日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

社会の底辺で生きて来て67歳になってしまいました。そこから見える風景や、読んだ本の感想や、ネット検索でわかったことなどを書きます。生きることは辛いこともありますが、何をしても生きて行ける。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝します。

布教する人たちは何を求めているのか / 「目覚め」

 おはようございます。

 朝5時は暗いし、涼しいというより寒いくらいです。台風18号が週末に本州に向かって来るようなので気をつけなくてはなりませんね。大きな被害が出なければいいのですが……人間は自然には勝てないのです。人は自然の一部で、この世に借り住まいさせてもらっている、と思っています。

 

  

 

          *               * 

 

  

 先週の日曜日の午前中のこと。お風呂から帰って、洗濯物を取り込んで、洗ったカーテンを付け替えていると、誰かが訪ねてきたのです。めったに人が来ることなんかない。

 女の人が二人で、ひとりは中年で、緑のスカートに薄紫色のブラウスのこざっぱりした服装をしていて、もうひとりは若い人で、後ろに控えている。この人も灰色のスカートで白いブラウスだったようでした。雰囲気ですぐに、エホバの証人の人とわかりました。家々を回って勧誘しているんのでしょう。5年ほど前に来られたことがあったのです。その時は、父親と高校生ぐらいの子どもの二人連れでした。

 

エホバの証人の方?」

 と訊くと、

「そうです。よくおわかりになられましたね、聖書の教えをお伝えしています」

 という返事です。

「この間は、天理教の人も来たのですよ、3ヶ月前に来た男の人がまた訪ねて来て……」 

 そんな話をしました。

 生野区天理教の教会も多く目立つのです。「家とか財産をすべて寄進するらしい」と聞いたことがあります。通を歩いていると普通の家なのに天理教会の看板がかかっていたりする。

 

 

「ぼくは仏教徒です」

 と手首の念珠を見せて、仏教の説明とか、自分の思っていることを話したのですが、「これだけは読んで下さい」と言って、iPhone の画面に聖書の一節を表示するんです。布教もデジタル化が進んでいるんだ、と思って新鮮だったのですが……

 山上の垂訓の「貧しい者は幸いである……」の節でした。

 

 布教に熱心で真面目に取り組んでいるのはわかるのですが……その強引さもあり、ちょっと苦手なタイプの人たちです。

「宗教の究極の目的はみんな同じですよ、仏教も、キリスト教も……新興宗教も……みんな他人にも自分と同じように優しくしろということでしょう」

 と言ったのですが……

「でも、どんな宗教も同じじゃないと思います」

 と言う言葉が返ってくるだけでした。中年の女の人だけが喋り、後ろに立っている若い人はやり取りを聞いているだけでした。

 平行線で、くり返しになるので、

「まあ、がんばってくださいね」

  と、言って、帰ってもらったのですが……

 

 それでエホバの証人のことをパソコンで検索してみたのですが、大正区淀川区に王国会館があるようです。どこから来られているのかは訊かなかったのですが。

 

 

……人を訪ねて行っても、たぶん布教されるのを「待っていた」という人は、そんなにいないだろうと思うのです。何の気なしに出てみたら、いきなり聖書の話をされるのは、日曜日に家にいる人にとっては迷惑なのではないでしょうか。

 布教するのはご苦労様と思うのですが、一般の人は、そんなに簡単に信仰したりしないと思うのです。相手の立場に立って考えると……聖書の話を聞いて、すぐに信じるなんておかしいことです、そう思わないのでしょうか。 

 たぶん、信仰しているから、自分たちが正しいことをしているからそれでいいと思っているんでしょうけれど……

 でも、それは押しつけなんですよね。

 興味がないひとにはどう対応するのだろう。いけそうだという反応を見て、また訪問するのでしょうか。

 

  

 

          *               *

 

 

「エホバの証人」で検索するとさまざまなサイトが出てきます。

 

 「知られざる実態と有名人信者……」

 

 エホバの証人 ― 公式サイト: jw.org

 こんな立派なサイトもある。

 それでも家々を布教して回っている。熱心というのか、ちょっとやり過ぎでは……

 

エホバの証人 - Wikipedia

 この解説を読むと、すごく原理主義なのがわかります。原理主義は自分たちが信じることしか認めようとしません。

 

  こんなサイトを読んでいました。

matome.naver.jp

 このサイトがあるぐらい布教に熱心なので、興味がなければ〈最初から断る〉という態度を示さなければなりませんね。

 

 

          *               *

 

 

 世の中、勧誘することもあっていいと思いますが、他人の家に押しかけるのはやり過ぎのような気がします。

 普通に、日曜日に部屋にいる人じゃなくて……苦しんでどうしていいかわからなくて、救いを求めている人もいるでしょうから、何らかの方法で、そういう人の相談に乗ってあげたらいいと思うのです。そういう人の役に立つやり方で活動をしたらいいのではないでしょうか。

 

 でも、そうしないでしょう。

 彼らにとっては、普通の人のところに押しかけて布教して軋轢を感じることが自分の信仰を確信することでもあり、ますます「自分は正しい」と信じることでもあるからです。布教することが〈修行〉と考えているのでしょう。

 

 そんなことを考えていると疲れてしまいました。

「自分がやっていることは正しい」と考えている人たちに、もう少し考え直したらどうですか、というようなことをわかってもらえることは難しい、と思うのです。

 これは自分への反省もこめていうのですが……人は頑迷です。自分が可愛いだけの存在なんじゃないかと、思うのです。 

 

 

 

 

  ……     ……     ……     ……     ……     

 

 

 

   「目覚め」

 

目を開ける

動物の

吐く息のように

蒸し暑い夜

まだ

朝は来ないし

暗い

何もない

森のなか

草の匂いに

包まれて

ひとりでいる

星も

見えない空

夜の

底のようだ

目を瞑って

眠ろうと

するが

遠くで

かすかに

水の

流れるような

音がするが

それは

幻なのか

ずっと

何かを

待ち続けている

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。m(_ _)m

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。

 よい週末をお過ごしください。

 また、月曜日に。