日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

社会の底辺で生きて来て67歳になってしまいました。そこから見える風景や、読んだ本の感想や、ネット検索でわかったことなどを書きます。生きることは辛いこともありますが、何をしても生きて行ける。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝します。

『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか』 の感想 / 「霜の花」

 

 おはようございます。

 寒いと朝方に眠りが深くなるんですね。もう使っていない携帯の目覚ましメロディで起こされました。今日は晴れて暖かくなるようです。

 

 

          *                 * 

 

 

 

僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って (DOBOOKS)

僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って (DOBOOKS)

 

  を読んだのですが、「感想を書くのは難しいな」と思いました。

 著者は東大の哲学科を卒業し、慶應義塾大学院低学科博士課程単位取得退学、という経歴の持ち主です。

 

 文章は平易で読みやすく、書いてある内容も、なぜ小屋に暮らすようになったかを辿る〈自己史〉です。哲学的な告白のように思えました。

 

 著者のサイトです。

 今日はお風呂に行かなくてはならないので、いまはサイトをゆっくり読んでいる時間がありませんが……またじっくり読ませていただきます。

 

 本の目次です。

はじめに

1章 無縁、無常、何もない家……河川敷のテント暮らし

2章 死の観念、人生、私的体験……少年時代  一

3章 愛、信頼、自由……少年時代  二

4章 不純さ、ホンモノ病、羞恥心……高校時代

5章 喪失、哲学、真理……大学時代

6章 人格の二重性、過去との断絶、憎悪……大学院時代

7章 自分自身であること……路上生活

8章 孤独、私的生きにくさ、自我……雑木林の小屋暮らし

エピローグ 再び河川敷のより

 

 これによって、自己史であることがわかります。著者は「なぜ、自分はここにいるのか」ということを考え続けてきたのでしょう。子どもの時代から、自分が意識して存在していることが不思議に思えたといいます。

 

 1章を読むと、人と交流することを負担に感じる著者ですが、けっこう他人の言ったことにまともに答えていたりするのです。だから世間の常識やルールをわからないということではないのです。わかるからこそ、そこから一歩下がったところにいたいのだと思うのです。ぼくも世間から身を引いているので気持がわかるような気がします。世間には面倒な手続きがたくさんありますから。

 

 2章。小学校1年か2年生の頃、「僕はいつか死ぬ」という恐怖感を持ったということです。自分というものが、死という絶対的なものに飲み込まれてしまう。それを著者は、

自分は常に自分であるという自信を一番根底の部分で支えている何か重要なものが消失した。(P23) 

と感じたといいます。

 たぶんこの時の衝撃が「自分とは何か」という疑問を常に自分に突きつけることになったのだと思うのです。

 

 ぼくは〈自分なりの仏教徒〉で、今まで、死のうと思ったことは何度もありますが、死は自分というものを終わらせる〈安心〉と感じてきましたので、だいぶ違うな、と思いました。仏教はもともと、自己を否定し、自我を無いものと考えています。ぼくも〈自分というものはないのだ〉と思っているのです。

 

 ここにおいてすでに、生と死、依存と独立、信頼と不信という、今現在まで続く人格の分裂の萌芽が見られる。(P29)

 二項対立は……西洋哲学における基礎というべきものなんでしょう。

 

 仏教は西洋哲学からいうと神秘主義になるでしょうが、〈無分別智〉をいいます。

 無分別智の解説はこうなんですが、たぶん言葉ではいい表せない境地だと思うのです。

 間違っているかもしれないぼくの解釈では、物事を分けて考えるな、差別もするな、そのまま受け取れというものですが……自分が迷っていたら、〈迷いそのものの自分のままでいい〉と放り出すような感じです。

 

 ぼくはほとんど「自分はない」という考えなので、自己にこだわっている著者との違いを感じるのですが、読んでいて、いい人みたいだな、と思えるのです。著者は繊細な意識の持ち主のようです。

 

 3章のP39に書かれている、世界のすべてを記号と知識が集まったものとしてみるその態度は、子どもから成人になる過程の自我の表れのような気がします。

 

 4章では、

 

身体的な強さや美しさ、賢さ、経済力など、ひとたび人が、誰に対しても、どんな場所においても通用する力を手にし、かつ、それが欲望の道具となるとき、人生は容易に、世界は単純になる。(P47)

