日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

社会の底辺で生きて来て67歳になってしまいました。そこから見える風景や、読んだ本の感想や、ネット検索でわかったことなどを書きます。生きることは辛いこともありますが、何をしても生きて行ける。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝します。

人生で思ってきたこと 2 / 「再会」

 おはようございます。

 アパートの隣の駐車場は雨に濡れて光っています。まだ暗い朝です。

 台風がやってくるらしい。日本は自然が豊かだけれど、災害も多いので注意が必要です。秋が深まって寒くなってきました。

 

  

 

          *               * 

 

 水曜日に考えたことの続きを書きます。

 

 

【生まれてきた時はすでに資本主義社会にいた】

「生まれてきた時はすでにこの社会――資本主義のなかにいた」

 意識した時には、もう逃れられない世間に投げ込まれていました。これは人が〈現実を〉意識することに他なりません。

 ほとんど……実存主義の世界です。(いま実存主義といっても人気がないですけれど……ぼくが若い頃はまだサルトルを読む人が大勢いました)

 これはしかたない。この現実のなかで生きていくしかないのです。

 日本は先進国だからまだ経済的には恵まれています。もっと貧しい国に生まれていたらどうでしょう。それでも「そういうものだ」と受け入れるしかないでしょう。

 でも、〈幸せは個人の感じ方の問題〉(と思っています)だから……貧しくても幸せな人はいっぱいいると思います。

 検索してみました。

 このサイトでは心理学の理論を応用した幸せになる方法が書かれています。

president.jp

 

 個人の力では社会は変えられないと思うのです。

 生産と消費で成り立っているこの資本主義社会に〈いる〉し、逃れられない。

 社会のシステムとしてあるものは長く続く……変えることはすごく難しいことです。

 もちろん資本主義を批判して変えようとする「共産主義」の人もいます。

 宗教団体も、おおっぴらに言わないだけで、その宗教にとって理想とする社会に変えようとしているのでしょう。

 でも新興宗教は教義が独特ですし、洗脳する方法を取ることが多いので気をつけなければなりません。 

oshiete.goo.ne.jp

 

 

【底辺から逃れるために、たこ焼き屋になることを考えた】

 ぼくは個人的に社会の底辺で働いてきました。

 でもそれでいいと思っていたわけではなく、ジタバタしていたのです。 底辺から逃れるために、いろいろ考えました。

 

 住んでいる生野区の商店街には3軒のたこ焼き屋さんがあります。商店街の中ほどにあるたこ焼き屋さんはおじいさんが焼いている店で値段も安い。6つで100円。駅前にあるのはチェーン店のようで、若い人がジャンボたこ焼きを焼いています。

 商店街の端にあるたこ焼き屋さんは中年の男の人がやっていて、開いてないことも多いのです。この店の前を通りかかると、たまにギターの音が聞こえています。歌っているのが見えます。中年の男の人はフォークシンガーなのでしょうか……お客さんも入っていて小さなコンサートをやっているようです。それとも趣味なのでしょうか?

 

 

 そんなこともあって、たこ焼き屋さんはいいなあ、と思うようになりました。

 できるならやってみたい。そうしたら人に雇われなくても済む。

 それで、憧れて、ネットで調べたりしたのですが……なかなか簡単ではないとわかりました。

 少なくても始めるのには多少の資本がかかりますし、商売するには立地条件も必要だし、狭くて小さい店でも賃貸契約することが必要です。そんな様々なことを知りました。

 小さな商売でも、うまくいくとは限らない。ストレスもかかるだろう……

 自分はそんなのに向いていない……と思ったのです。 

 商売は無理かな、と。

 

 それなら技術を持つのはどうだ、と……職人さんになろうと考えたのですが……

 植木屋さんとか、園芸。そういうのも資格や技術を学ぶことに時間もかかるし、そういう職業につこうとすれば、いまでは関連する会社に就職するしかないようです。それが職人さんになるいちばんの近道なのです。

