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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

貧しいのは辛いです / 「ヨガ」

 おはようございます。

 今日は大阪は夕方から雨が降る予報になっています。いま4時半ですが、すこし蒸し暑くて目が覚めてしまいました。ラジオ体操に行く準備をしています。

 

 

 朝日に向かって手を広げている人を見ました。四天王寺さんの極楽門から東を見る方に立って、手を横に広げていたのですが、鳥が羽ばたくように思いました。

 

 四天王寺さんのラジオ体操の時間には、多くの人が集まってきます。

 意外と近所の人もいて、このあいだはスーパーで買物をしてレジに並んでいたら、挨拶されました。普段話したこともないのですが、違った場所で見かけて小さな驚きでした。

 なんでもないことですが、挨拶をもらえたり、する、のはいいことです。小さなことで嬉しくなります。

 

 一人で暮らしていても、注意深くしていれば小さなことでも気づきがあります。退屈しない。

 ぼくの場合は一日中パソコンの前にいるのでネットから情報を得たり、教えられたり、考えさせられたりすることが多いのです。

 

 いつも行く図書館で働いている女の人も 、たぶん非正規職員なんだろうと思います。

 生き延びていくのにやっとの給料しかもらえないのは、気持を憂鬱にします……将来のことも不安だけしかありません。

 

 ぼくも42歳でまともだった会社をやめて、職探しをした時、もう普通の条件で働ける場所はありませんでした。必死に職探しをしたのですが……アルバイト的な仕事をして食いつないだのですが、けっきょく西成の日雇い作業員になってしまいました。そこしかすぐにお金を稼げるところがなかったのです。まともな仕事は雇ってくれない。

 仕事が無いのは不安です。

 

 職業が人生を決めますから。

 

 失業しても自助努力で生きていけという、自己責任にする社会でなく……国が国民の生存権を保証するベーシック・インカムを、なぜ、導入できないのかと……いつも思っていました。

 失業保険で恩恵を受けるのは、中間層の労働者で、ほんとうの貧しい層は資格が無かったりして救われないことが多いのです。

 ぼくは2回しか、それも3ヶ月間の失業保険しか受けていないのですが、人生のほとんどは半失業状態でした。自己責任といえば、そうです。自分がしっかりしてないから悪いのですが。

 

 給料が低ければ結婚も、相手を見つけることもできません。そんな余裕が無い。

 少子化とか問題になっていますが、こういう〈結婚できない〉貧しい層は、一部なんでしょうか?

 日本の給料の平均は

だそうで、みんなすごくもらっているようです。

 お金を稼げる人はもっと使うべきです。貯蓄しないと心配という考え方もあるでしょうが……資本主義社会は消費することで社会が回っていくのですから。

 

 貧しい層は一部という言い方もありえるかもしれません。 

 それでも、〈貧しさ〉は確実にあると思うのです。

 

 ぼくは月に6万ぐらいで生活していますが、世間体を捨ててしまえばそれなりの生活はできます。

〈貧困でも穏やかに生きられる〉生活のしかたを考えるべきだと思うのです。もう、こんなに格差ができるような社会に望むことはできないので……個人で生きる方法を考えたほうがいいかもしれません。

 

 

 

  

 

 

  ……             ……              ……

 

 

   「ヨガ」

 

太陽に向かって合掌する

ヨガの名前は

サン・サルテーションというらしい

それは体と心の体操

ずっと昔から

決められたようにやることで

自分も守られ

大いなるものに

参加できる

そういうことがあるだろう

人の作ったルールが

世間を作っているのだから

それ以外の

はみだしたものが

意味のないものかといえば

そうではない

自然に

体が動いて

自然に溶けこむ感じ

じっと静かに感じる

感触

心の底からの喜び

それは幻想かも知れないが

人が本来持っていたものだ

手をつなぐ

かすかな嬉しさ

抱き合って

許し合うように

世界が

ここに

あること

 

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。