日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

底辺で生きてきて67歳になりました。そこから見える風景や、読んだ本のまとめや、検索してわかったことなどを書きます。生きることは辛いですが、何をしても生きていけると思うのです。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝しています。

『英EU離脱 どう変わる日本と世界』 を読みます / 「歩く」

 

 おはようございます。

 昨日は一日中降り続いた雨も夜半に止んだようです。今日、大阪は午前は晴れですが、午後から小雨の予定です。北陸や北国は天気図を見ると雪で、曇りのようです。大阪よりずっと寒い。日本列島は南北に長いんだと実感します。

 

 

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 この本を図書館から借りて来て、読みました。いま進行中の経済問題も知らなければならない、と思ったからです。

 出版の月は2016年8月なので、もう情勢は変っているかもしれません。

 それでもイギリスがAUを離脱したことの問題点はわかるだろうと思います。

 

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  離脱が決まるまでの問題点はこのサイトに書かれていました。個人のサイトですが、リンクを貼らせていただきます。m(_ _)m

www.goodbyebluethursday.com

 

 1月時点では、3月にEU離脱の交渉に入るようです。交渉は2~5年かかる見通しなので、そのあいだにどうなるか。おおよその形ができるのでしょう。

www.news24.jp

 

 これからのことを予測することは難しいようですが……

  EUが抱えている問題=移民問題とドイツ中心の経済]が、今回のイギリス離脱を引き起こしたようです。そしてまだ混乱は続く。

www.nhk.or.jp

 

 

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 いつものように目次を書いて、まとめていきます。そのほうが本に何が書かれているか、わかると思いますので……まとめのほうは、ぼくのかってな要約なので間違っているかもしれません。興味が湧いたなら本を読んで下さい。

 

1章 「世紀の番狂わせ」が起こった深層

  • もともと残留派と離脱派は拮抗していた。
  • 残留の楽観的予測は、根拠がなかった。
  • 知的で教養がある人間はEUに賛成のはず……という見通しだった。
  • 離脱はEUを揺るがす。
  • 離脱についての交渉は2年間。EUは三権分立制。それぞれに図る。
  • 離脱後の経済協定には、3つのオプションがあるといわれる。
  • ノルウェーオプション……EEA(非EU加盟国のノルウェーアイスランドリヒテンシュタインとEU加盟28国の経済協定)に入る。EU法に従う義務がある。
  • スイスオプション……ノルウェーオプションに近いが、金融サービスについてはEU単一市場のメリットが無いもの。
  • WTOオプション……EU市場への自由を放棄する代わりに、EU法の制約が無い。
  • ノルウェーやスイスはもともとEUに加盟していない国。イギリスの場合、離脱。交渉はどうなるか。

 

 2章 イギリス経済はほんとうに崩壊する?

  • 経済予測には短期予測(1~2年)と中長期予測(5年超、10~20年)がある。
  • IMFの3つのシナリオ。離脱しない(ベースシナリオ)、ノルウェーのようなEEA(限定シナリオ)、完全に袂を分かつ(悪化シナリオ)。
  • それぞれの実質GDP成長率のグラフが示されている。
  • 悪化シナリオで、ポンド安でインフレ率が上がるとしているが、今までのグラフではそうなっていない。イギリスは変動相場制だが、為替レートの変動では、インフレ率を含む国内経済指標はあまり影響を受けない、とされている。
  • 短期予測では株価の動向が重要。
  • 悲観的な中長期予測がある。①離脱でEUのメリットを失った。②投資が減る。③EUから高い関税をかけられる。
  • 最も悲観的な予測では、2020年にはGDPは15%減少する。移民の制限による成長率が悪化する。自動車産業も投資が減るので生産が減少する。
  • 離脱後は法人税う引き下げることで、成長するという予測もある。
  • 関税の掛け方を選ぶことで、輸出が増えるかも……
  • ポンド下落は輸出に有利になる。

 

