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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

寅さん映画と、社会は平等ではないこと / 「コスモス」

 

 おはようございます。

 今朝は寒いです。これからは寒い日が続くようです。だんだんと冬に向かって行くのでしょう。

 

 

          *                 * 

 

  ぼくは中学を卒業してからプラスチック工場を始めとして転職を繰り返して来ました。自分が落ち着けるような職場がなかったせいもありますが、人生をほとんど投げていたせいもあります。若いときは「太く短く生きるんだ」と思っていました。「どうせ、ぼくのような者には未来もない」と思っていたからです。

 

 まあ、1960年代とか70年代の話ですから、高度成長期であっても時代はまだ労働者には暗かったのだと思います。子どもだったし、働く意味もわからなかった。

 

 寅さんの映画で「やあ、労働者諸君! がんばってるね。ご苦労さん」と博の工場に入っていくシーンがありますが、それは共産党が作った80年の頃の労働者のイメージだった気がします。 山田洋次監督は共産党を支持していますし……

 その頃の庶民は、フーテンの寅さんを馬鹿にしながらも、その自由に憧れ、そんな生き方ができたら……と思う、それが正直な気持ちだったのです。

 

男はつらいよ - Wikipedia

 

男はつらいよ」シリーズは、現実の陰画で、憧れのファンタジーです。ぼくは時々、観たくなります。

 

 

          *                 * 

 

 この社会は……

  • 不平等。
  • みんな同じように権利が与えられていると思っているが、違う。
  • 階級はあるでしょう。

 そういう社会だと思っていて、なぜそんなふうに思うようになったのかを、思い出とか体験を混じえて語るつもりでした。でも、最初に寅さん映画を思い出したのです。

 

 ぼくが子どもの頃はまだ共産党が言うことが、現実的に見えた気がします。〈労働者が団結すれば社会を変えられる〉みたいな理想を素直に信じられた時代だったと思うのです。共産党は胡散臭いけれど、ちょっと応援してもいいかなというシンパシーを感じてもいたのです。

 

 いまは労働者は正社員と非正規に分断されていますし、正社員は組合が守ってくれるので、それなりの生活を送れます。非正規には保障がありません。非正規の人たちの組合作りに取り組んでいるところもあるでしょうが……差別化されて格差がある社会です。

 

 それに、もう〈労働者が団結して社会を改革する〉みたいなことに夢を抱いている人なんていないでしょう。よほど現実を認識できないか、偏った頭の中の妄想を大事にして……リベラルとか左翼的な思想を優先して、それに現実を当て嵌めている人たちだけでしょう。

 

 共産党が革命の党だったのはとっくの昔の100年も前の話です。

 いまは中国共産党独裁政権が民主的な人民を捕まえて、拷問をしているのが現実です。

 ぼくらが子どもの頃……〈共産党に共感していた〉かもしれない一方では、東欧では独裁の暗い閉塞的政治が行われていて、人は粛清の嵐に怯えて生きなくてはならなかったのです。スターリンの時代は5000万人がシベリアに送られたといわれています。

 

 共産主義は思想的に必ず独裁になり、非民主的な組織を作り出します。

 頭の中の観念に過ぎないものを現実に当て嵌めるからでしょう。

 

 

大粛清 - Wikipedia

 

 

          *                 * 

 

 ぼくは〈現実を見よ〉〈現実を見続けよう〉といいたいです。

 

 リベラルとか共産主義の左翼の理想を追いかけるのもいいのですが、「現実はどうなのか」「どうなっているのか」を常に考え続けることのほうが大事です。 

 

 社会は理論や理想通りにならないと思っています。 思想や理論で社会は変えられないでしょう。なぜならこの社会もイデオロギー(思想)やテクノロジー(理論)で作られているからです。社会を変えようとしても、次の思想や理論の社会になるだけで、支配の構造自体は変わらないと思うのです。

 現状を少しでもよくするには、個別によくしていくしかない。社会全体に何か理論や思想を当て嵌めることではないと思うのです。

 

 現実を少しでもよくすることは、自分から始めて、自分が責任をとる、傍から見れば小さな行動に過ぎないでしょう。

 他人を巻き込んで運動することではないように思います。 

 社会の改革を目指す人にとっては、他人を巻き込むのは当たり前の手法になっています。結果に責任を取るなら他人を巻き込んでもいいですが……たいがいの活動家は他人を利用するだけで責任を取りません。扇動するだけです。

 

          *                 * 

 

 

 ぼくはフーテンの寅さんが好きで、そのような生き方ができればいいなといつも思ってきました。

 この社会では、権利はみんなに平等に与えられているように思われていますが、現実はそうではない。スタート時点で格差はあるのです。

 そういう社会で、寅さんのような生き方は素敵なことだと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

  ……             ……              ……

 

 

   コスモス

 

誰がこの原に

種を撒いたのだろう

コスモスが群生して

赤や

黄や

紫の

花が一斉に咲き乱れて

色の点描画になっている

誰が

この色彩のダンスを

計画したのだろう

差し出された

手のような

コスモスの茎

神様が

いると思える

見ていると

あたたかくて

苦い

涙が

胸の奥から湧いてくる

 

 

 

  

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。