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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「社会」について思うこと / 「セイタカアワダチソウ」

 おはようございます。

 今朝は気温が高く生暖かい朝です。今日も暑くなるそうです。

 

  昨日もロト6と7を買いに行きました。

 こんなことが気になりました。

 ぼくは63歳までずっと社会の底辺で仕事をして生きてきたので、「社会って、自分にとってなんだろう?」と思ってきたのです。

 いろんな思いが湧き出ますが……

 貧乏で一生を過ごすなら、いいことはなにもなかったな……と思ったりします。

 人間は、〈貧しさ〉なら耐えられます。けれど、抑圧されて自由になれていないところで感じる貧しさは、強制されたものだと思ってしまいます。

 

 底辺層の先入観なんだろうな、とも思います。

 じっさいは、社会は効率的に出来ていて、社会での役割が重要視されないものは、注目されたり大事に思われることもない、という現実でしかないということなのです。

 人間は自分中心なので、社会からの承認が欲しいし、賞賛されたい。

 でも、社会ってカースト制ですよね。けっこうこれを越えるのは難しい。インドのカーストみたいに形になっていないだけで、どの社会も階級に基づいています。

 

 社会の底辺にいる者は浮かび上がることがない。

 でも、社会はそういうものだ、とも思うのです。

 

 いずれにしても、この社会で生きていくには、なにを職業に選ぶかということが重要だし、要でもあるのですが、選ぶということから除外されて選べない人もいるので、そういう者は与えられている周りの環境に従って仕事をして生き延びていくしかないのです。

 体験からいうと、そういう人はたくさんいます。

 しかたなしに仕事をしている人たち。(こういう言い方でいいのか……でも、そう言うしかない)

 

 ぼくもそうだったのですが……なぜ、働かなくては金を得ることが出来ない世界にしているのか、とずっと不満でした。資本主義だからしかたないのですが……(誰しも生まれてくる前からそうなっていたのですから)

 資本主義では人は労働者で、賃金奴隷なのですが……失業ということになると奴隷になることも出来ないので嫌になっていまいます。

 

 ぼくは中学を出てから工場労働者、アルバイト、臨時雇い、日雇い労働者とやってきたので……底辺で仕事をやる〈苦しさ〉みたいなことをいいたいのです。実感としての、それを訴えたい思いがあります。

 仕事では苦労するのは当たり前ですが、底辺的な環境での苦しみがあります。上意下達の文句を言えないやり方とか、意味のない作業をしなければならないこととか、原因がないのに馬鹿にされるとか……そんなこと。ようするに、人を軽く見たり馬鹿にすることが仕事の潤滑油になっている……理不尽なことが多いのです。

 

 そういうときに、いつも、社会はこういうものでしかないだろうと思いました……

 

 でも、ぼくは、仕事をしないで旅に出たり、インドに行ったりしたのだから、ある意味、人生を楽しんだともいえると思います。わがままに過ごしたともいえます。

 

          *             *

 

 青臭い話ですが、ぼくは「社会とはなんだ」といつも考えます。社会は「こんなのでいいのだろうか……」

 

 どういう社会だと、人が幸せに暮らせるのか。(ぼくの場合はベーシック・インカムですが)

 社会がこうなればいいという理想は描けますが、そうはならないだろうという絶望的な気持のほうが大きいです。

 どこまで行っても、人は、社会に帰属するもので、主体的に参加できる者は階級の上位の者です。社会はそうして動いている。

 

 そうであれば、個人的には、社会とは別のところに人生を作ったほうがいいかも、と思うのです。自分の好きなことをやったほうがいい。

 ぼくがひとりになったのも、そういう結論めいた思いがあったからですが……これも〈自由〉のひとつの在り方と思っています。ひとりだと気を使うことがないので、精神的には自由になれる。底辺で貧乏であることは変わらないので、それなら自由を目指したほうがいい。

 

 この社会は個人にとっては〈檻〉で不自由な縛りでもあるけれど、それで保護されている利点もあるので、結論は出せない、なんともいえないものです。そういう意味で、欲望を肯定する資本主義社会は、人類の歴史では最先端の形としてある……最善のものかも、と考えたりします。矛盾はいっぱいあるけれど、改善しようという運動も、またあるのです。ぼくは疎外された労働がなくなるベーシック・インカムを望みますが……そう簡単に次の経済体制に移行できないでしょう。資本主義社会で既得権益を謳歌している人がたくさんいるので。

 

 あいも変わらず、底辺的な思いから、こんな文章を書いてしまいました。

 66歳でずっと社会の下層で働いてきたと思っている者が書いたものなので、具体的に描かないと伝わらないという批判はあるでしょうが、実感だけでも伝わったらいいと思っています。基本的に、社会論とか社会学の本を読んだほうが、知識としては学ぶものがあるのですが、ひとりの下層民の体験からの思いを書きました。

 

 

 

 

 

 

 

  ……             ……              ……

 

 

   セイタカアワダチソウ

 

迷い込んでしまった

セイタカアワダチソウ

一面に生えている

どこまで行っても

抜け出せない

熱気と

草いきれ

息があがる

 

戦後

このアメリカから来た草は

アレロパシーという強い毒で

他の植物を駆逐して

あっという間に日本中に広まった

群生して

自分たちのテリトリーを作る

誰も共存できない

原っぱを作る

 

自分の背丈ほどもある

セイタカアワダチソウ

荒れ地を

抜けて

向こうに見える山の

麓まで行きたいのだが

直射日光は

肌を焼いて

喉が渇いて死にそうだ

早くここを出たい

ススキの穂が

風に揺れているのが

かすかに見える

あそこまで行こう

この草に罪はなく

憎んではいないが

この密集し

一色に塗りつぶされ

閉じ込められたところから

抜け出したい

罠に落ちた自分が

わかるから

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。