日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になりました。後悔ばかりの人生でしたが、それもしかたがないことです。〈初期仏教〉を信じているので、なんとか暮らしています。訪問していただいて感謝しています。ありがとう。<m(__)m>

『アジア主義』 を読む6 / 「魚」

 おはようございます。

 秋が深まっています。5時だとまだ暗い。

 四天王寺さんでは「秋の大古本市」が始まるようです。テントの用意がされていました。時間があれば見に行こうと思います。

 

  

 

          *               * 

 

 アジア主義の流れを追ってきたこの本も最終章に向かっています。

 

 

 16章 大川周明の理想

 東京裁判A級戦犯として起訴され、前に坐っていた東条英機の頭をペシャリと叩いた大川周明。彼はGHQに精神病と診断され、釈放されました。その大川の思想を解説した章です。

  • 政治と宗教が一体化した世界革命の実現。
  • 「宇宙の大霊と合致すること」「宗教は……一なる存在に帰結する」(P332)

 彼は若い頃、東京帝国大学インド哲学を勉強し、アジア主義に目覚めます。

 

 

17章 田中智学から石原莞爾へ――「八紘一宇」の奈落

 田中智学

 は日蓮主義で「国体」と「仏法」を結合し、国柱会を作りました。日蓮主義と、皇国主義解釈から「八紘一宇」という言葉を広めた。

 

 高山樗牛の「超国家的大理想」――田中智学の思想に惹かれた。

 

 アナガーリカ・ダルマパーラ

 

 石原莞爾

 も国柱会に影響を受けた軍人です。彼が書いた『最終戦争論』が有名です。

        石原莞爾 最終戦争論

 

 

18章 アジア主義の辺境――ユダヤエチオピアタタール

 1910年代には世界的に「猶太禍」(ユダヤ禍)といわれる反ユダヤ主義が起こりました。日本ではロシアの脅威やシベリア出兵がきっかけになったようです。

 日本においての反ユダヤ主義の解説は、P372~383に詳しく書かれています。

 満川亀太郎反ユダヤ主義を批判しました。

 

 トゥーラン主義と「日エ同胞論」

 トゥーラン主義とは何か。これは「ウラル・アルタイ語族」というわれる諸民族の連帯を目指すイデオロギーで、フィンランドハンガリー、トルコ、中央アジア、モンゴル、満州、朝鮮、日本がその範疇に入るとされました。(P385)

1930年の前半、エチオピアの王族と日本人女性の縁談話が持ち上がり、話題を集めました。エチオピアムッソリーニのイタリアから軍事介入の危機に直面していたので、縁談話は日本の支援を受けたいという思いもあったのです。仲介した角岡知良は頭山満の弁護士でした。玄洋社黒龍会は反イタリアの姿勢を明確にしました。が……

 

 1936年、日本はドイツとの日独防共協定を結びます。これは後に日独伊三国同盟となり、アジア主義者の多くはイタリア・ファシズムの礼賛するようになります。

 影山正治頭山満を批判しました。「防共は、資本主義を認めたり、帝国主義を肯定したり、有色民族の解放を放棄したりすることでは断じてない」(P393)

 

「イブラヒムの初来日とアジア義会」という項がP395~411まで書かれています。ここでは日本のアジア主義と、当時のロシアに圧迫されていたタタール人(イスラム)との関係が書かれています。

 

 

19章 戦闘の只中で――日中戦争大東亜戦争

 P412からは「日中戦争頭山満の苦悩」という項で、アジア主義者だった頭山の苦悩が描かれています。

 

 三木清は1937年に中央公論に書いた「日本の現実」という論文で、現狀を〈思想の貧困〉の表れと批判しました。

 

昭和研究会は現実的な政策課題に取り組み東亜協同体論を発表します。

 日中戦争に矛盾を感じ、アジア諸国を植民地支配する西洋諸国と戦うべきである、と考えました。

 そんな時に大東亜戦争が起こります。

 これを「世界新秩序の原理」につながっていくと論じたのが西田幾多郎でした。

 

 P429~432には京都学派が、どう考えたか、書かれてあります。戦争の時代を枠組み、理屈づけるのは難しい。書かれてある内容はアカデミックな抽象的な哲学論議のようにみえたので、ぼくにはよく理解できませんでした。^^;

 

 鈴木大拙は「東洋的一」を言い、本を書きました。 

東洋的一

東洋的一

 

 

