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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

オープンな学校

 おはようございます。

 

 昨日ぼくが言いたかったのは「現実の状態を認めようよ」ということです。

 いじめはあるし、先生の言動が原因で自殺する子どもたちがいる、現実をちゃんと認識することが必要なんです。

 いくら理不尽だと思っても、いじめる奴は出てくるし、指導力不足の教師はいる。それが学校の現場の状況です。誰が悪い、こうすれば改善する……という議論は今までされてきたと思います。でも、なくならない。悲しい事件は続きます。

 だから、「そういうところだ」と、ひとりひとりが覚悟して生き延びようと決心することなんです。

 それは世の中に出てもそうだと思うのです。

 

 大きな組織は変わるのに時間がかかります。社会は個人が願うようには変わらない。

 社会のシステムとか組織とか集団は……天気のように自然に近い。人間が望むように変わらない。

 なぜなんでしょうか。

 人は集団で種として生きてゆく……その本能が集団を支配しているからです。個人の願い通りにならないことで集団を維持しているんだと思うんです。個々ばらばらの個人の考えに、いちいち影響を受けていたら、集団としてまとまりませんよね。

 

 ぼくは自分なりの仏教徒なので、生への執着=無明が、そうさせるのだと思っています。じっさい、願い通りにならないのが人生だし、社会なのだと思っています。逆に、何でも思う通りになると、怖ろしい世界になってしまう。エゴイズムだけの殺伐とした世界になるでしょう。

 

 

 教育の現場の原理を作り出しているのは、文科省の官僚や、日教組のような学校の先生の組織や、教育評論家のような人たちでしょう。また、政治家の政策が直接な影響を与えるでしょう。

 教育は、そのような人たちが作り上げています。

 それに、専門的な理論や理念がある。

 そういう人たちの考えが、いじめや、常識はずれなことをする教師の言動をやめさせるように動いてくれたらいいのですが……

資料2 教育関係団体等向けアンケートでの主な意見:文部科学省

 

 

 

 

のサイトを読むと、アメリカでは教師も契約社会の労働者として扱われていることがわかります。つまり、責任が明確なのです。

 

 日本の先生は長時間労働に苦しめられています。本来の教育以外の仕事が多すぎるのです。そういう現場では投げやりで質の悪い教師も出てくるでしょう。それは自然のことです。

 

 現状を否定的に捉えるばかりでなく、こういう努力もされているということも見なくてはならないと思います。 

 読むと「たいへんなんだなあ」と共感もできます。

 

教員は校内では必ず2人以上で行動すること

 このサイトでは複数担任制の利点を挙げています。

 

 

       ……         ……

 

 考えれば考える程、問題が山積みなんだなと思います。

 

 でも、ぼくのような素人はシンプルに「寺子屋みたいな学習のやり方に帰ればいいじゃない」と思ってしまいます。

 画一的に、大規模に、一律の教育を施そうとするから、集団としての機能不全が出てくるので、もっと自由な学校制度にしてしまえばどうか、と考えるのです。

 

 極端に言えば、学びたい者が学べばいい。

 勉強したくない者は、読み書きと算数ができればいい。それと常識的な歴史を知っておくぐらいでいいのでないでしょうか……後は、自由に自分が知りたいことを先生に聞きに行くぐらいでいいと思うのです。

 

 この高度資本主義の社会では、そうもいかないのでしょうか? 空想的な考えなのでしょうか。

 

 

オープン(壁のない)小学校って…? : 妊娠・出産・育児 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 

        *            *

 

 とにかく、いじめなどがない、子どもがのびのびと学習できる学校であってほしいです。

 人と人がつながればできると思うのですが……

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが穏やかで、平和でありますように。