日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

底辺で生きてきて67歳になりました。そこから見える風景や、読んだ本のまとめや、検索してわかったことなどを書きます。生きることは辛いですが、何をしても生きていけると思うのです。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝しています。

『大学生に語る 資本主義の200年』を読んで 2 /

 

 おはようございます。

 なんかぐっすり寝てしまい、目覚ましに起こされました。外を見れば曇り空です。そんなに寒くないけれど……昨日は風が強かったですね、皆さんのところは大丈夫だったでしょうか? ラジオでニュースを聞くぐらいなので、世間のことがよくわからないんだけれど。春一番は吹いたのでしょうか?

 図書館から本を借りてきているので、読まないと返す期限が来てしまう。

 そういうきっかけがないと、怠け者なので、なにもしない。

 本来、自分のことだけで精一杯の人なのです。

 

 

          *                 * 

 

  続けて『大学生に語る 資本主義の200年』を読んで行きます。

 

 ぼくがいま持っている問題意識は「資本主義って何?」「どこまで続くの?」というものなのですが、それの答えになりそうな文章を引用していきます。

 

3章 民主主義と個人主義

  • マルクス主義はヨーロッパの歴史観で説明できるが、ロシアや中国の共産主義になった国はアジア的歴史観を持っている。
  • ドイツもヨーロッパのなかではもっと東に近い。異質なのです。
  • それでナチズムが興った。
  • アジアの宗教と、ユダヤ教イスラム教は神と人間が不可分。ところがキリスト教は神と人間が分離されている。
  • キリスト教の信仰の形から「理論」が生まれた。つまり「個人」があったから。
  • キリスト教が持っている個の思想――私的所有を肯定する。それが資本主義を産んだ。

 

 ここでは著者の「資本主義の発生はこうしたものだ」という考えとそれに対抗したマルクス主義歴史的評価が語られています。

 P139には、日本のかってのマルクス主義者は「ひと暴れしたあと、何ごともなかったかのように日本の財界に溶けこんで、今度は労働者を搾取する側で活躍してきました。労働組合運動を全部つぶいたのは、彼らなのです」と指摘しています。

 ですから彼らは、マルクス主義というものの本質をよく理解しているわけです。それは「もっとも資本主義的に生きるためには、マルクスを読んで、彼が投げかけた問題をそのまま実践すればよい」という〈公然の秘密〉です。何せ、その代表的書籍のタイトルが『資本論』なのですから、そこには、労働者を〈正しく〉搾取するための理論が書いてあります。裏を返せば、『資本論』は〈資本主義のバイブル〉であり、〈よりよい資本家となるためのバイブル〉です。

 

  これは雑な転倒した発想だと思いますが――学問というのはどのようにでも利用されてしまう、という真実な一面を表していると思うのです。

 

4章 資本家と労働者

  • ここでは封建時代の貴族が贅沢することで文化に寄与したことが語られています。ルネッサンスの芸術もそうして育成された。

 その後、資本主義が起こります。

 資本はただそこにあるだけでは、増殖しません。利子のない預金のようなものでしょう。増殖させるためには、もうひとつの要素が必要です。これが労働力です。

 資本は、アジアやアフリカ、アメリカなどの人々からも搾取して大きくなりましたが、たとえば工業製品をつくる場合、わざわざそういったところで製造して、船舶で運んでくるのは、いかにも非効率的です。そこで、ヨーロッパじゅうにいる農民たち、あるいは漁民や牧畜民を工業労働者にしたてる方法がとられます。このとき、労働者となった農民たちの労働力は、それじたいが商品となります。これが、労働力商品です。(P152)

  封建時代の植民地収奪からヨーロッパの産業革命を経た資本主義へ。

 

 つねに、ほかに生産手段を持たない層を用意しておかないと、生産の拡大はできませんし、労働力の商品価値も上がってしまいます。都市が工場で働きたいと考える予備軍であふれていなくてはなりません。

 彼らを土地から完全に分離し、仕事がなくても都市に待機させてにくための、さまざまな工夫が必要です。そのためのキーワードが、個人としての自由です。個人主義です。これへの渇望が強く植えつけられることによって、はじめて資本主義は本格的に動きはじめます。(P153)

  資本主義と個人主義の結びつきについて語られています。

 

 P160では「剰余価値」について説明されていますが、このブログで『資本論』を易しく解説した本を読んでいこうと思っているので、いまは引用しません。

 

 この本は〈大学生に語る〉となっているので、他にも「賃労働」とか「プチブル」とか「労働と活動はどう違うか」ということが話題になっていますが、すぐに現代の世界情勢とか政治の話に移行してしまうのです。そこがおもしろいといえばおもしろいし、ついていけないといえばついていけないところでもあります。

 

 

 資本主義社会は、巨大な「過去労働」によってできています。過去労働とは、先祖がつくり残してくれたお金や、過去に手に入れたお金が、いまの私たちを動かしているということです。過去につくられたさまざまな資本が、私たちを「もっと働け、もっと儲けろ」と背後から追いたてています。

 つまり、私たちを動かしているものは、資本という過去の亡霊です。そしていま上げている利益もつぎの資本となって、未来の私たちを動かしていくでしょう。(P175)

  この指摘は当たり前なようですが、目から鱗が落ちた気がしました。

 社会は後戻りしないのです。システムは現在稼働している限り、次のシステムに移行するまで動き続けます。矛盾が吹き出し、集積し、にっちもさっちもいかなくなるまでそれでやるしかない。

 

 ぼくたちは社会に〈投げ出されている〉というのは、戦後はやった実存主義の言葉ですが、気がついたときはこのシステムに囚われていたのです。

 

 ぼくは〈自分なりの仏教徒〉なので、自業自得という言葉を思い浮かべます。自分がやった行動が、結果となって出てくる。自分たちのやったことが、次のことを引き出す。こうしていつまでも、〈原因→結果〉の縁起の法則は続きます。

 いつかは資本主義の害悪から目覚めて、次の体制を築くと思いますが……

 

 

 P177~

は、グローバリゼーションへの批判、その世界的な状況と、先進国日本での労働者の中間層化が語られています。

 格差は広がっています。それでピケティが出てきた。

 

 こうしてグローバリゼーションが、国家や国民の文明化に寄与しているというのは、ウソだということがわかりました。当然ながら、それが追求しているのは、あくまでも利潤のみです。世界じゅうに資本がまかれていくことによって、国家間の文明度が均等化されるという考え方が、「フラット化する世界」でしたが、まったくの虚妄であったわけです。

 そのような資本は、すでに国家を超えようとしています。いえ、すでに超えてしまったでしょう。(P202)

 

 グローバル化で儲かるのは一部の大企業だけです。製造を賃金の安い海外で行うために、国内の産業は空洞化し、日本はデフレに陥りました。

 先進国は金融緩和政策で生き延びようとして、 金利は下がり、世界は金余り状態です。

 アメリカはトランプ大統領が登場して、自国の経済優先に舵を切ろうとしています。

 

 

 

 明日は5章を読みます。

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。