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 日の記し   ★ヽ(´・ω・`)ノ 。・☆彡 ・☆

底辺で生きてきた67才で、もう老人なんですが、そこから見える風景を書きます。読んだ本のまとめや検索してわかったことなどをメモします。生きることは辛いですが、何をやっても生きていけると思うのです。仏教を生きる支えにしているので、そのことも。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝しています。

革命後の世界を生きる、ということ /

 

 おはようございます。

 

 

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 ラジオ体操の帰り道に、

【革命を求めるより、革命後の生き方をした方がいい】

                                                                        ということを思いました。

 

 

          *                 * 

 

 

 Youtubeの動画には、沖縄と、韓国で、日本に抗議している人たちの様子がUPされているのですが、それを見て疑問に思っていることを書きます。

 

 沖縄では、去年、違法な抗議活動をしている人たちが逮捕されました。道路を占拠したり、勝手に住民の車を検問したり、違法駐車して道路を封鎖して工事の車両を止めたりしていたので、いずれは逮捕されるだろうと思っていました。

 また、違う基地のゲートでは、通勤する人の車の通行を妨害したりしています。

 

 いつも思うことは、この人たちは何を求めているんだろうかということです。そんな嫌がらせとしか思えないことをして、なんの意味があるんだろうと思うのです。

 

 人は、〈自分たちが正しい〉と思い込むと、違法行為であろうとやってしまうところがあります。

 個人の心理を分析すれば、むしろ、違法なことであるからこそ、常識を破っている自由感に酔いしれて楽しいということがあるのでしょう。堂々と〈悪いことも〉できる背徳感みたいなものが魅力なのです。

 

 ぼくも1980年当時は中核派の兵隊でしたから、三里塚シュプレヒコールの声をあげていました。デモをすることで、確かに〈正義は我らの方にあり〉みたいな高揚感を感じていました。だから、デモの時の気持はわからなくはないですが、いまはもうそういう時代とはかけ離れています。沖縄の無法な反基地闘争が県民の支持を得ているとは思えないのです。

 

 それに沖縄に集まって来る左翼の言うことは、現実に対する認識が間違っているでしょう。

 彼らは〈基地反対、米軍は沖縄から出て行け〉というスローガンを叫ぶところで考えることをやめています。それ以上は考えようとしない。

 その活動の役割が、日米安保条約を破壊し、日本と沖縄を分断し、けっきょくは中国の侵略を助けていることを考えない……いや、気がついていないふりをしているのです。もう自分たちが中国共産党の手先であると世間に知られている、ことがわからないはずはないと思うのですが……

 

 そういう人たちの心理はどういうものか、と思います。

  • 観念が優先すると、現実を見失います。というか、現実を見なくなります。
  • 事実も歴史も軽視するようになります。
  • それが観念=妄想を優先する人たちの特徴です。

  そういう人たちは〈これは政治の思想だ〉と心理の奥底で居直ることで、自分たちがやっていることが正当化できると思っているのです。



 沖縄県のアンケートを見ても、県民が日本から離れて中国に属したい、中国人になりたい、なんていっていないのに……なぜ、左翼は人の言うことを聞かないで、「独立、独立」と騒いでいるのでしょうか?

 自分中心の観念や妄想、願望で世界を見ることが癖になっているのでしょう。

 

 思想的に思い込んで活動している人もいるし、お金をもらって仕事として抗議活動に参加している人もいる。沖縄の左翼の事情は歪んでいます。

 

 基地に反対でもいいと思うのです。

「基地がすべてなくならなければ承知しない」という絶対化はよくない。それは、独りよがりというものでしょう。

 

 大人の政治というのは、現実の利害関係を見極め、どこに妥協点があるのかを探るものです。お互いがすこしでもいい方に向かうことが出来るように、納得する方法を話し合うことです。社会には矛盾がつきものなので、そのために話し合いがあります。大人ならそういうことがわかるはずです。

 絶対的に自分の要求を飲め、というのは、話し合うことを拒否しているのでしょう。

 それでいい結果を出せるでしょうか? 

