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 日の記し   ★ヽ(´・ω・`)ノ 。・☆彡 ・☆

底辺で生きてきた67才で、もう老人なのですが、そこから見える風景とか、ふと思ったこと、検索してわかったことをメモして残します。仏教を生きる支えにしているので、もっと自由になれるでしょう。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝しています。

「ビースト・オブ・ノー・ネーション」という映画 /

 

 おはようございます。

 今朝は寒い、という感じです。すこし気温が低いのかと天気予報を見たら、そうでもない、5.6度になっています。冷気が寒いと思わせるのでしょうか。

 

 

          *                 * 

 

 ネットサーフィンに飽きたら、ネットの映画を観ています。 

 

www.youtube.com

 

2015.tiff-jp.net

を観ました。

 2時間のドラマだったけれど、どうなるのか、興味を惹かれて目が離せなかった。

 結論は……現実的にはこうなるだろうな、という妥当なラストシーンで終わる。

 

 少年兵が体験する過酷な現実に、胸が揺さぶられました。これは現実に起こっていることに近いのではないかと思いました。映画はドキュメンタリー的な手法で、現実を淡々と描いてゆく。

 希望はない。

 家族は……母とは生き別れ、兄は殺され、父も兄弟もおそらく殺されたであろう、それを知ることもできない……過酷な運命をひとりで担う……この少年に、観客は寄り添うことしかできない。

 アフリカは遠いです。

 現実に内戦が行われ、多くの人が殺され、死に、犠牲が生まれています。

 何が悪いのか。

 ここでは少年の目になって、それでしか確かめられることがないことが描かれます。

 

 先進国がかって植民地支配した結果だ、とか、民族や部族の利益を巡っての争いだとか、武器を売る死の商人が悪い、とぼくらは考える。でも、巻き込まれる側のこの少年のような人々の視点に、なかなか立てない。巻き込まれる〈悲惨〉がわからない。頭ではわかっても、体験として理解できないからです。

 

 だからドキュメンタリーのように描いてあることは貴重です。

 現実に〈そう〉で、〈こうである〉ことしか描いてないからです。

 

 ラストシーンで少年は自分から与えられた現実を受け入れる。自分で生きていこうと思う。……そう見ることができました。

 

 自立というのは言葉でなく、解釈でも理解でもなく、自分でやってみる〈行動〉です。そろそろとでもいいので、やってみることです。やってみて、わかる。自分がどこにいるか……なにをすれば、自分が自分を救えるのか。 

 縛られたり、与えられたりしているところでは、自立できない。そんなことを思いました。

 

 2時間の間、自分が少年になって戦争を体験しているようでした。そういう意味で、ハリウッド映画のアクションを超えている……こちらのほうがリアルです。

〈戦争は見せるものでなく、体験するもの〉

 ハリウッド映画に対抗して、そう思ったのです。

 

 

 

 

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。