日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

底辺で生きてきて67歳になりました。そこから見える風景や、読んだ本のまとめや、検索してわかったことなどを書きます。生きることは辛いですが、何をしても生きていけると思うのです。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝しています。

資本主義の支配 / 「足跡」

 

 おはようございます。

 今朝は寒いという気がしません。こうしてだんだん暖かくなっていくんでしょう。

 

 

          *                 * 

 

 昨日の続きで、本を読みます。

 印象に残ったことをピックアップします。

 

「第1章 自由主義者マルクス より

 マルクスヘーゲル弁証法を学んで世界を変革する道に踏み込んだのですが……この本では、ヘーゲルが『法哲学』で書いた「市民社会でバラバラに生活している個人は本源的な共同体(人倫)の疎外された状態で、それを統一して疎外を克服するのが国家」という、「共同体と市民社会と国家が〈正・反・合〉の弁証法的な関係になっている」疎外の考え方から、

彼はやがてヘーゲル左派から離れ、『経済学・哲学草稿』と呼ばれる二十代に書いた草稿では「労働者は、自分の生産する富が大きくなればなるほど、自分の生産活動の力と規模が大きくなればなるほど、みずからは貧しくなる。商品をたくさんつくればつくるほど、彼自身は安価な商品になる」という形で疎外をとらえる。(P30)

というふうになると指摘されています。この指摘は新鮮でした。マルクスの独自の視点です。

 この後に続く文章――

マルクス疎外論は宗教批判ではなく、商品経済で労働者がいくら生産しても豊かになれず、資本家がその成果を奪ってしまうことだ。彼の問題意識は労働問題にあった。ヘーゲルのいう自由で平等な市民社会から、なぜ資本家に隷属する労働者が生まれてくるのか、という問題の答えを彼は資本の所有権に求めた。 

 

 ここで『経済学・哲学草稿』からの言葉が引用されます。

資本とは労働と労働生産物に対する支配である。資本家は……資本の所有者であることによって権力を所有する。

 

 この本で展開されるように、マルクスは資本を持つ者が「支配」や「統治」する権利を持つ、と考えたのです。

 資本家の力の源泉がどこから来るかがわかりました。

 資本を持つ者が労働者を支配し命令する権利があることが明らかにされています。

 

 

 話はマルクスが『資本論』に書いたことの分析、解説になります。

ここでは商品の使用価値と交換価値の矛盾を解決する制度として貨幣が生まれ、それが資本による支配関係を生み出す。(P32)

 

このように人的関係が物的関係として物象化するメカニズムが、資本主義のコアである。資本家と労働者は対等な契約を結ぶが、その結果は貨幣や資本として物象化され、それが人々の生活を支配する。(P34)

 

 古代からある人的な支配関係が、商品や貨幣によって疎外されて物的な支配関係になり、それを克服して未来の「自由な個人」が生まれるという人類史の三段階論は、ヘーゲル法哲学を人類史全体に拡張した壮大な歴史観である。これは初期の「労働の疎外」という発想の延長上にあるが、『資本論』では物神性論として表現された。(P37)

 

 マルクスは資本が人間を物象化することを明らかにしたのです。

 

 ぼくが卑俗に考えると「金の力で自分勝手なことをする 」ことだと思うのです。じっさい資本主義の世界では、金を持っている者の勝ちです。なんでも金で買える。ホリエモンが言っていたように「愛情もカネで買える」のです。

 

 この本で改めて認識できたのは、〈資本が人間を物化する〉ことです。

 

 この後、本では社会の「土台と上部構造」の話が続きます。このことはいろんな評論家が解釈して議論しているようです。

 

 ぼくが惹かれたのはP43から書かれている「私的所有と個人的所有」という項です。

 ここでマルクスが書いた言葉が分析されるんですが、

 マルクスが「私的所有」を廃止すると述べたのも、このように他人労働を搾取する資本主義を廃止することで、これによって個人的所有が再建される(企業が労働者管理になる)。私的所有の反対は国有ではなく、労働者が株主になって企業のコントロール権を共有する株式会社だった。(P45)

と、結論が書かれていることは、新しい発見でした。

 労働者の組合が企業を管理することをマルクスは願っていたようです。 

 

kotobank.jp

 ところがこんな解説を見ると、なかなか難しいものだなと思います。けっきょく完全には実現しませんでした。共産主義の持つ官僚主義の悪い影響とかソビエトの崩壊が原因だったのでしょう。

 

 ぼくは夢のようなことを思っています。

 こういう社会改革的な運動をするよりも、ベーシックインカムのような人間の生存権を保証する制度を導入したほうがいいと思うのです。

 最低、生きることが保障されれば、どんな暮らし方を選ぼうと自由だからです。

 自由な働き方や、自由な人間関係が作れます。それが人の本来の活動だと思うのです。もちろん資本に支配されたりするようなことはない。個人が、まず、自由だからです。

 

……貨幣が資本に転化することで……他人労働の支配が可能になり……(略)……

 この労働の価値と労働力の価値の差が、利潤の源泉である。たとえば生産性が上がって八時間の労働によって十時間分の価値が生み出されたとしても、労働者には最初に決まった八時間分の賃金しか支払われない。賃金は、労働力の価値で決まるからだ。(P47)

 ここでは、わかりやすい形でなぜ資本主義での利潤が生まれるのか、書いてあります。

 

 マルクスは「自由人のアソシエーション」を構想したのですが……それは夢 で終わったのでしょう……共産主義の歴史的な経過をみると、人間の解放ではなく一部の人間の単なる独裁でしかなかった……これは人間が持つ他人への支配の欲望がいつまでも続くということを表しているのかもしれません。絶望的なことです。

 

 この本を読んで、カネという物が人を支配する構造がわかったのはよかったです。

 

 

 これからも本は読んでいきますが、最近は読むことに追われていました。もっと落ち着きたいと思います。枠を決めずに、もっと自由に書いていきます。

 

 

 

 

  ……             ……              ……

 

 

   「足跡」

 

雪の上に

歩いたような

模様が残っている

風が

描いたのだろうか

かって

鹿や

狐や

うさぎや

ねずみの

足跡を見たことがあるが

それは

雪の原を横切って

まっすぐに

森のなかに

消えていた

まるで

急いで

誰かに会いに行くかのように

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで幸せでありますように。

 よい週末をお過ごしください。

 また月曜日に。