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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

規範が嫌いです / 「森の前で」

 おはようございます。

 大阪の今朝は快晴です。空気も冷たいくらいで快い。

 最近は4時50分頃に日が昇り、7時半頃日が沈む。日が長くなっています。一日、いろんなことがやれそうです。 

 

 

 ぼくはずっと社会の下層で生きてきたので〈規範〉が嫌いです。というか〈上から目線で押し付けてくるもの〉といったほうが正解です。「こうしろ、ああしろ」「こう考えるのが正しい」というようなもの。

 他人に、命令するとか、こうやるべきと強制してくる力。

 ぼくはぼくで考えているんだから、ほっといてくれといいたくなります。

 これでも社会的常識はわきまえていますし、それ以上、他人に従う必要とか、権威に跪かなければならない理由はないでしょう、といいたくなります。

 

〈正しい〉ことは人の数だけあるので、その人がその人で正しいことをしているなら、それでいいのではないか。他人に「これが正しい」と過剰にアッピールするのはなんでしょう。他人を巻き込んで、自分が指導者になりたいからでしょうか。他人を支配したい……他人を自分の思うように動かすのはある意味、快感ですから……

 

 自分のグループを作りたい……自分が中心でありたいのか。

 

 規範とは何か、検索してみました。

 どうも「……すべし」ということを含むようです。

 ひとつの集団の共通の意識。「こうだから、こうしろ」ということになる。

 

 

 ぼくは48歳で西成に日雇いの作業員に行ったのですが……けっこう辛いものがありました。朝は5時には起きて労働センターまで行かなくてはならないし……仕事を見つけるのは、手配師に仕事があるか訊く勇気が必要です。慣れてくると苦にならなくなって、ずぶとい神経にもなるのですが……現場がどこかもわからない毎日でした。(まあ、仕事が見つかった時点でもう一日終わったようなもので、金が手に入ると思うと安心できました)

 

 そんなことをしているうちに、飯場で仕事を斡旋してもらえるようになったのですが……それから2年ぐらいで派遣の作業員の常雇いになったので、不安定な気持に苦労することはなくなりました。

 

 なぜ日雇い作業員になったかといえば、ハローワークで紹介される仕事が碌なものがないからです。50近くなると、ほとんど仕事が無いといってもいい。仕事があっても、文句を言われてやらされることが多い、その割には自分の益にはならない。臨時で、使い捨てだとわかってしまいます。たしかに底辺の年くった労働者なんて、まともに扱う気にならないのは、そうだと思います。質も悪いので。社会の下層では矛盾が多いし、投げやりな気持ちになります。

 

 それでも金を稼がなければ生きていけないし、酒に逃げることが多かった。若い時みたいに馬力もないから、途方に暮れていた。どうしようもなかったのです。

 いろんなことを考えましたが……仏教がいちばん合っていた。その考え方でいままで生き延びることができました。

 

          *            *            *

 

 規範がなぜ嫌いかといえば、価値判断が伴うからです。「こうすべき」「こうであるべき」「これが正しい」「こうしなければいけない」……

 

 人間というのは争いごとが好きだと思うのですね。そして正しいことを争う。誰もが「自分が正しい」と思っている。

 なぜでしょう……誰もが苦労する人生なんだから、いっときでも仲良くやればいいと思うのです。

 できないのは……争ったり喧嘩したりすることでアドレナリンが亢進して気持ちがいいからだと思うのです。他人と争うと〈生きている〉感じがするんだと思うのです。たんに動物的な反応に過ぎません。テリトリーを守る意味もあるんでしょう。

 

 人は、信じこまされている先入観とかにも惑わされやすい……

 マスコミによって作り出された世論みたいなものも多いと思います、というかマスコミは〈空気〉を作り出すために全力を注いでいるようです。

 

 世の中は不平等ですし、エリートがいて、その人たちがいうことが正しいことになっている。権威といえばいいのか。ヒエラルキーがあって……

 政治家はあまり信用はされていないけれど、権力は認められていて「しかたない、そんなものだ」と諦められているところがある。(甘利さんは不起訴になるそうですが、収賄という犯罪じゃないんですか、とぼくは思っている)

 この社会が正しいことをしているとは言い難い。

 

 社会の上層の人たちがやっていることが、納得できるたり正しいことが多ければ、規範的なものに反発したりしないのですが……子どもでもわかる不正義が堂々とまかり通っている。

(ぼくは自分なりの仏教徒なので、人ってしようがないなあ、と許す気持ちもあるのですけれど、社会はちゃんとして欲しい)

 

 

         ……            ……            ……

 

    「森の前で」

 

 寒くて何度も目が覚める

足先が痛い

氷に触っているようだ

ちょっと前に

なにかわからないものが

テントを揺らしていた

 

こんな草原に

ひとりでいるのだ

夜なか

水の匂いに囲まれて

 

星が降っている

そういう形に空があって

 

なにをしよう

人がいるところから遠く

逃げてきた

まだわからないものに語りかける

ぼくは元気ですか

胸がいっぱいになって

泣きそうになる

それを見ている自分がいる

どこまでも自分がいて

 

深い森の向こうでは

獣たちの魂が

燃えている

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、平和でありますように。