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社会の底辺で生きて来て68歳になりました。その視点からの日記です。考えたこと、読んだ本の感想、検索したこと、自分なりの仏教のことを書きます。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝します。m(__)m

『昭和史〈戦後編〉1945~1989』 を読む 1 / 「空の彼方に」

 おはようございます。

 最近、夜は、大阪も寒いです。窓を開けていると冷えます。昨日はシュラフで寝ました。もう秋になったようです。

 

  

 

          *               * 

 

 『昭和史〈戦後編〉1945~1989』を読み始めます。

昭和史 〈戦後篇〉 1945-1989

昭和史 〈戦後篇〉 1945-1989

 

 

 目次です。

 はじめの章 天皇マッカーサー会談にはじまる戦後――敗戦と「一億総懺悔」

       一億、涙滂沱/平和はやっぱりいいもんだ/マッカーサーがやってきた

      自由と寛容と正義のもとに/「絞首刑にしてもかまわない」/「ヘロヘト・バウ」

1章 無策の政府に突きつけられる苛烈な占領政策――GHQによる軍国主義の解体

      闇市の大繁盛/飢餓きわまれり/次々と出される占領政策

        GHQに牛耳られる無策の日本/平和国家への道のり/追求される戦争責任

2章 飢餓で〈精神〉を喪失した日本人――政党、ジャーナリズムの復活

     「リンゴの唄」とペニシリン/有為転変の「平和の値段」

      活気づく政党、ジャーナリズムの復活/アメリカさまざまの「思想改造

3章 憲法改正問題をめぐって右往左往――「松本委員会」の模索

     ボツダム宣言は無条件降伏か?/無視された国体護持の条件

     行き違った近衛・マッカーサー会談/松本委員会の発足/白熱する憲法草案論議

     案じられた天皇制のゆくえ/尻込みしたメンバーたち

4章 人間宣言公職追放そして戦争放棄――共産党人気、平和憲法の萌芽

     天皇陛下、「人間」になる/「愛される共産党

     マッカーサーを動かした日本人からの手紙/「今後は平和日本に」

5章 「自分は象徴でいい」と第二の聖断――GHQ憲法草案を受け入れる

     理想を欠いた憲法草案/日本人には任せておけない/〈衝撃〉のGHQ

     インフレへの荒療治/「48時間以内に回答せよ」/ようやく成立した新憲法

 

 

          *               *

 

 

はじめの章

 終戦玉音放送を聞いた人々が涙を流したこと。茫然自失。滂沱。

 終戦の3日後には内務省が中心になり、アメリカ軍のための慰安施設(RAA)を作るため慰安婦の募集が始まった。1360人が集まり27日には大森で開業しています。なんと素早い対応でしょう。

 8月20日、灯火管制の解除。戦時色は払拭されていきます。

 28日にマッカーサーがやって来ました。東久邇宮首相が記者会見で「一億総懺悔」の言葉を使いました。 

一億総懺悔(いちおくそうざんげ)とは - コトバンク

  この本にも書いていますが、

みんなして悪かったんだから、お互いに責めるのはよそうじゃないかという「なあなあ主義」につながりもし、同時に、この言葉のなかに、トップ層の、結局は戦前戦中と変わらない国民指導の理念が垣間見えるからです。つまりこれが、「戦後どういう日本をつくるか」をわれわれがしっかり考えるための大きな障害になったと言いますか、むしろわれわれにそれを考えさせないようにした、という気がするんです。そしてこの先、皆がなんとなしに「そういうもんか」と、責任を追求しなくなったような印象があるのです。(P28)

 というのは正しいと思います。

 日本人の〈水に流す〉というのは〈禊として〉いいことでもありますが……無責任な体制を作ってしまいがちです。

 

 その後、戦艦ミズーリ号上で行われた降伏調印式の時のマッカーサーの言葉が、

 ……不信と悪意と憎悪の精神を懐いて会合したのではない……過去の出血と殺戮の中から、信仰と理解に基礎づけられた世界が、また人間の威厳とその抱懐する希望のために捧げられるよりよき世界が、自由と寛容と正義のもとに生まれ出んことを。(P30)

  これにみんな感動したようです。アメリカもいいじゃないか。

 

 9月11日GHQから主要戦犯容疑者39人逮捕の指令。22日、軍国主義的、超国家主義教育の禁止。29日、検閲制度の廃止。

 10月11日には五大改革の指令が出ました。

 

  政府が考えたことは、どのようにして昭和天皇マッカーサーとが会うのか、ということでした。外務大臣吉田茂宮内省から藤田侍従長が打診して了解を取り付け、二人の会談はお忍びで11回行われました。

 このときの昭和天皇の「戦争の責任はすべて私にある。あなたが私を絞首刑にしてもかまわない」という言葉に、マッカーサーは感動したといいます。

 天皇制の護持を条件にポツダム宣言を受諾したのですから、天皇がどうなるかは大きな問題でした。「天皇に責任あり」が大概の世論だったようです。

 

 

