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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

老人になった自由 / 「岩場で」

 おはようございます。

 いま5時で、雨は止んでいます。曇っていますが……

 ラジオ体操には行くつもりです。体を動かしたい。

 

 

 最近、焼酎を飲み過ぎています。

 膝が痛かったので、気をまぎらわしたかったのかもしれません。焼酎を飲み過ぎると、朝、すっきり目覚めない。ぱっと起き上がるのに躊躇してしまう。体が重いというか、昨日から時間が切れてない、って感じなんです。お酒に弱くなったのもあります。じっさいは一日にコップに一杯ぐらいしか飲んでいません。

 

 そういえば、昔はずっとお酒を飲んでいました。 

 工場のアルバイトとか、機械部品の営業とかしていた時は、仕事が終わるとすぐに酒を手にしていたのです。一日の疲れみたいなものを、酒でとりたかった。けっきょく、酔って寝ても、あくる朝になれば、頭がぼおっとしている状態になっているだけなので、疲れも、ストレスもとれません。いちばんいいのは、仕事をやめてしまうことです。わかっているのですが、そんなことはできない。

 

 あの頃は、なんで、「できない。不可能だ」なんて思っていたんだろう。

 每日の生活に追われて、〈何十万か溜めなければ余裕が生まれない〉という気持ちがあったのです。ほんとうに、貯金するだけの余裕がなかったので、生活に追われている状態でした。

 お金が手に入れば「これは家賃」「これで食料を」「これで酒を」みたいな感じで、もともと稼ぐ金額も少ないから、いつも気持が焦っていました。

 

 転職ばかり繰り返したから、働けるところも狭まったし……

 ぼくは、人生で、正社員で14回雇われているんですが、失業保険をもらったことは、若い頃の2回だけです。いつも自己都合退職だったから、申請しても2ヶ月間はもらえないし、そのあいだにアルバイトをすることになる。だから、どうせもらえないようになっているので、申請しなくなってしまいました。アルバイトなどをしていると、就業期間が不足することになるので失業保険の資格が無いのです。

 ある程度の余裕のある人が、失業保険をもらったりできるんだな、と思っています。社会というのは、そういうふうに作られています。底辺の労働者を救うための失業保険じゃないと思うのです。失業保険の資格を持てる人は働くことに余裕がある人でしょう。

 

 ぼくの底辺としての社会へのひがみや絶望も、そういうところから生まれているんだけれど……違うのでしょうか。ぼくの底辺意識は、まとわりついてとれません。

 

 いまは屋根のあるところで生活しているホームレスみたいなもんですから、すべて終わったことのように思えます。1万6千円の家賃以外、お金を使わないし。

 

 なんで、こんな話を書いたかといえば……

 世の中の、若い人で、焦っている人が……世間の中で苦しんでいる人がいると思うのです。ぼくが30代、40代に、焦ってなんとか暮らしを立てていこうと思っていたように。

 

 でもいま老人になって思うことは……

 そりゃ、世間並みに、あるいは人並み以上に、抜きん出て生活できたらいいでしょうけれど、それもしんどいだろうということなんです。どんなに焦って、こうなりたいと思っても、そうならないこともあるのが人生なので……いずれもひとりになります。

 年をとって一人だと、孤独死とかをすぐ思い浮かべますが、そんなにネガティブなことでもない気がするんです。

 ものは考えよう。気持の持ちようです。

 

 ぼくは、〈自分なりの仏教徒〉のせいもあるけれど、老後になってひとりになるのは、みんなそうなんだ、と思っています。誰でもいつかは会社とも縁が切れ、社会的位置づけみたいなものからはずれ、ひとりになる。

 家庭を作っていても、子どもは成長し、離れていく。

 老人になるっていうことは、ひとりになる、ということなんだと思っています。会社も社会も家庭も、もう関係なくなる。(いや、家庭が関係なくなるというのは言い過ぎでした。役割や役目から離れる、ということです)

 

 中年のあいだは、世間の目も、「働き盛りだから一生懸命働いて、役割を果たしてください」という見方をしているんだけれど、年を取れば、もう、そんなふうに見られることはないのです。

 ひとりだし、世間からも自由になる。

 誰にも期待されていないということでもある。それはすごく自由です。

 焦る必要はないのです。いずれ、すべての人が同じ、ひとりになるのですから。

 

 

 

 

 

 

   ……             ……             ……

 

 

   「岩場で」

 

海岸に出ると

風が吹いて

白い波が打ち寄せていた

貝殻の砂浜を通り

岩場に向かう

ウミウがいる

なにを待っているんだろう

海を見つめて

波に運ばれてくる海藻

ワカメやアオサを拾う

命の糧

ホンダワラ

枝のようなものが

波に漂っている

遠くの防波堤に釣人がいる

魚を採るのはいやだ

生きものを狩って

血を流すのが怖い

同じように生きているのに

植物だってそうだが

人の都合で食べられてしまう

自然の連鎖のなかに生きていると思う

風が吹いて

波が

サンダルを濡らす

小屋にあったものを履いてきた

それだって作った人がいる

誰もが 誰かのために生きている

命はつながっている

ようやく日差しが弱まり

熱気が去ろうとしている

もうすぐ

夕ぐれがやってくる

海に落ちる太陽をみたい

波の色は変わるだろう

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、平和でありますように。