  柳宗悦は「東洋的不二」を言います。

 

 戦後、アジア主義は十把一からげに侵略主義の別名としてやり玉に挙げられ、喘鳴的な否定が行われました。アジア主義が持っていた「近代の超克」という思想課題は、敗戦とともに葬られ、悪しき帝国主義思想として封印されました。(P438)

 

 

終章 未完のアジア主義――いまアジア主義者として生きること

 

 この本に書かれていたことがまとめられています。正確には読んでいただくほうがいいと思います。

 こんなことが書かれていると、勝手にまとめました。 間違っているかもしれません。

  •  アジア主義は「王道」と「覇道」の問題があった。それは孫文との対立になって表れた。
  • 「抵抗としての」アジア主義は朝鮮の開化派を支援し、孫文の革命派を支援した。しかし、これは近代へのアンチテーゼでありながら、結果的に近代化を強化することになった。
  • 「思想としてのアジア主義」は哲学的、理論的には優れたものでありながら戦争の現実には有効性を持つことができなかった。
  • 竹内好は、アジア主義によって西洋的な限界を超克するべきだと言う。アジアを考えることが、近代の誤謬を乗り越える存在論・認識論につながる。
  • アジアは連帯をして諸国の国益を守るべき……アジアを一つにまとめる、ということでなく、それぞれの主権国家の連帯、協調が重要。

 

 

          *               *

 

 2週間に渡って『アジア主義』を読んできました。

 右翼的なものとされているアジア主義というものがよくわかっていなかったので、この本を読むことでそのルーツもわかり、少しは理解できた気がします。

 戦後の視点では「日本が戦争によってアジアの国々に迷惑や被害を与えた」という結論になります。日本は、外国にまで進出して戦争をしたのですから、非難されるのはしかたないと思います。それは受け入れるべきでしょう。

 しかし、戦争が終わって72年も経ち、賠償も済んでいるのに、いつまでも非難され続けるのは、中共や韓国の「反日外交カード」とはいえ、嫌なことのように思います。

 

 アジアで戦争になった原因には、西欧諸国がアジアを植民地支配していた過去があります。それに対する反発がアジア主義を生み出しました。アジアを解放することが初期の目的でした。それが大東亜共栄圏の思想へと変質してしまったのです。

 

……西洋の思想には帝国主義的なものを肯定する考えがあると思うのです。過去の歴史を振り返れば、キリスト教というのは自分中心的で侵略的だった現実があります。

 

 いまのグローバリズムもそうです。侵略主義的で帝国主義的です。西洋的な考え方には、相手に「これか、あれか」と脅し迫る、二元論的な発想があるのかもしれません。

 共産主義も世界を一つに画一化して支配ようとするグローバリズムの一種なので、独裁になってしまいます。言葉や理想が美しくても、人間はその通りにはできない、と思っています。

 

 いずれにしても、西洋の考え方とは根本的に違う東洋の思想、〈アジア的な生き方〉を考えることは興味深いことです。仏教を生きる指針にしているので、そう思います。

 

  時代の雰囲気が〈大政翼賛〉的になると、ひとりの個人でしかない庶民は、そういう風潮に飲み込まれてしまう。熱に浮かされ、ブームに流されてしまう。だから一人一人が〈それはどうなのか〉と考え続けることが必要な気がするのです。

 強大なものに引きづられ被害をうけるのは庶民です。個人は弱いのです。

 

 でも、ひとりで生きることを引き受ける人もいたことを知っています。

 あの戦争の時代に、非合法の共産党でなく、反戦主義者として刑務所にいた宗教者がいました。当時は〈国賊〉と非難されたのでしょうが、いまから振り返ると、時代に流されない個人の正義を貫いた頑固さを持った人だったのです。そういう反戦主義者の伝記もまた読んでみたいと思っています。

 

 

 

 

 

  ……     ……     ……     ……     ……     

 

 

 

   「魚」

 

湖に住む

魚は

空を

見上げるだろうか

湖面に映る

青と

朝焼けの

赤に

戯れながら

季節は

移り

突然

降り出して

水面を叩く

雨の音に

耳を澄まして

何を

考えるのだろうか

底に

積もった

泥の暖かさに

包まれて

静かに

眠る

いつか

違うものに

生まれ変わって

空を

渡って

遠くまで行く

夢をみるだろうか

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。m(_ _)m

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。

 よい週末をお過ごしください。

 また月曜日に。