日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

社会の底辺で生きて来て67歳になってしまいました。そこから見える風景や、読んだ本の感想や、ネット検索でわかったことなどを書きます。生きることは辛いこともありますが、何をしても生きて行ける。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝します。

『昭和史 1926~1945』 を読む 1 / 「雨」

 おはようございます。

 朝夕は涼しくなってきました。今週で8月も終わりです。日中はまだ暑い日が続くと思いますががんばりましょう。

  

 

          *               * 

 

 歴史を勉強したい、と思います。

「日本がどう歩んで来たのか」、この本を読むことでわかるだろうと思います。 

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)

 

 この本は人物中心に書かれているので、群像劇を見ているようで読みやすい。

 リベラルの人たちに評判がいい、ということです。ちょっとリベラル寄りの見方なのか。

 

 

目次です。

 はじめの章 昭和史の根底には「赤い夕陽の満州」があった――日露戦争に勝った意味

     国家興亡の四十年/国防最前線としての満州

     芥川龍之介支那游記』から/情勢悪化の昭和の開幕

1章 昭和は「陰謀」と「魔法の杖」で開幕した――張作霖爆殺と統帥権干犯

     張作霖爆殺の犯人は?/天皇陛下大いに怒る/豹変した元老西園寺さん

     統帥権干犯とは何ぞや/軍師は北一輝という話

2章 昭和がダメになったスタートの満州事変――関東軍の野望、満州国の建国

     「君側の奸」といわれた人たち/天才戦略家、石原莞爾の登場/天皇への西園寺の牽制

     割り箸は右へ転んだが……/新聞がいっせいに太鼓を叩く

3章 満州国は日本を「栄光ある孤立」に導いた――5・15事件から国際連盟脱退まで

     戦争を煽った新聞社/「旭日を浴びて皇軍入城」2きびしくなった世界世論

     上海事変をとにかく停戦へ/「話せばわかる」「問答無用」

     リットン調査団が見たもの/「42対1」の決議

4章 軍国主義への道はかく整備されていく――陸軍の派閥争い、天皇機関説

     お祭り騒ぎの大防空演習/陸軍に対する最後の抵抗/軍政のエースと作戦の鬼

     「中国一撃論」まかり通る/「天皇機関説」の目的は?/万世一系天皇の統治

5章 2・26事件の眼目は「宮城占拠計画」にあった――大股で戦争体制へ

     「たたかひは創造の父、文化の母」/立派であった夫人たち

     「玉を押さえる」ことの意味/三銭切手が〈仲間〉の符号/「わが事成れり」

     「今からでも遅くない」/広田内閣が残したもの

 

 

          *               *

 

 

  この目次を見ると、満州の問題が戦争への火種だった、ことがわかります。満州関東軍の独走と軍部が権力を持ったことが日本を破滅に向かわせたのです。

 

 

 読んでいて「そうだろうなあ」と納得したところを抜き出してみます。

 

【はじめの章「国防最前線としての満州 」】から

 帝政ロシアはご存じの通り北の国です。冬は凍ってしまうシベリアには自由に出入りできる港がない、そこで不凍港を欲しがって、現在の中国の東北、満州――ここはまさに清国皇帝の発祥の地であり、当然のこと当時は清国、現在の中国の領土なのですが――へ強引に乗り込んで、武力をもって清国と条約を結び、満州におけるさまざまな権益を奪いました。具体的にいいますと、遼東半島になる旅順・大連という大きな港を自分のものにしたのです。日露戦争というのは結局、このように帝政ロシアがどんどん南に下りてきて、旅順・大連を清国から強引にもぎ取り、さらに朝鮮半島勢力を広げてきたことにたいへんな脅威を抱いた日本が、その南下を食いとめんと、自存自衛のため起こったものです。それに勝ったおかげで日本は、ロシアとの条約、さらには清国と「満州ニ関スル条約」などを結び、諸権益を得ます。(P16)