 3章 「出ていかれる側」は無傷で済むのか

  • 日本の経済評論家は悲観論を語ることが多い。そうすれば〈売れるから〉。
  • イギリスであった不動産ファンドの解約は一時的なものだった。
  • 当局はポンド安を心配していない。追加緩和も考えている。
  • ソロスはイギリスの離脱でドイツが損失を受けると考えて、ドイツ銀行株を売った。
  • 欧州は新興国や中国、中東に投資してきたが、アメリカの利上げで、不良債権になりつつある。中東の紛争も不確実性を増している。
  • 難民は増えても、減ることはない。
  • ユーロ加盟国が抱える財政問題。ギリシャポルトガルアイルランド、スペイン、イタリア。
  • ユーロはマイナス金利で通貨安にして輸入の拡大と消費を目指したが、成功していない。不動産価格の上昇によるで景気を下支えしている。
  • イギリスでは不動産バブル崩壊での公的資金を投入したことで、景気を回復してきたのだが、格差が増した。それが移民のコストへの批判となった。
  • イギリスのEU離脱は「アメリカに次ぐ第二の経済圏になる」という幻想の崩壊である。

 

 4章 矛盾に満ち溢れた「欧州統合」の歴史

 欧州統合の理念は16世紀からあった。第二次大戦後、シューマンプラン(フランス、ドイツの石炭、鉄鋼の共同管理構想)は欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)に発展してゆくことになる。欧州共同体(EC)の発足は1967年。

 1990年には東西ドイツが統一される。

 そして1992年、欧州連合条約によってEUが発足。93年には資本移動の自由の「域内統一市場」が始動、加盟国も増えいまの姿になった。

 

 イギリスは①旧植民地との関係、②アメリカとの関係、③ヨーロッパとの関係、という政策で動いていたが、戦後、植民地を失い、ケネディ大統領との関係が悪かったこともあり、1961年にEECへの加盟申請を行った。が、当時のド・ゴール大統領のフランスは拒否した。1966年、ポンド危機が発生した。IMFから融資を受け、67年再びEECの加盟を申請したが、またもフランスが拒否した。73年、ようやくECに加盟することができた。

 著者の考えでは、イギリスはサッチャーが登場するまでは、経済は長期停滞でインフレ率が高い「スタグフレーション状態」にあった。それを「規制緩和」によって実質GDP成長率を下げることなくインフレ率を抑えたのである。

 

 1971年に変動相場制となった。

 これの悪影響を回避するために「EC通貨協力(スネーク)」が行われた。EC内の為替レートを緩やかにすることで、貿易リスクを軽減するのが目的だった。為替レートを安定させるために通貨当局によって、為替介入する。ただ外貨準備が枯渇してしまうと経常収支赤字国に転落してしまう。

 投資家たちは経常収支赤字国の通貨売りを仕掛けて、投機の対象とすることで、フランとリラは何度も危機に陥った。

 スネークは投機筋から絶えず狙われた。

 ソロスが1992年に仕掛けたポンド売りは有名。

 1990年前半のイギリスは不動産バブルで金余り状態だった。その遠因は85年の「プラザ合意」によるアメリカの赤字を減らすための、各国の通貨高ドル安政策である。

 各国は金融引締めで苦しんでいたが、固定為替相場制を放棄して、レートの切り下げを行うことで行き詰まることになる。

 そのことがフランスが主導した統一通貨ユーロの誕生に結びつくことになる。

 

(この部分に書かれている〈投機〉が、経済や国の政策にどう影響するかというのは、経済オンチのぼくには理解しがたいことです。そういう政策を取ると、こうなる。こうなったらこういう政策、という関係がよくわからないからですが……経済は難しいです。お金を使った闘いみたいなものだなあと思います。また〈投機〉の経済活動については、勉強したいと思います)

 

 5章以後は、また明日に続きます。

 

 

 

 

 

  ……             ……              ……

 

 

   「歩く」

 

霜柱を踏んで

歩く

斜面に

雪が白い

木の枝は凍りついて

朝の光に

棘のように

輝く

どこまでも

冷えた

宝石のようで

静かだ

どこに行くのか

わからない

一人の道を

歩く

 

  

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。