新後まもない時期であったといえる。

 かって日本人は、精霊崇拝のうえにたつ縄文文化を共有していた。沖縄の文化も、アイヌの文化も縄文文化から発展していったものである。(P275)

 

 

          *               * 

 

 この本を読んで……

 日本は共通の縄文文化という上に築かれたものだと知りました。共通にあったものを知ることで、アイヌや沖縄との違いにこだわったり、過大に考えることなく、理解し合えると思います。じっさい、沖縄方言は平安時代の言葉と似ているそうです。つまり、古い日本や、縄文時代からの原日本の文化が残されているといってもいいのかも知れません。

 左翼がいっている――「沖縄やアイヌ少数民族で、日本のなかで差別されている」というキャンペーンはデマで間違いだとわかるのです。

 

 この本に書かれている、首長霊信仰というものがあって、歴史的に皇室が続いてきたということもわかりました。伝統や国というものを考える一助になった気がします。

 

 歴史は面白いです。

 次は、「日本人はなぜ日本のことを知らないのか」(竹田恒泰 PHP新書)という本を読んでまとめたいと思っています。 

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………

 

 

        読んでいただいて、ありがとうございました。

        誰もが穏やかで、幸せでありますように。