条約で得た権益は次のようです。 

  • 関東州、つまり遼東半島のほとんど全部を清国から借り受けて、自由に使える権利。 
  • 南満州鉄道長春から旅順までの鉄道経営権。
  • 安奉鉄道。国境線の安東から奉天(現在の丹東から瀋陽)間に敷設した軍用鉄道の経営権。
  • 南満州鉄道に属する鉄鉱の採掘権。のちに清国との協定で鴨緑江右岸地方の森林の伐採権も得ます。
  • これらの権利を得た鉄道の安全を守るために軍隊を置く、鉄道守備の軍隊駐屯権を得ました。これが軍隊派遣のスタートになる。最初は1万。後に70万の関東軍

 

  ロシアの南下、中国や朝鮮への進出は日本にとって危機感を持たざるをえないことでした。

 それによって日清戦争日露戦争が起こった。

 日露戦争に勝って日本は満州の権益を手に入れた。それが日本が中国に進出してゆくきっかけになったのです。この本を読むと、そう読み取れます。

 

  • 満州の資源は、(鉄、石炭、錫、亜鉛)など。残念ながら石油は出ませんでした。
  • 日本は貧困だったので、明治終わりくらいからアメリカや南米への移民政策をとっていました。
  • 満州には1936年に広田弘毅内閣が「二十年間百万戸移住計画」を立てています。じっさいには40~50万が移住したようです。

 

 島国である日本の国防は海岸線でしか防御できない。列強の圧力に対して、「海の向こうの土地を防衛線にしなければならない」という発想がいつもあったのです。それが満州を経営することにつながったのです。

 そして、1911年に朝鮮を併合することになりました。当時、 それは国際的に認められていたことだったのです。

韓国併合 - Wikipedia

日本統治時代の朝鮮 - Wikipedia

 

 

 世界はヨーロッパの先進国が世界を植民地にして、過酷な収奪をしていました。それが当たり前の時代だったのです。

 

 

 日本が朝鮮半島統治をする頃、中国では孫文蒋介石辛亥革命が起きて、中華民国が誕生します。国民党軍は軍閥を撃破し、中国がまとまってゆくことになります。

 日本はまだ弱い中華民国「対華21ヶ条の要求」(1915年)を突きつけ満州の権益を守ろうとします。その時、ヨーロッパは第一次世界大戦中で、中国まで手が回りませんでした。その隙きを突いたのです。

 義和団事件(1899~1901年)以降、ヨーロッパの列強は中国各地に駐屯軍を認めさせ、租界を作っていたので、中国の民衆は怒っていたのですが、この「対華21ヶ条の要求」が反日運動に火をつけました。1919年には五・四運動事件が起こります。

 

 いまの中共反日なのも、たぶん、この時の反日運動の記憶が残っているからだと思います。

 

昭和に向かう時代は――

  • 中国民衆には排日感情が浸透し、
  • 中華民国の国民党軍が軍閥を叩き潰し、共産党軍にも勝ち、共産党は「長征」を余儀なくされます。北伐が1926年に始まり北京にまで達しました。中国の国家統一が近づきつつありました。一方、ロシア革命が起こりソビエト政権が樹立され(1917年)、ソ連は新しい国造りを始めていました。
  • 第一次世界大戦後、ヨーロッパは疲弊しました。それで軍縮に向けて、ワシントン海軍軍縮条約が調印されます(1922年)。この時に、アメリカの外交作戦により1902年から結んでいた日英同盟が廃棄されることになります。
  • この軍縮条約による艦船数の縛りと、日英同盟の廃棄が、日本にとっては、後に大きな問題となってゆくのです。

 

 

 1章

張作霖爆殺の犯人は?】

 張作霖は大軍閥として、満州の小さな軍閥を統括していました。そして日本を後ろ盾にして1926年に北京にまで侵攻し北京政府を支配します。そして、だんだん日本の言うことを聞かなくなりました。1928年、国民党軍に敗れた張作霖が北京から逃げて来ます。関東軍は謀略によって、奉天張作霖を爆殺してしまいます。

