日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

底辺で生きてきて67歳になりました。そこから見える風景や、読んだ本の感想や、検索したことなどを書きます。生きることは辛いこともありますが、何をしても生きていけるんだと思っています。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝しています。

死を思うことから考える仏教 / 「星空」

 おはようございます。

 大阪は冷えこんだ朝です。お昼は晴天になるからでしょうか。

 

 

          *                 * 

 

 雨が降る以外はラジオ体操に行くのですが、四天王寺さんでお祈りします。

  「お父ちゃん、お母ちゃん、安らかに眠ってください。

   ぼくが死ぬときも静かに逝けますように。

   暴力がこの世から無くなりますように。

   生きとし生けるものが幸せでありますように」

                   というのがお祈りの言葉です。

 

 もう何年も祈っているのですが、自然にそうなりました。

 自分が死ぬときも静かに逝きたい。

 

 仏教では自分の死を思うことは普通です。いつかは自分は死んでしまう――それをいつも忘れないようにするためです。

  人は誰でも死ぬ存在であることを自覚すると、生きてあくせくしているのが無意味に思えます。

 他人と喧嘩したり、嫌ったり、欲望に振り回されたり……そんなことに、意味があるような気がしなくなる。

 この世でいくらものを持っても、あの世に持っていくことは出来ません。

 お金も、愛情もすべて、持っていけない。

 すべてはいま、生きている限りにおいて意味がある。生きることはすごく限定されたことなんです。名誉も、地位も、お金も、愛情も、すべて、この世でのことです。

 

 だから、それらが得られなくて苦しむのも意味がないことです。

 

 

          *                 * 

 

 この世には苦しいことがあります。

 苛めてくる他人がいる……それも、大きな視点でみたら、意味がない、無意味なことなのですが……

 イジメる人間は、相手が苦しむのが楽しいのです。そういう心理を持つ不完全な人間性でしか生きられないかわいそうな人たちなのです。

「イジメてくる人は、かわいそうだ」

 そう、心に思っていればいい。

 

 子どもの頃は周囲の環境に囚われやすい。競争とかイジメとかに捕まってしまう。

 イジメられると身動きできなくなる。苦しくて、死にたくなる。

 誰も助けてくれないし、助けを求めることが嘲笑の対象になったりする。

 そういう学校の環境が狂っていると思うのです。イジメを放置して見て見ぬふりをする教師も多い。

 いまの学校の環境では、イジメをなくすことはできないと思ったりします。

 

kazu-lead.com

 

 

stopijime.jp

を、読んでいたんですが……

 このサイトに書かれていることは正論ですが、そうできていたらイジメは少なくなるはずです。

 

www.hare-navi.com

 

「そんな環境から逃げ出していい」というのが、人生を逃げることに費やしてしまったぼくの感想ですが……それは、だめなんだろうか?

 

 一人で苦しんでいる子どもたちがいるのは辛いことです。 

 どんな方法でもいいから、苦しみを少なくすることができたらいいのですが……

 

 教育現場もがんばっていると思うけれど、現場だけでイジメをなくそうというのは無理じゃないかと思うのです。

 教育現場での取り組みは、もう何十年も報道されてきました。でもイジメはなくならない。

 そうすると、なくならない環境なんだな、と思ったほうがいいのです。なくならない環境を少しでもよくすることに発想を転換するべきです。いまの教育の現場がイジメの原因を作っていると考えるべきです。

 虐めを無くすには、これまでの教育を解体するほどの大きな変革が必要だと思います。

 

 

 

          *                 * 

 

 

 仏教は唯心論で、西洋の哲学と違って「心がすべてをつくる」と考えています。それで死という根本的なことを思うと、自分の生き方が違ってくる。

 死んでしまう存在として人生を考えると、いま生きている「生」を絶対視することはなくなる。

 西洋にも「メメント・モリ(死を想え)」という言葉があります。

 

 ぼくがブックマークしている「幸せのホームページ」のサイトにもページがあります。

メメント・モリ(死を想え) ラテン語の警句 − 名言から学ぶ幸せのヒント

 

 

 年をとると、死のほうで近づいて来てくれるから、無理に修行して〈死を思う〉ことなどはなくなるのですが、若いときは血気盛んで、そんな抹香臭いことは端から否定するのが当然です。でも、すこしだけ、そういう考えもある、と知ってもいいような気がします。

 死と生を対立するものと見ないで、どちらも含んでいる不完全なものなのだ、と思ったほうがいい。

 

 現実には、社会に出ても、大人同士のイジメがあります。

 人間は不完全ですから、競争したり、争ったり、虐めたりする。そういうのが、人間関係につきものです。

 

 でも、そういうふうになっている体制に加担したくないなあ、と思うのです。ぼくはいつも逃げ出したくなるのです。

 イジメで自殺する子どもたちがいないようになることを願っています。

 

 

 

 

  ……             ……              ……

 

 

   「星空」

 

仰ぐと

星空は

傘のように

広がっている

地上の

ここは

暗い底なのだ

星は

瞬き

天の中心から降って

河のように

流れる

そして闇を

照らす

人が生まれる

前から

輝いていた空は

人が滅びても

煌めき続ける

この燃える火の群れよ

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。