日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になりました。貧困や社会保障から落ちこぼれる人のために、社会が動いてくれたらいいのですが……いつも、自己中で理不尽なヤクザな強者が勝ちます。それが世の習いでしょうか? 〈自分を救うのは何か〉考えています。ネガティブなものも肯定する視点を持ちたい。いまはブログがあるので寂しくありません。訪問してくださる人に感謝しています。ありがとうございます。コメントをいただいたときは、その方のブログのコメント欄にお返事しますね。

ローゼ・アウスレンダー詩集 / 「谷霧」

 

 

 おはようございます。

 ラジオ体操に行く勝山通りの街路樹が切られてしまいました。幹が途中から切断されているので無残な姿になっています。上にある電線に枝が覆いかぶさって危険だからでしょうが、ひどい。

 木が大きくなるまでは何十年もかかるのです。 

 木も生きているのです。

 

          *               * 

 

 

 図書館で棚にあったので、たまたま手に取りました。

雨の言葉―ローゼ・アウスレンダー詩集

雨の言葉―ローゼ・アウスレンダー詩集

 

 

 詩人はこんな人生を歩みました。

ローゼ・アウスレンダー - Wikipedia

 

 三千もの詩を残したそうです。彼女にとって、詩を書き続けることが〈生きる〉ことだった。

 1901年生まれ。20歳の頃、アメリカに行き結婚しますが、2年で離婚。故郷オーストリアに帰る。

 反ユダヤ主義の時代……ゲットーで生き延びる。

 戦後の1946年、アメリカに移住。1964年にオーストリアに帰り、デュイセンドルフのユダヤ人老人ホームに入居するのが1972年。それが終の棲家となる。88年に死ぬまでの10年間は寝たきりになりながら詩を書き続ける。

 

 

「はじめに」から引用します。

ホームの自室から一度も外に出ることのない彼女には、それまでのような意味での新たな体験はなかった。しかし、生きることは依然として詩を書くことであり、それは彼女が好んで使う「呼吸する」ことと同じ行為なのであった。

 外の世界と接触しなくても〈交感〉することはできる。詩人の内部の世界は豊かでした。

 そういう人は多いと思う。世間の片隅に息を潜めて生きている人。

 世間嫌いで、人間嫌い。でも、普通の人と変わりなく過去も思い出もあって……

 

 いわば根源語(ウア・ヴォルト)と呼べるほどに磨き抜かれた表現は、一見あまりに簡潔で、場合によっては通俗にさえ見えかねない。また、揺らぐことはあったにせよ、彼女が最後まで失うことのなかった言葉への信頼も、あまりに楽天的に映るかもしれない。1970年、セーヌ川に身を投じたツェランとは異なり、面会謝絶の一室で彼女は書けるだけ書き続けようとした。人との交流に背を向けながら、ローゼ・アウスレンダーは、最後まで言葉への信頼、すなわち人間に対する信頼を失うことはなかった。彼女には、通俗か否かなどは、もうどうでもよい問題だったにちがいない。(P14)

 

 

          *               *

 

〈根源〉という言葉から導き出される哲学。 

マルティン・ブーバー - まなざし仏教塾

    (リンクを貼らせていただきます。感謝します。m(_ _)m)

 

 

 パウル・ツェランの詩の言葉はユダヤ教聖典タルムード(口伝律法)の影響を受けて書かれている、と解説していた本を読んだことがあります。それを知らないと理解できない詩行があるらしいのです。

 

 彼女の場合は厳格なユダヤ教徒として育てられなかったようです。でも……詩の言葉の背景には宗教的なものがあるような気がします。ユダヤ人として感じる迫害や危機を乗り越えてきた経験からでしょうか。深い……。意味をわかろうとすると、いろんな想像を働かせなくてはなりません。

 

 もうひとつ思うのは、西欧の詩は、日本の詩の作り方とは違うということです。ヨーロッパには詩の伝統があり、詩の形式も定まっているようで……韻も踏むでしょう。もともと言葉が音楽的です。

 この詩集はほとんどが短詩ですが……そういう形式美みたいなものがあるのでしょう。ツェランの影響も感じられます。

 

 

          *               *

 

  「雨の言葉」

 

雨の言葉が

私に氾濫する

 

滴によって吸い上げられ

雲の中に押し上げられ

私は雨となって

開いた

真っ赤な

罌粟の口元に降る

 

 

          *               *

 

 

 言葉で生きる……そのための詩という気がします。言葉を紡ぐことが生きることでした。

 Amazon のレビューにもあったのですが、読む度に〈空白〉が、新しい意味を加えてくるようです。

 

 この詩集の詩を読んでいて、「詩とは何か」考えてしまいました。

 自分もずっと詩を書き続けたい……そんな思いになりました。 

 

 

 

 

  ……     ……     ……     ……     ……     

 

(拙いですが……)

 

 

   「谷霧」

 

谷は

濃い霧で

隠れて見えない

河のように

白い

柔らかなものが

崖を覆い

木も

草も

影にして

流れている

向う

隠れたところに

何があるのだろう

運ばれるのは

捨てられない

思い出

優しい人を

失った

記憶

山の頂きから

冷たい風が

吹いて

乳のような

霧を

押し流してゆく

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。m(_ _)m

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。