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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

社会は変えられない、でも…… / 「眠り」

 おはようございます。

 今朝は久しぶりに晴れた朝です。涼しい。寒いくらいです。やっとラジオ体操に行けます。(^_^;)

 

 

  昨日は人間関係の問題を考えました。というか、先人の人たちの知恵を学びました。

「他人は変えられない」ということ。

 

 そこから出てくる答えは「他人を変えようとしないこと」です。他人に期待することはおうおうにして他人を変えようとしているので、間違った方法を選択しているのです。ですから正解は、「他人に期待しないこと」です。

 

 

 そんなことを思いながら眠りについていました。

 そこでふと思ったのは「社会も変えられないのじゃないか」ということです。

 

 ぼくらは社会のなかで生き、会社で働いたり、世間とつきあったりしていますが、自分の力ではこの社会を変えることはできません。

 社会を変えることができるのは、社会を動かしている責任をもっている人たち、政治家や、官僚や、経済界などの重要な地位や役職を持っている人たちです。その人たちが国の進路を決め、方針を立てます。社会を変えることができるのは、そういう人たちです。

 もちろん、多くの人が関わっているのですが、重要な決定は、責任を持った地位にあるその人たちが決めるという約束事になっています。

 

 自分の力で社会を変えることができるのでしょうか?

 

 いちばん極端な例は、党派に所属して社会のシステムを変える=暴力革命に参加するということです。日本共産党は今は「立憲主義を守れ」などと耳ざわりの良いことをいっていますが、最終目的は暴力によって政府を転覆し自分たちが独裁することです。

 ぼくもかって20代の頃、中核派の兵隊だったことがありました。若い頃は、考えがないというか、どう考えても「これが正しい」という思い込みに陥ることがあるのです。年を取れば、理想とか理念とか観念とかは、簡単に変節するものだなとわかります。それが現実です。真実に近い。

 

 いまは沖縄の高江のヘリパッド阻止闘争が盛んですが、地元民でないプロの活動家や本土からの在日の人たちが騒ぎを起こしているので、地元の人たちの賛同を得られないばかりか、交通を妨げてトラブルになっています。組織や党派に所属している人たちは、自分が正しいと信じ込んでいるので、他人の迷惑を考えないのです。

 

 

 もうひとつの方法。

 ボランティアをしたり、会社の仕事を通じて社会を変えたいと活躍する人もいると思います。自分の周りの小さいことから社会を変えていく……

 その行為は尊い。

 社会の大きなシステムは変わりませんが、自分が社会に参加しているという意識を持つことで、少しでも社会の役に立つ、それはすばらしい。

(ぼく個人は底辺の生活をしてきたこともあって、自分を何かの役に立てようという気持がなかった……ことが残念です)

 

 

 ぼく自身は、「社会というシステムは歴史という自然が作り上げてきたものなので、個人では変えられない」と思っています。

 それでも、社会を良くしようと願い、自分の身近なことから変えていく気持は尊いと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

  ……             ……              ……

 

 

   「眠り」

 

一晩中

波の音が

ぼくを揺する

防波堤の陰の砂浜に寝床をとった

砂は熱を含んだまま

ぼくを迎え入れてくれた

漁港に近いので

人の

話し声や

歌声が

聞こえてきた

ここは

人が住む世界なのだ

ひとり

疲労の果に

眠る

目を閉じると

異国の

修行僧の姿が

浮かんでくる

彼らはなにを伝えたくて

生きたのか

ぼくは

なにをしたいのか

堂々巡りの問いの

答えは

用意されていない

闇のなかで

眠りに

癒やされて

明日もまた

歩く

 

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。

 よい週末をお過ごしください。

 10月3日の月曜日にまたお会いします。