日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

底辺で生きてきて67歳になりますが、そこから見える風景や、読んだ本のまとめや、検索してわかったことなどを書きます。生きることは辛いですが、何をしても生きていけると思うのです。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝しています。

「同性カップルが里親に選ばれた」ニュースを聞いて思ったこと /

 おはようございます。

 大阪の雨はやみました。すごく気温が高いです。いま5時過ぎですが18度になっています。昨夜は強風で電車が止まったリしたようです。ラジオでいっていました。

 

 

          *                 * 

 

 

www.huffingtonpost.jp

 この報道が気になっていました。

 記事にはコメントがついていますが、考えさせられたからです。男同士のカップルだからといって、家族となるのに問題があるとは思えない、同性カップルだからといって特別な目で見るのはおかしい。ぼくもそう思うのですが……ただ、やはり注目されるだろうなと思ったのです。

 

 里子になる子どもより、「同性カップルが……」ということが話題になるでしょう……それが〈偏見を打ち破って、同性愛者が権利を勝ち取った〉というふうに捉えられるとしたら、ちょっと違和感を覚えるのです。

 

 検索したらこういうサイトも出て来ました。それで一言いいたい気持ちになったのです。

matome.naver.jp

 今回の話題に絡めて書かれたのでしょうが……現実と映画を比べているのはちょっと違うだろうと感じました。

 映画を観ていないので間違ったことをいうかもしれませんが……映画のテーマとして同性愛とか障害を持つ人への差別を描くのはありです。でも、それを現実に当てはめるのはダメではないでしょうか。

 もちろん、映画を観て、差別のことや障害のことを考えることはいいことです。自分がこうだったら……とシュミレーションをしてみるのもいいことです。

 

 ただ……(この映画は実話を元にしているそうですが)ここで描かれているアメリカの社会での現実と、日本の同性愛では周りの捉え方が違うと思います。

 

 

 こう考えたからです。

 映画は政治的な宣伝に使われやすい。とくに社会的なテーマの場合「これが正しい」という方向に行きがちです。そういうテーマを訴えるために映画が作られることもある。 この映画もそうでないかと。

 描かれるのは〈リベラル的な思想や感覚〉が正しいとする主張です。

 ぼくには、「正しい」という建前を振りかざしているように見えるのです。そこが嫌だったのです。これは、ぼくが偏見を持っているのでしょうか。

 うまくいえないのですが……ぼくの性格の〈建前嫌い〉で判断しているのか……

 映画の解説を読むと、いい映画のように思うので……けっして、映画を否定しているわけではありません。ただ、〈建前〉的なものが嫌いなのです。

 

 日本では、戦後ずっと、西欧的な左翼的思想を〈いいもの〉〈理想〉としてきた歴史が続いてきました。同性愛とかLGBT(性的マイノリティー)の権利を守れ、という運動も、その流れにあると思うんですね。 

 同性愛に対して「差別がある」と主張するグループもいて……権利を主張するのはいいのですが……日本のなかで差別の実態がほんとうにあるのか、ぼくは疑問に思っているんです。

 

 西欧では差別があるかもしれませんが――アメリカの南部は保守的だし、ロシアでは同性愛者は殴られたりしていますが――日本では同性愛に対する差別なんてないと思っているんです。差別している人にあったことがないからです。そう断言するのは間違いなのでしょうか。

 

 日本のテレビでは、同性愛者が堂々とタレントとして活躍しています。むしろその発言が肯定的に受け止められています。たぶん両性の狭間を乗り越える心の機微を、視聴者が認めているからでしょう。 

 それに漫画では男同士のボーイズラブや、女の子たちが愛し合ったり、近親相姦的兄妹愛が描かれているではないですか。日本では性の規律は緩いのです。許容範囲も広い。

 

 歴史的にも、同性愛は「衆道」といって普通に男の文化でした。

 衆道 - Wikipedia

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

 日本では同性愛を差別してきた歴史はないはずなのです。リベラルな人は「差別がある」と主張しますが……たとえ嫌う人がいても、それは個人の趣味の範囲で、差別ではないのではないか……「好き嫌い」は「差別」ではないと思うのです。それを差別だといって非難するのはやり過ぎでしょう。性の嗜好は個人に属することで、社会的な問題ではないと思うのです。自分としては、社会的なものとして捉えて活動の目的にすることに反対です。

 

 人はそれぞれが幸せであったらいい、と思っています。自然に受け止めればいい。

 今回のケースで注目され、大事にされなければならないのは養育される子どもでしょう。子どもが幸せになれるかどうかです。子どもが納得して養育されるなら、いい家族になれるでしょう。

 幸せであること、それがいちばんですから、騒がないで、みんなで見守りたいと思います。

 

 

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。