張作霖爆殺事件 - Wikipedia

 こんなこともあるようです。

張作霖爆殺事件ソ連特務機関犯行説 - Wikipedia

 

 この謀略は東京の陸軍からも金が出ていたという事情がP33~38に書かれてあり、昭和天皇も巻き込んだ騒ぎになったことも書かれています。陸軍の中枢をなす者たちがなんとかもみ消そうとした――ここに天皇の周りにいる重臣たちと陸軍が対立する芽が生まれました。田中義一内閣は総辞職し、田中はすぐに亡くなりました。自決したかもしれません。

  これを反省した天皇は、これ以降「君臨すれども統治せず」という方針で行くことを決めます。

 

統帥権干犯とは何ぞや】

 1930年にロンドンで海軍軍縮会議が開かれました。日本の艦船の数は制限されます。

 これを巡って軍部に「統帥権干犯ではないか」という声が上がります。

 これをきっかけに「軍のことに口を出すのは統帥権干犯」ということが一般化されていきます。

 

 

 

 

 

2章

【「君側の奸」といわれた人たち】

 

          *               *

 

……って、書き始めたんですが、このまとめのやり方だと、すごく時間がかかることがわかりました。それに、読んでくれている人が飽きちゃうでしょう。

  自分が知って驚いたこと、この本が示す歴史の流れに納得したことを中心に書いていきます。

 

          *               *

 

  2章、3章、4章は、軍部が力を持ってゆく過程が描かれています。5・15事件から〈君側の奸〉は排除され、政党政治は陸軍や海軍の介入によって成立せず、戦争への道をひたすら進んでゆきます。軍国主義です。

 もちろん、新聞、ラジオが「満州の権益を守れ」と煽り立てた、国民の熱狂的な支持があったからです。「日本は西欧の列強と並ぶ力を持っている、なめられてたまるか」というナショナリズムの高まりがあったようです。

 

 2、3、4章の事件――

第一次上海事変 - Wikipedia

第二次上海事変 - Wikipedia

 

 

japanandworld.net

 

 

 5章は2・26事件の解説です。

  • 荒木・真崎両大将に傾倒する大尉中尉少尉という若い青年将校が、国家を革新しようと36年に決起した。
  • 北一輝日本改造法案大綱』が影響を与えた。
  • 統制派はそれに対して「陸軍パンフレット」を作った。天皇制国家の強調、社会政策の振興……考え直す、統制経済の提唱。
  • 議会で「陸軍パンフレット」について事情聴取。腰砕けになる。
  • それでやはり決起しよう、ということになり……
  • 当時、陸軍には宇垣派と皇道派と統制派があった。
  • 世の中に憂鬱な雲が広がる。そこに5月18日、有名な「阿部定事件」が起きる。庶民の話題はそちらのほう。(『実録 阿部定』という映画がありました。セックスをして戸を開けると……兵隊たちが行進して行くシーンが印象的でした)

 

          *               *

 

 

「はじめの章」から5章まで読みました。満州事変から始まり、軍部の独走が目立ってきた時代のことがわかりました。

 

 

 

『昭和史 1926~1945』は後2回で読み終える予定です。

 来週は『昭和史 1945~1989』 の戦後史を読みます。その後は、庶民の事件簿『B面昭和史』を読みます。

 歴史を知ることは大事だと思っているのです……教養としてではなく、体験するために読みたいです。

 

 

 

 

 

  ……     ……     ……     ……     ……     

 

 

 

   「雨」 

 

雨が降っている

木の下で

じっとして

草の葉が

揺れるのを

見ている

どこにも行かない

遠くで

鳥の声が

聞こえる

知らない鳴き方

ぼくは

何も

知らないのだ

自分が

生まれてきた

意味さえ

わからない

まばらな葉の

枝から

露が

したたり

地面が

濡れる

雨雲は

低く

空をおおって

なにかが

こちらに

向かって

やって来る

 

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。m(_ _)m

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。