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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

自己治癒力 / 「神様の梨」

 おはようございます。

 朝から気温が上がって晴れてきました。

 

 

 昨日からラジオ体操は復活したのですが、「体を動かすことは大事だな」と思っています。いまは、ゆっくり歩くようにしています。

 2週間前から鎮痛剤を飲んでいるのですが、左膝は我慢できるぐらいになりました。それでも完全には痛みはなくならないだろうな、と思います。薬で完全に良くなるのは難しいのじゃないか……症状を抑えているだけで……

 やっぱり、自分の体は自分で治すのです。

 そんなことを思って、

然治癒力 - Wikipedia

 の説明を読みました。薬は助けになるだけで、ほんとうに治すのは自分の体の回復力なんです。病気でも怪我でも。

 東洋的な漢方薬とか、医食同源の考え方に賛同します。

 でも、それにのめり込むのはどうかと思っていますが……

 西洋医学の薬を中心にした医療とか、手術は大事です。疎かにすると、病気への対処法を間違うことになります。

 

 でも、最後は、〈自分の体が、自分で治しているんだ〉と思うんですよね。

 

 

 のサイトも読みました。

 野菜って重要なんですね。ぼくがいつも買っている大根、キャベツ、玉ねぎ、じゃがいも、にんじんは、表の上位に来ていないんですが (^_^;)

 

 いずれにしても、ストレスを貯めることがいちばん体に悪いようです。ストレスはその場で発散したほうがいい。ストレスそのものよりも、それをくよくよ考えるほうが悪そうです。

 ストレスというと、やはり、人間関係がいちばんの原因になっていることが多いです。でも、なんでも、ずっと続くわけじゃない。どんな関係も変わるのです。永遠に続くことなんかない。

 ストレスになるような関係だったら、「もう、や~めた」といってしまったらどうだろうか? ぼくも苛められやすい性格だったから、除け者にされることが多かったのですが、そのときはとてもそういうことを言い出せなかった。いま、年をとったから、いえます。もう人生に期待するものがなくなったから。ひとりになったし。自由です。

 

 意外と、自分の自由を束縛しているのは、自分だったりする。

 病気も、自分が招いていたりする、などと考えるのは、非合理になり過ぎだろうか……

 

 

 

 

     ……             ……              ……

 

  

   「神様の梨」

 

忘れられない記憶がある

もう 曖昧な夢のようになっているが

そのときぼくは18歳で

会社もやめ 旅をしていた

あてもなかった

どこかに行きたかったのだ

長野県のどこか

を歩いていた

 

飢えていた

何日も水しか飲んでいなかった

峠を越えて

山あいの道をひとり歩いて

暑くて倒れそうだった

くたばればいい

と自棄になっていた

 

埃で乾いた砂利の道は

山に向かってどこまでも続いている

遠くには

雑木林や

掘り返された畑があるが

土手から生えている雑草は

道にかぶさり まるで

怒っているようだった

 

汗で臭い匂い

を放つ動物

それが自分だった

なにも持ってない

 

そのとき

原の林の陰に

集落の墓地を見たのだ

近づくと

古い井戸の横には

新しい墓があった

白い石の表面が光っていて

お供え物があった

ぼくは

なにか食べられそうなものを

探していたのかもしれない

 

手に取ると

半分黒ずんだ梨で

思わず貪りついた

腹が減り

死にそうなときに

喉に落ちていく甘さ

を覚えている

悪いことをしているとは思わなかった

 

花立ての菊花は萎れて倒れ

置いてあったビスケットの袋は破け

中身が変色して散らばっていた

たぶん小さな動物が

夜 食べに来るのだろう

ぼくに

腐りかけた梨を残してくれたのが

神様のように思えた

 

あれから 職を変えて

いろんなことをして生き延びてきたが

そのことはいまでも忘れられない

あのときの梨がなければ

生きてはいなかった

 

 

  

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、平和でありますように。

 また、20日にお会いします。