 

 沖縄で過激に抗議する人たちの心理を推測してみましたが……韓国も同じようです。

 日本の大使館や領事館の前に慰安婦像を設置して日本に嫌がらせをしている、それはおかしくないですか。まったくヤクザなやり方です。ヤクザは、相手をいかに貶めるか、そういうことしか考えないからです。それに、韓国はいまも海外に20万人もの売春婦を出して、GDPの5%もの金額を稼いでいるではありませんか。そういう国が〈被害者〉だなんて矛盾しています。

 

  日本軍が朝鮮人女性を拉致して性奴隷にした、などという話は、少し考えれば、誰だって「嘘」とわかります。当時、売春は合法な仕事でしたし日本軍はそれを利用していたので管理下に置いて性病の予防をしていたのです。それに、慰安婦と呼ばれた大部分は内地から来た日本人の娘で、朝鮮人は一部だけでした。

 

 軍隊は命令で動くものです。韓国の言うような拉致など行われると証拠が残るはずですが……ない。

 事実であれば、当時の拉致された家族や世間も黙って見過ごさないはずでしょう、証拠があるはずですが……ない。

 そんな事実はなかったということです。後から作った嘘話です。 

 2年前、原因を作った朝日新聞は、「虚偽報道だった」と読者に謝罪しました。しかし、虚偽報道で騙した世界に対しては、まだ訂正していません。南京大虐殺も、従軍慰安婦も、すべては朝日新聞が作った嘘から始まったのです。

 何のためでしょうか?

 日本を貶め、日本を壊すためです。

 捏造した朝日新聞の罪は深い。そういうことをする心理は、日本人にはとうてい理解しがたいことです。 

 

 それが嘘であると明らかであるにも関わらず韓国は慰安婦像を建て続けています。

 嘘を承知しながら、日本に濡れ衣を着せて「苦しめてやる」という心理は、怖ろしいものです。強請り、タカリの、やくざなやり方です。そういう国際ルールに反することをしていると国が滅びると思いますが……

 

 

          *                 * 

 

 抗議活動をしている人の心理を考えてみました。 

  • 誰かを非難して貶めてやれ、というのは、人の普遍的な欲望かもしれません。そうすれば劣等感が癒され、自尊心が満足する。
  • 嘘でも、相手を非難することは気持ちがいい、ということもある。
  • 被害者だと主張すると、自分は〈正しく〉、相手は〈悪人〉だということになる。それで抗議する人たちは、被害者になりたがる。
  • 被害者だと喚けばどんな非常識な非難する行動も許される。これは被害者ビジネスです。

 

 

          *                 * 

 

 共産党社民党のデモとか集会とかのスローガンをみると、「被害者である市民」という発想のものが多いです。彼らの頭のなかでは、日本国民はいつも国から犠牲を強いられ、抑圧されて、被害者にされる弱者なのです。世の中には、被害者だと言い立てる利権もあるからです。 

 

 そういう自分を被害者だと思っている人や、他人を非難ばかりしている人が、前向きに人生を生きていけるでしょうか?

 被害者であると叫ぶことは、相手をいくらでも非難できるので楽しいのかもしれませんが、そういうサディスティクな心理を持っている人が、他人と仲良くできる人生を送ることができるとは思えません。

 

  相手を非難して、満足するとしても、それが正しい生き方なんでしょうか?

 そういう活動は、人間らしい生き方なのだろうか?

 抗議活動は左翼の常套手段かもしれません。でも、とても疑問に思います。

 

 ぼくは共産党などの人に対して訴えたいと思います。

 相手を非難することに熱心になるよりも、革命後の世界をイメージした生き方をするほうが、人として健康で前向きだろうと。 

 他人や社会を非難するよりも、革命がなされた後の人間性を生きるほうが革命的な人生でしょう。革命を求めて抗議活動に一所懸命になるより、〈革命後の世界を生きることのほうが革命的〉だと思います。

 

  人びとがお互いに助け合い、思いやりに満ちて、幸せに暮らす……そういう生き方こそ、革命的でしょう。非難する活動より気持ちがよいのではないかと思います。

 

 

   

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。