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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

苦難は永遠につづくわけじゃない / 「窓」

 おはようございます。

 連休ですね。お休みで旅行したり、家族で出かけたりしている人も多いでしょう。熊本地震のボランティアに行っている人の映像も見ました。人のために働けるなんてすごいことです。被災されて避難所にいる方も、不便で苦しいと思いますががんばってください。普通の生活に早く戻ることができますようお祈りします。

  

 苦難は永遠に続くわけじゃない、ということを書きたいと思いました。『どうせ死ぬのになぜ生きるのか』という本を読んだからかもしれません。

 生きているなかに、喜びも悲しみも苦しみもある。

 ぼくは還暦を過ぎたあたりから、なんでも過ぎ去るんだな、という思いを深くしました。ほんとうになんでも終わってしまう。短い人生です……

 

 西成で日雇いの作業員をしていた時、嫌になったときや苦しいときに思ったのは「この苦しみが永遠に続くわけじゃない」ということでした。

 考えてみれば、十年前は思いもしなかったことをいま生きている。ずいぶん違う。よいことであれ、悪いことであれ、考えもしなかったことになっている……ぜんぶ変化するのだな、と思ったのです。

 

 日雇いは不安定です。毎朝、仕事を探さなければならない。

 現場も毎回変わる。仕事は「片付け」だから誰でもできるけれど、誇れることでもない……人も変わるので、心が安定しない。たまに継続した仕事で一息つける。

 人や世界から切り離されている気がするのです。孤独で頼るものがないのが、いちばん辛かった。でも、それも派遣の仕事で常雇いになれたことで終りました。50歳の時です。

 

 その頃、思っていたことは、こういうことです。

「今日の、いまの苦しみが、明日はないかもしれない。1ヶ月先にはもっとよくなっているだろう。3ヶ月先には違うようになっているだろう。毎日、同じことを繰り返しているようでも、変化して違うようになるんだ」

 

 ぼくは自分なりの仏教徒なので、「諸行無常」=すべては変化する、ことを信じたのです。それがなければ耐えられなかったかもしれない。でも「すべては変化する」のは真実です。

 どんなに苦しいことも、終わる。

 はじめがあるものは、終りがあるのが当たり前です。苦しいことも、うれしいことも終わるのです。すべて変化する。

 いまあることが永遠に続くわけじゃないのです。

 

     *           *           *

 

「苦しい時の解決法」を検索してみました。

 

心の扉

 というページが出てきました。いいことを書いておられます。自分の感情や気持のコントロールの仕方です。感謝します。

 

 すべて変わるんです。

 ですから、いまの状態にこだわることは意味が無いんです。いまの苦しみも、変わります。

 

      *           *           *

 

 諸行無常

 諸法無我

 涅槃寂静

三法印のこと。ぼくは自分なりの仏教徒なので、このことをよく思います。

 

 ここからは仏教の宣伝です。(^_^;)

 

 このページの、

諸法無我の解説がとてもわかりやすかったです。ありがとうございます。

 

     *           *           *

 

 生きていれば苦しいことはいっぱいありますが……感情に左右されないほうがいいです。感情に身を任すと破滅的なことをしてしまいます。

 理性的に行動するよう心がけたいです。結局、お釈迦様のいわれたことも、「考えて、善いことをしなさい」というシンプルなことだったと思っています。

 

 

    ……            ……             ……

 

 短詩に憧れます。俳句みたいに、いつでも詩を書けるといいのに、と思っています。

 

 

 

   「窓」

 

見上げると

空の窓

 

覗くと

自分が落ちていく

 

 

 

 

 

 ………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、平和でありますように。