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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

刑法39条と、精神障害者のケアについて / 「川湯」

 おはようございます。

 すこし熱気が残っている朝です。今日も暑くなりそうです。

 

 

 

  26日の事件で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

 

  ぼくはテレビを持っていないのでネットで事件の詳細を知るしかないのですが……ここで犯人がどんな人間かわかりました。

 

 事件が予測できたのに、なぜ神奈川県警は放置したのでしょうか? 大麻の陽性反応も出たので逮捕する機会はあった……そうすれば犯行を未然に防ぐことができたでしょう。すでにその時点で麻薬犯罪を犯しているわけですから。

 

 相変わらず、「事件が起こってからでないと動かない」という警察の態度です。それがいいか悪いか判断は差し控えますが……それなら、あらかじめ、防犯のために警察に訴えても無駄な気がします。事件が起こりそうなのに警察や他の機関が助けてくれないとなると、危険は放置されるので自分で防ぐしかないのです。それだと個人的な限界があるでしょう。

 今回は、警察が、事件が発生するかもしれない情報を持っていたのに放置されていました。それで施設の側も、自分たちで、犯人の襲撃から身を守るしかなかったわけですが……けっきょく対応できていませんでした。

 

 ネットで出てくる情報しかわからないので、一方的な意見を述べても仕方ないのですが、犯行を防げないことは、いまの社会の状況を表していると思います。

 

 措置入院の経過はこのようです。

相模原障害者施設殺傷事件 - Wikipedia

 

 犯人が衆議院議長宛に書いた手紙――

 

……妄想に基づいた内容ですが……

逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。心神喪失による無罪。」

と書かれているように、身勝手な扱いも要求していたようです。

刑法第39条 - Wikibooks

 

 

 

 

 ぼくも「人を殺しても、善悪の判断能力がなかったのだから、罪に問えない」という考え方に違和感を持ちます。

 たしかに、この世で〈異常〉か〈正常〉か、の判断を、第三者が判定するのは難しいです。犯したことに責任を持てる人格かどうか、も判断できないかもしれません。 

 

 ぼくは〈人を殺してはいけない〉と思っています。

 でも、様々な事情で、他人を殺す人は出てくるでしょうし、殺人という犯罪はなくならないでしょう。

 

 刑法39条が論議されるのは、人が人を判断しなければならないからだと思うのです。では、そうしなければいいのではないでしょうか?

 

 犯人が、他人を殺しても生きたいと思っていれば、それは犯人の人生ですから、それはそれでいい。ただ、生きる場所は制限して欲しいです……誰しも隣に殺人者がいる社会は望みませんし、望まないのが自然だと思います。

 また、犯人が贖罪のために死を選びたい、というなら、死刑の執行ではなく、そういう機会を与えたらいいと思います。 

 犯罪を犯したのは犯人ですし、結果的に責任を負うのも犯人です。

 人を殺すような人には、責任能力はある、と思うのです。

 

        *                 *

 

 犯人の放置もそうですが、精神障害者へどう対応するかが、周知されていないのではないかと思うんです。社会で統一した見解がない……

 今回は犯人が精神障害から起こる妄想を実行したと思いますし、施設に収容されていて被害に遭われた方も、被害を防げない環境に置かれていた、といえると思います。

 そういうことに社会的なケアや手助けが必要です。精神障害者を孤立させない援助の仕方が必要です。

          

 ぼくは、多くの精神障害者は、脳の機能不全に悩み、苦しんでいて、他人に被害を与えるようなエネルギーは持たない灰色の人生に耐えている人、と想像しています。ケアや助力が必要なんです。

 

 ぼくらの100人に一人は統合失調症にかかります。ほんとうは、すごくありふれた病気です。

 ぼくら正常だという側にいる人間が、心理的に忌避するのでなく、「ありふれたもの」としてとらえなければならないと思います。忌避して放置していても、改善されることはありません。事態は悪化するだけです。現在では、良い薬も出ているので、昔のように廃人になるというようなことはないのです。

 もっと積極的に、「治療し、ケアする」体制が必要なんだと思っています。

〈異常〉を隠すのでなく、ケアしていく、もっと開かれた社会になってほしいのです。 

 

 

 

 

 

  ……              ……              ……

 

    

   「川湯」

 

川の底から熱水が出ているのだ

砂利が舞っている

裸になり

体を沈めると

温かい湯に包まれる

遠くに

川に沿って建っている

温泉場の旅館の灯りが見える

この河原では

誰も入っていない

石を並べた

手作りの湯船が

そのままだ

それがいい

素っ裸で横たわる

お尻に砂利が当たる

底から湯が湧いている

もう肌寒い季節

旅館にいる人たちは

家族と楽しんでいるだろう

料理など食べているかもしれない

会社の宴会もあるだろう

ぼくは

ひとりだ

湯から出たら

あったかい気持ちで

山のほうへ

歩いて行く

 

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、平和でありますように。