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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

男と女を考える――フェミニズム / 「はまゆう」

 おはようございます。

 暑くなりそうです。扇風機を2つ回しているんですが、部屋に熱気が溜まります。アパートが立て込んだ地区だからしかたないのです。風通しも悪い。でも夏が来るのもいいです。気持ちの持ちようで。

 

 

 フェミニズムをどう捉えるかは難しい。フェミニズムが起こった原因はこの社会にあり、極めて思想的な問題だからです。

フェミニズム - Wikipedia

 の解説を読んでわかる通り、思想的であり、感情的な部分もあります。多様であって、これがこうである、そうなればいいということでもないと思います。

 

 ぼくは、かって小学校で行われていた(いまもそうなのでしょうか?)過激な、性差をすべて否定するジェンダーフリーの運動は、社会の常識を超えているようで、好きになれませんでした。

ジェンダーフリー - Wikipedia

 

 

 いずれにしてもフェミニズムジェンダーフリー論争も、思想の問題なんだとわかります。それは社会が発展する中で、矛盾が指摘され、それを修正していこうという志向だと思うのです。資本主義の発展がなければ、フェミニズムもなかったでしょう。

 女性の社会への進出、雇用の拡大がなければフェミニズムの思想はなかったというか、それだから女性の権利の拡大が必要とされたのだと思います。

 けっきょく、安倍政府が旗を振るような「女性が輝く社会」「一億総活躍社会」のようなスローガンも同じような基盤から出てくると思うのです。よく野党の政策の先取りと評されますが……

 

 社会は、建前をいったり、正論を述べたりします。

 そして、いちおうそれを目指して政策し、その方向へ動いていきます。

 でも、今まで、完全に理想が実現されたことがあったでしょうか?

 

 そんなことをいうのは極端で、悪口でしかないかもしれません。

 でも、思想なら、間違ったりもするし、正しかったり、よくないと批判されたり、いろんな指摘がされる。 

 

  ぼくのいま思っていることを箇条書きにしてみます。間違っているかもしれませんが……

  • フェミニズムは思想的には完全ではない。それは極端に走りやすい感情的なものも含むからです。
  • 男性中心に対する女性中心主義的な視点ともいえます。それは批判として有効ですが……
  • 女性の社会的権利の拡大につながった。
  • たぶん、無意識に資本主義の要請に答えている。それが〈女性の経済的自立〉みたいな表現だと思う。
  • 社会にとって、フェミニズムは必要だった。
  • フェミニズムを必要としたのは、新しい労働力を必要とした資本家。
  • 女権拡張、女の自立という考え方は一定の範囲では正しい。

 

 ぼくは女性の権利が拡大されることには賛成です。

 でも思想的に正しいからと迫られると、ちょっと違うかなと思います。リベラルとフェミニズムは同じようなレベルで捉えられることが多いのですが、左翼的で公務員のような安定した職業の女の人が持つ思想、と世間には受けとめられている気がします。ぼくは底辺から見てそう思ってきました。生活での苦労がないので、建前とか.観念を優先できる恵まれた人たちだと思うのです。

 

 資本主義社会においてはあらゆるものが商品化される、といったのはマルクスです。

 だから、ぼくは、〈思想だって商品化されている〉と思っています。流行の考え方とか思想、評論は、何かに望まれて出てきていると思っているんです。そんなことを考えると、フェミニズムという思想も、社会の要請で出てきたんだな、と考えることができます。フェミニズムが促進したのは、女性の社会進出、そしてすべてを個人から考える個人主義、家族制度の解体。これらは資本主義が望む環境と一致していると思うのです。

 

 社会的な役割というのは、社会があるかぎりなくならないと思っています。

  男の役割、女の役割、子どもの役割、労働者の役割、公務員の役割、市民の役割、政治家の役割、芸能人の役割、国民の役割、近所の役割、学校での役割、会社での役割……など、など。現代社会は、立場、位置によってその振る舞い方が違うようになっていて、人が多くの違う役割を担うようになっている。

 性差の役割があることを批判する視点は大事だと思いますが、たかが社会が作っている役割の差じゃないですか。

 社会も変わるし、役割も変わるのです。変わらないものはありません。そう思うので、現実の些細なことにこだわらずに、大らかな視点から社会を変えていけたらいいなと思うのです。自然なのがいちばんです。

 

 フェミニズムも資本主義も西欧の思想です。

 かってアジアにはアジアの思想がありました。西欧中心主義でなく、その地域に根づいた思想や習俗です。日本の国も独自の倫理と道徳観で作られてきました。そういうことを考えると、いまの西欧中心主義の考え方が全てではないように思えます。そこからはずれた視点も必要でないか。

 

 これが絶対に正しいというような思想はないでしょう。

  

 ぼくはいつも「自分なりの仏教徒」という思いに帰って来るのですが。

 

 

 

      ……           ……            ……

 

   「はまゆう」

 

波がきて ひいて

くり返し くり返す

乾いた砂に座り

彼方を見つめる

ひとり

ここにいる

跳ねるような陽射しにうたれ

ここに座っている

考えることがあったような気がするが

もう いいと思える

防波堤が切れたあたりに

はまゆうが群生している

白い花が乱れて

咲いている

多くの人を捨ててきたとおもって

胸がつまる

波がきて

白い泡が消える

くりかえし

くりかえし

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、平和でありますように。

 また、13日にお会いします。