日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

社会の底辺で生きて来て、68歳になりました。そこから見える風景や、読んだ本の感想や、ネットの検索でわかったことなどを書きます。生きることは辛いこともありますが、何をしても生きてゆけると思っています。仏教は生きる指針です。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝します。

替え歌を思い出しました /

 

 おはようございます。

 いま5時過ぎですが、外は暗いです。大阪の天気予報は、今日は曇りです。

 

 

          *                 * 

 

 寒い朝が続いて、アパートに帰る道で思い出したのは、

「朝も早よから 弁当箱さげて

 家を出て行く 親父の姿

 服はボロボロ 地下足袋はいて……」

           と歌詞でした。

 これって、

の、替え歌なんですね。

 ネットで検索すると「地下足袋はいて」の後は「帽子は底抜け、頭は100ワット」と続くようですが、そこまで覚えていませんでした。

 

 子どもの頃、覚えたことは忘れないものです。 

 

 

 このサイトを読むと、替え歌は著作権を侵害しているようです。 

 でも、このウィキペディアの解説を読むと、替え歌の奥が深いことがわかります。

替え歌 - Wikipedia

 

 たしかに、風刺とかパロディは、庶民の鬱憤ばらしとか楽しみです。

おもしろ替え歌 - chakuwiki

 このサイトの替え歌の歌詞を読んでみて、ニンマリしてしまいました。

 

 あんまりリンクを貼るのはなんだけれど、「NAVERまとめ」は秀逸です。

 この時代にはこの時代の替え歌があるんですね。

 

 

          *                 * 

 

 

「こんなのも覚えているな」と思い出したのは、「ネリカン・ブルース」です。

 

 ぼくの覚えていた歌詞は……すこし違う。

  1番 「嫌なポリ公にパクられて……」

  2番 「許して下さい父さん 許して下さい母さん

      悪いこととは知りながら やってしまった罪だもの……ただ涙」

  3番 「ネリカン窓開け空見れば あの星あたりがスケのヤサ

      スケちゃん今頃なにしてる 瞼に浮かぶスケの顔」

 

 ぼくが覚えている歌は、

「青いバスに乗せられて 揺られ揺られて行く先は

 その名も高き練馬区の 東京少年鑑別所」        

              というのが2番でした。

「3年3月の刑を受け やっとの思いで勤め上げ

 出てくりゃスケちゃん人の妻 やっぱりおいらは独り者」

              が、最後の歌詞でした。

 

 

 原曲はこれだそうです。

 元歌も哀しい現実を歌ったものでした。やりきれなさが伝わってきます。でも、耐えるしかない。

 人はみんな詩人だし、歌手だと思います。

 元気を出すために唄を歌う。

 

 替え歌から世相が見える気がします。ぼくの青春の時代は暗かった。ネリカン・ブルースをみんな知っていたような気がします。なんかの折に、口をついて出ることもあった。

 そういえば歌声喫茶がまだあった時代です。40年も50年も前の話をしていたら笑われるかもしれませんが  m(_ _)m。

 

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。