 陶芸家とか……

 お百姓さんとか……

 空想的するのは自由なので、なりたいことをいろいろ考えました。

 でも、仕事となると……難しいものだなと……。

 けっきょく、いろいろ考えても、人に雇われるのがいちばん安楽な道なのです。いくじがないですが、そう納得しました。

 起業するのもエネルギーが必要です。好きな仕事につくのも、けっこう努力がいるのです。どこにいても、どこに行っても、楽にできることなんかない、のだと、思いました。

 

 

 けっきょく「自分はどう生きるのか、が大事」と思ったのです。

 

 

 

【宗教のこと】

 自分のできることは……たぶん、他人にわかってもらえなくても、自分なりに生きることなんだろうな、と思ったのです。

 社会に仕事として求めても、無駄だと……。だって、ぴったりと合うような仕事に巡り合えたらいいけれど、無理でしょう。

 

 その頃は自分に対して反省することが多かった。

 人間関係も上手に結べない性格だとわかってきたので。

 それで最終的に〈自分なりの仏教徒〉になることを選んだのです。

 

  ネパールへ行った時、ずっと、聖者のことを考えていました。

 インドの観光地には、ヨガの行者がいて写真を撮らせたり、お祈りをする商売をしたりしていました。

 ヒンズー教の行者でサドゥと呼ばれている人たちです。

sekaishinbun.net

 かれらは大麻を吸っていたりして、観光客を目当ての観光サドゥなのです。

 そういう通俗性はインドらしくていいなと思ったりしたのですが、ぼくが考えていたのは俗世間を離れたほんとうの聖者です。

 かってラーマクリシュナの伝記を読んだことがあったし、ヴィヴェーカーナンダについても知りたいと思っていました。

 でも、インドでもネパールでも、観光客がアシュラムで学ぶにはお金が必要です。 それにヨガにかぶれるような気がしたので気がすすみませんでした。

matome.naver.jp

 

 インドはいまでも宗教が力を持っている国です。 

 世界では宗教が生活の中心であったり、政治を動かしている国のほうが多い。インドネシア バリ島に行ったときも、朝はみんなお祈りしていました。宗教が根づいている。

 自分なりの〈宗教のようなもの〉を持たないと生きていけないな、と感じていました。

 

 

          *               *

 

 

 どんな仕事をしていてもいい。

 自分が幸せであることが大事なのだ、と思ったのです。 

 

 この社会で、人を動かすきっかけとなるのは〈不安〉や〈恐怖心〉ですが……それを超越する信仰のようなしっかりしたものを持ちたいと思ったのです。

 できれば、社会に蔓延する暴力的なものに侵されないような生き方がしたいと思いました。社会は人を操作しようとする暴力的なものに満ちていると思うのです。

toyokeizai.net

 

  被害者意識が強すぎるのでしょうか。

 

           *               * 

 

  いまは、いちおう〈自分なりの仏教徒〉だと、人にいえるような気持ちでいることが、ぼくにとってはとてもいいことなのです。中途半端なのはわかっているのですが、仏教の〈中道〉の教えに従い、そのへんは適当でいいのではないかと思っています。

 

 

 

 

  ……     ……     ……     ……     ……     

 

 

 

  「再会」

 

銀杏の

大きな木が

広げる

枝から

黄色く

色づいた

葉が

舞う

太い幹に

耳をつけて

目を

閉じると

地中から

水を

吸い上げる音が

聴こえる

それは

木の

呼吸で

抱きしめる

樹肌に

土の

柔らかさや

湿った

風を

思う

あなたは

ここで

待っていてくれた

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。m(_ _)m

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。

 よい週末を過ごしてください。

 

 考えたのですが……詩を考える時間をもっととりたいので、来週からブログの発行を月曜日と木曜日の週2回にしようと思います。

 拙い詩を書き続けているのですが……ちゃんと推敲したいのです。大げさですが、自分にとっては大事に思っていることなので……そうでないと読んでもらう人にも失礼ですし、ヘタでも努力しなきゃ、て思うのです。

 

 よろしくお願いします。m(_ _)m

 では、また月曜日に、お会いします。