日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

社会の底辺で生きて来て67歳になってしまいました。そこから見える風景や、読んだ本の感想や、ネット検索でわかったことなどを書きます。生きることは辛いこともありますが、何をしても生きて行ける。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝します。

 「ブッダは実在しない」を読みました /

 

 おはようございます。

 昨夜から降り始めた雨は今朝も降り続いています。午前中は雨の予報です。昨夜、暖かかったので薄着で寝たら海辺の夢を見ました。大阪の近鉄阿倍野駅の地下をずっと行って上がると、そこは波止場になっていて、船が入る様になっていました。海が青かった。大勢の人がいました。

 

 

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  刺激的なタイトルに惹かれて、この本を読みました。 

ブッダは実在しない (角川新書)

ブッダは実在しない (角川新書)

 

  結論をいうと、ブッダというひとりの指導者によって仏教が始まったのでない、ということです。この本の「おわりに」は結論が書かれているのですが、そのトピックセンテンスは「ブッダは一つの観念で、そこから人物が生み出されていった」となっています。

 多くのブッダたちがいた……そして仏教が生み出されたと考えることが出来る。

 仏教が広まる過程で、釈迦は神格化され、その実在性は顧みられなかった。ブッダ(釈迦)は象徴的存在になった。

 

 仏教は、多くのブッダと呼ばれる「目覚めた者たち」から始まり、教えをまとめる過程で、小乗と大乗に別れ、日本に大乗仏教として伝わりました。

 そこでは各宗の開祖が注目されることがあっても、ブッダその人の実在は論議されることはありませんでした。すでに仏教の創始者として神格化されていたからです。

  

 この結論は正しいと思いますが……もうひとつ、「う~ん」と考えてしまう感じです。

 ぼくは仏教を、その名の通り〈仏の教え〉と捉えているので、リアルなお釈迦様がどんな人で、どんな生涯を歩んだかは、仏教を信じることとは別にあると思います。あまり問題にする必要はないのでないでしょうか。それだけにこだわると、原理主義に陥りませんか。庶民は、仏教がこの世の〈苦を解く〉方法であるから受け入れるわけですから……

 著者は、実在のブッダ=釈迦がどんな教えを説いたかを明らかにすることで仏教の根本に迫ることが出来ると考えているようです。この本の3章にも書かれているような、カトリックに対するプロテスタントみたいな「聖書に帰れ」的な、根本の疑義が提出され……それによって仏教の改革がなされる……

 

 でも、じっさいは、歴史的な釈迦の実像が明らかになっても……伝わる仏典のなかで、ほんとうに釈迦が説いただろう部分が推測されたり指摘されても……日本で流布されている大乗仏教に疑問が持たれることはありませんでした。むしろ庶民は、いまある宗派の開祖を信仰しているのです。

 

 ぼくは、仏教を信仰の対象と思っていません。初期仏教である「スッタニパータ」の言葉を読んで、自分が納得したり、大乗仏教の〈空〉や〈無〉や〈無常〉や〈縁起〉の哲学を信じているのです。そういう意味で、すごく適当で、いいかげんなのです。

 

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 この本は、ブッダが説いた初期の仏教に近づくために、このような構成をとっています。

 はじめに

 1章 「勧進帳」の瞿曇沙弥

 2章 近代仏教学が教えてくれたブッダの生涯

 3章 ブッダの教えは本当に残されているのか

 4章 「仏伝」はどのようにして生み出されてきたのか

 5章 ブッダの教えとは何か

 6章 仏教はどのように誕生したのか

 おわりに

  1章では「勧進帳」や江戸時代の「釈尊御一代記図会」の解説や、「今昔物語」の影響が語られていておもしろかったのです。「今昔物語」って読んだことがないんだけれど、

 1部は 天竺……釈迦がいかにして悟ったか、前生譚

 2部は 震旦……中国でどう仏教が広まったか

 3部は 本朝……日本でのこと。伝来とか功徳、霊験譚

 が、書かれているんだと知って、「そういう話だったんだ」と思いました。

 

 2章では明治時代にヨーロッパから輸入された宗教学の影響のもとに、仏教を捉え直すことが始まったことが書かれています。三枝充悳仏教入門」の解説。大乗非仏説がいわれた経緯。他のブッダ伝などが紹介されています。

 

 3章は ブッダの教えはどこに残されているのか、という疑問をぶつけます。キリスト教においての史的イエスの論議、仏教はヨーロッパ人にどう理解されていたか、「スッタニパータ」においてブッダの言葉に近いもの、を挙げます。

 

 4章は釈迦の生涯=仏伝がどういうふうに書かれてきたかをみます。仏像が作られる前はストゥーパが作られていたのはなぜか、仏教がまとめられる過程で神格化が進んでいく様子をみます。

 

 5章は、初期の仏教が説いたものは、〈涅槃、修行法、縁起説〉以外のものでないと述べられています。後に〈苦や、無常や、無我、八正道、十二因縁、慈悲……〉という概念が現れたということ。いずれも部派仏教と大乗に分かれるようなことがあって概念が整理されていったということです。

 

 6章は「仏教はどのように誕生したか」です。結集、アショーカ王の碑文、バラモン教ジャイナ教との違い、教団の成立、僧や在家というふうに、仏教が大きくなる経過が語られています。キリスト教イスラム教のように、これだという「聖典」がない仏教は、ないがゆえに自由な部分がある、と書かれています。

 

 

 以上のように俯瞰してきて、「おわりに」の結論に至ります。この本のタイトルは売らんかな主義で扇情的で大げさだと思います。それで、結論はそれに合わせたようにみえます。

 でも、いろんな文献の解説や、宗教学からみた仏教の姿を述べられていて、ぼくにはおもしろかった。

 Amazonでのレビューは星1つが並び、散々なようですが、教えられるものがたくさんありました。

 仏教関係の本は時々読みますが、自分が興味を持っているので、どんな本を読んでも、教えられ、考えさせられます。

 

 

  

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。