 こうして少年時代に持っていた世界への好奇心、や愛を、失ってしまうことになってしまうのです。

 そのことによって「ホンモノ病」になったといいます。

 ホンモノでなかったら、どれも大差ないように思えた。(P51)

 そしてニセモノである自分というものを意識して羞恥心を覚えるのです。

 

 5章、大学時代です。

 

 自分自身を見る目には、その年齢に特有のいわゆる自意識もあった。それは世間の目だったり、教師の目だったり、友人の目だったり、つまり生身の人間の目だった。生身の他者の視線がもたらすものは、それが承認願望だろうとなんだろうと、少なくとも生きる力にはなった。

 しかし、特定の誰かの視線ではない、誰の視線でもない視線があった。死の観念がもたらす、死の世界から見る視線だった。(P58)

  たしかに現代の、他人からの承認を必要とする社会においては、その目線そのものが圧力になったりします。他人の中で、他人が思うような人間でいなくてはならない。

 死という絶対的なものから見ると、人が生きていることの無意味性みたいなものが、浮かび上がってきます。

 その一連の問題群は、すべて自分という存在単体を起源として発生しているものであり、何か一つの共通した大いなる秘密に繋がっているような気がした。それは紛れもなく、生命存在の秘密であり、またそれは裏を返せば、「死」の秘密でもあった。(P64)

 こうして著者は哲学に惹かれていくのです。

 

 著者はどうすれば真理を見いだせるのだろうと苦闘するのです。

 

 この大学時代の哲学の話の中で、おもしろかったのはヒュームの「帰納法の懐疑」という命題です。

 ここで易しく解説されています。

 哲学というのは難しい。真理とは何かを探求するんですから、当然のような気もしますが……

 

 

 6章 大学院の時代です。

 大学院時代はまったくろくなことがなかったが、唯一の救いは、この下宿に巡り合ったことだった。(P81)

 ぼくはこの文章を読んで、著者にとって、どこに住むか、どこにいるかが、なんだかとても大切なことなんだな、と思ったのです。

 他者の視線というものを感じる著者にとって、いちばんの他者は〈死〉ですが、それで「一人で生きてゆく方法」を考え始めたのは自然な流れだったのかもしれません。そして結論としては、「社会から距離を置いて貧乏暮らしをしてゆく」となるのです。

 

 哲学として、時間とか意識とは何か、また、死の世界から見るか、生のほうから見るのかという問題を考えていたとあるのですが、こういう哲学的命題はぼくにはよくわかりませんでした。P96~103の部分です。

 

  また著者は自分の〈憎悪〉の感情に傷ついています。P109~117の部分です。そんな文章を読んで、著者の根底にある優しさみたいなものを感じました。

 

 7章で、著者は路上生活に入ります。ここでのルポともいう文章は、とても正確に描写されています。自分の思いなども正直に書かれています。たぶん、こんなふうな感じで路上生活に入っていった人はなかなかいないのではないでしょうか。

 P133に書かれているように、

過度な脱所有や脱社会生活は、必ずしも自由へ至る道ではない。

 ということに気づくのです。

 

 そして8章です。雑木林の中に小さな土地を買って、自分で小屋を建てて住むことになるのです。

 現実的な観点から言えば、安い土地と小屋くらいはあったほうがいいのだ。「最高の暮らし」でなくてもいい。すべて捨て去る必要はない。この社会の中で、合法的に、自分に合った生活を作ればいい。(P137)

 

 この結論に賛成です。現実に生きるためには妥協も必要です。

 

 そしてこの8章とエピローグを読めば、この小屋の生活が、著者が築き上げた生活のスタイルになっていることがわかるのです。

 手作りの小屋は、僕の自我そのものなのだ。(P176)

 という最後の1行にすごく納得しました。また、その言葉に安心したのです。

 

 

           *                 * 

 

 著者は、下の本も書いています。

 図書館に予約し、借りれるようになりましたので、読みましたら感想を書きます。 

スモールハウス 3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方 (DO BOOKS)

スモールハウス 3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方 (DO BOOKS)

 

 

 

 

         

 

  ……             ……              ……

 

 

   「霜の花」

 

谷川は

凍って

薄い氷に覆われている

その透明な

テーブルの上に

霜の花が

咲く

朝の光に

白く輝く

島のように

集まり

また

ひとりぼっちで

流されて

離れて

結晶した

棘の形

霜の花よ

あなたたちを

産んだのは

違う世界から吹く

澄んだ

冷たい風だ

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。

 よい週末をお過ごしください。

 また、月曜日に。