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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

危機の時に自分を支えるもの /

 おはようございます。

 熊本地震が起こってから5日めの朝になりました。

 土曜日、日曜日はずっとパソコンで報道特別番組のライブ中継を見ていました。被害の大きさに言葉がありませんでした。亡くなられた方も44名になりました。ご冥福をお祈りします。

 崩壊した家から赤ちゃんが無事に助けだされたり、おじいさん、おばあさんが運びだされるのを見てよかったと思いました。

 救助隊が懸命な姿に感動しました。

 ぼくはこんな生活をしているので、何もできないけれど……避難された方の無事をお祈りすることだけはしたいと思っています。

 

 迅速に救助の手が差し伸ばされているのはいいことです。政府も自治体も一丸となって対応しているようです。不便があっても、みんなが他の人のことを思いやれば乗りきれると思う。

nstimes.com

のような混乱があっても……いずれ解消できる。もう少しの辛棒です。行政がいつまでもぐずぐずするのは困りますが……

 阪神淡路大震災東日本大震災も乗り越えてきたので、だいじょうぶです。行政や政治には確かに足りないものがある、それを少しずつでも改善していきましょう。こういう危機のときにネガティブな気持になるのがいちばんよくないと思うのです……

 

 災害で危機に陥ったときに、他人を助けている人を見ると心を動かされます。

 社会というのは、いろんな矛盾もあり、うまく機能しなくて生き難いこともあるけれど、人はこういうときに助け合える面も持っているんだと再認識しました。

 ぼくは社会の下層で生きてきた底辺の人間といえるけれど……それで社会のずるい面や、人の汚い面を見てきたといつも思っていたのです、でも、この災害で助け合う人々を見ていて心を動かされます。いいなと思ったんです。人は助け合える。

 

 

 多くの人がこの大きな災害で人生を狂わされてしまいました。家を、財産を無くした人もいる。

 でも社会からきっと助けてもらえます。こういう時のために人は社会を作っているんですから。人は、こういう危機に対処するために集団を作っているんだと思います。助け合わなくてなんのための社会なのか。

 

 地震があっても社会全体の動きは変わらないように見えます。

 月曜日には会社に行かなくてはならないし、普通の日常の生活をしなければならない。働かねばならない。電車に乗り、通勤しなければならない。普通の暮らしを続けなければならない。

 競馬もあり、野球もゲームが行われる。花見をする北国の人もいるでしょう。

 でも、災害に遭った人たちのことを忘れているわけではないのです。

 それぞれの人が自分たちに与えられた場で、自分の役割をはたすことで、助けあっている……そういうことを思いました。

 救助に駆けつける人も、援助物資を運ぶ人も、それを配る人も、災害の被害を検証する人も、心で応援する人も、すべてそれぞれの場所で被災者のことを思っています。みんなが同じ仲間なんだ。

 

         *         *         *

 

 でも、個人のことを考えれば、災害で傷ついています。それぞれの人が、深く傷ついていると思います。痛みを持っている。

 こういう危機のときに、心を奮い立たせてくれるものは、人それぞれ違うでしょうが、ひとつは個人が持っている思想や信仰だと思います。自分を支えてくれるものは、自分を励ますものでしょう。

 

 ぼくは自分なりの仏教徒なので、個人の危機のときにいつも仏教の考え方に立ち返りました。それでもほんとうに仏教を支えにしようと決めたのは50歳ぐらいの時だったのですが……

 

 ほんとうに自分の心が制御出来ないときに、自分を落ち着かせる何か、自分を冷静にさせ、立ち返ることができるなにかが大事なように思えます。

 多くの人にとってそれは家族への思いであったり、愛情だったりするのでしょう。人にとって、人は大切です。

 危機に対処する考え方も、思想も、信仰も大事です。

 

……そんなことを思っています。

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、平和でありますように。