1章 

  • 闇市ができました。「光は新宿より――」の尾津組のマーケット。テキ屋が取り仕切る。このへんは東映ヤクザ映画の実録ものによく出て来ました。
  • 外地からの引き揚げ者と配給と。飢餓が当たり前の世間。食糧統制法を守って餓死した亀尾英四郎(ドイツ語教師)や、山口良忠(地裁判事)。真面目過ぎます。
  • 食糧難に対して政府は無策だったが、政府が残っていたということ(ドイツは国家としては解体された)。
  • GHQは占領政策の指令を次々と出します。上の指令以外に、キリがないほどの指令が出されました。軍国主義国家主義の気配がするものはすべてダメになったのです。
  • 財閥解体農地改革、労働改革の3つは戦後の日本を作りました。

 

ameblo.jp

 

 陸軍の拙速な解体と戦犯容疑者の逮捕。梨本宮の逮捕令近衛は自決

 

 

2章

 戦後の世相を描いています。

「リンゴの唄」が流行る。中学生がストライキをする。

 1945年12月17日改正選挙法が成立。解散。「GHQ解散」と呼ばれる。女性の参政権大選挙区制。日本社会党が誕生。自由党日本進歩党共産党……他にも多数の政党ができる。33政党があった。

 雑誌も創刊されました。言論の自由

 GHQの「太平洋戦争史」の連載が始まる。「日本は侵略国家」。そしてCIE制作の教育ラジオ「真相はこうだ」のプロパガンダが始まる。

 

 こうして、〈戦後〉はGHQがこしらえたのです。

 

3章

 まずはじめにポツダム宣言の日本に対しての13項目の要求の内容が書かれています。

 根本のことは、国体が護持されるのか、ということでした。

 これはどんな新憲法を作るか、という問題に行き着きます。

 P115のマッカーサーと近衛とのエピソードはおもしろいです。そんなつもりはなかったが通訳のせいで〈憲法改正=新憲法を作れ〉ということになってしまった。

 ここから近衛内閣で、GHQより先に新憲法を作ろうと検討するために松本委員会ができます。そしてP120~138に書かれていることは、新憲法を巡る日本の事情と、論議された内容です。当時の日本の状況がよくわかります。

 

4章

  論議は一向に進みませんでした。そして最終的にGHQが作ることになるのですが……

 その前に、天皇の戦争責任を追求する声に対して「天皇は神である」ことを否定すれば世論もやらわぐのでないかということで、1946年のお正月に「天皇の人間宣言」が行われます。12月15日には国家神道の廃止が指令されていました。日本の歴史、地理、修身を教えてはいけないことも決められました。それまでの〈国体〉はすべて否定されたわけです。

 

 1月4日には「公職追放」。

 これは1949年あたりから追放からの復帰が始まります。朝鮮戦争が起こったことで占領の方針が変わったのです。

 

 1月22日には「東京裁判」の条例が公布されました。 

 

 1月24日には幣原首相マッカーサーが会談し、そのなかで「日本は軍隊を持たない、戦争しない」という9条のもとになることが話されたようです。これはこの本によると確かなことのようですが、後に9条が誕生することの責任を、マッカーサーはすべて幣原首相がしたことのように言っている、と書いてあります。

 

 天皇を処刑すると暴動が起きるかもしれない。また一方では共産革命が起きるかもしれない、日本はそんな二分された状況だったのです。

 

5章

  1946年の1月の末にマッカーサーアイゼンハワー参謀長に宛てて「天皇に戦争責任はない」という手紙を書き、了承されました。

 相変わらず天皇の戦争責任を巡って混乱していました。

 そんな時、松本委員会の憲法草案が明らかになりました。ここでの天皇の君主としての案にGHQは反発しました。そのへんの様子がドラマ仕立てでP170~176まで書かれています。2月2日に松本委員会が提出した憲法草案も書かれてあります。

 

 日本側が提出した憲法草案に対抗するために、GHQは急遽、憲法草案を作ることになります。

 日本側の案に対しては、昭和天皇も読み、意見を述べたようですが、周囲の忠告でそれを認めたようなのです。

 

 そして2月13日に日本側に対してGHQのほうの案が提案されることになります。この時、演説したホイットニー准将の言葉はほとんど恫喝に近いものでした。P179~184。そしてP184からの「48時間以内に回答せよ」の項になります。幣原内閣のバタバタした様子が書かれています。

 

 この月の19日から、昭和天皇が地方巡幸をスタートさせました。

 

 幣原内閣が決めたことは、主権在民戦争放棄GHQの強い要求だから従うしかない、その他のことは交渉しようということでした。

 22日に幣原首相が天皇陛下を訪ね、「天皇は象徴」と主権在民戦争放棄の三原則を伝えると、「最も徹底的な改革をするがよい。たとえ天皇自身から政治的機能のすべてを剥奪するほどのものであっても、全面的に支持する」と言われたというのです。

 

 こうして新憲法は11月3日に公布されることになります。

 

 

 

  

 

  ……     ……     ……     ……     ……     

 

 

 

   「空の彼方に」

 

世界はいつも

目の前にある

ここに

自分に

触れてくるもの

匂い

聞こえるもの

それら

雨が降って

蒸し暑さは

消えた

空は

透けるように

青い

雲が

薄く

たなびいている

その彼方には

なにが

あるのだろう

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。m(_ _)m

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。