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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

漫画「みちくさ日記」を読んで…… / 安東次男 許南麒 浜田知章

 おはようございます。

 

 この漫画を読んでみてください。

       トーチweb みちくさ日記

 絵が、いいな。

 無理に描いてない。それでいいんだ、と思える。

 ずっと、読んでいて、せつない気持ちになった。いろんなことがあるけれど、がんばって、って声をかけたくなった。病気とつき合って生きるのはたいへんです。

 それでも、生きるのは楽しい、と思いたい。

 みんなも、同じように生きている、と思う。

 

 統合失調症は100人に一人がかかる脳の病気で、そうだとすると日本には100万人ぐらいはいるのです。すごく多いし、風邪ひきと同じようにありふれた病気です。その症状には、ぼくらが慣れ親しんだ〈日常〉とは〈違う感じ〉を受けるので、異様に思って、避けたり、見ないようにしてしまいますが……

 

 

 つきあい方がわからない……

 でも、それは患者さんもいっしょです。

 そして患者は、その病気のために苦しんでいる。

 

統合失調症|疾患の詳細|専門的な情報|メンタルヘルス|厚生労働省

 

統合失調症 - Wikipedia

 

理解する | 統合失調症ナビ

 

 ぼくらは「日常」に生きているので、その日常の感覚が失くなる辛さを知ることができません。

 でも、大切な人を喪った時とか、失恋とか、絶望とか悲嘆が……ずっと永遠に続くとしたら……どうしていいか、どう考えていいかわからなくなる。そんな時のような心の状態だと思えばいいかもしれない。

 

 人間は生まれてくる時は未熟で、少しのことで機能が損なわれる。この病気は、脳の神経伝達の異常とか、また、感覚の機能不全によって、現実の〈認知に異常が起こって〉自分が自分でない状態になっているのです。自我が弱くなっている。

 

 時々、病気が原因の殺人事件などが報道されて、〈精神障害者=危険〉と思ってしまうのですが、個人の責任もあるだろうけれど、先入観でそう思わされていることが多い……病気が周囲によって完全にケアされていない状況が問題なのだと思うのです。多くの患者は、病気で精神的にスポイルされて苦しんでいて、現実感を喪失しているので、犯罪に走るほどのエネルギーを持たないと思っています。たまに異常な興奮に襲われて他人を加害してしまう……被害妄想から行動してしまうので、本人は防衛するためにやったと思っているケースが多いのです。

 

 病気の症状をおさえる治療法が、もっと増えればいいのにと思います。

 

 

 ぼくは、派遣の仕事をしていた時に、気分障害の人といっしょに働いていたけれど、鬱症状にならないように薬を加減して飲んでいるのを見ていて、「たいへんだなあ」と思いました。

 

 ぼくらは……必ずしも完全じゃない。すぐ病気になるし、障害を持って生まれてくる人もいる。健康を損なう。老人になって、認知症になって、妄想を持ったり幻覚を見る人もいる。精神や体に障害を持つ人は、全体の1割ぐらいはいると思う。

 そんなことを考えると、むしろ、不完全なものが人間だし、それでも、なんとか生きていかなくてはならないのです。

 

 あまり、正常とか、こうだ、ということにこだわる社会はいいとはいえない。過剰に、機能的に、合理的に、組織的にしてしまうと、人が生きる余裕とか遊びが無くなって、結果、苦しむことになる。

 正常で健康な人ばかりだと、疲れるし。(^_^;)

 

 人間は不完全だから、その不完全なままでも生きていける社会であったほうがいい。

 社会保障ってそういうものでしょう。

 すこしまともにできない人間でも生活ができる体制を作ることです。

 

 いま、政府がやっているように、年金とか社会保障にかかるお金を削減することもしかたないけれど……介護などの大事な部分にかかるお金を減らしているので……何か、間違っていると思います。

 社会保障福祉事業で医療費が増え続けるのは……医療が儲かる体制になっているからです。以前からいわれていることですが、「社会福祉が食いものにされている」と思います。誰が犯人かは、わかりませんが……金がかかるところに利権が生まれるのは、資本主義なのでしかたないのかもしれません。

 

 新自由主義の儲けることが中心の経済のやり方があって……一方で、社会の当たり前から落伍せざるを得ない人たちがいる。格差がありすぎる。

 

 

 建前的になりますが……m(_ _)m

 ちょっと不完全な人も当たり前に生活できる社会がいい。安心して生きていける社会がいい。誰も、過剰に贅沢で豊かな生活は望んでないと思うのです。

 

 

 

 

 

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 【安東次男】

安東次男 - Wikipedia

 

私の好きな詩人 第62回 – 安東次男 – 石田瑞穂 « 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト

 

『CALENDRIER』 安東次男 : 森のことば、ことばの森

 

安東次男の詩「球根たち」のメッセージは? - 文学 | 【OKWAVE】

 

 

エスペランサの部屋: 六月のみどりの夜は──安東次男詩集より

エスペランサの部屋: 人それを呼んで反歌という──安東次男詩集より(2)

エスペランサの部屋: みぞれ──安東次男詩集より(3)

エスペランサの部屋: 卵──安東次男詩集より(4)

エスペランサの部屋: ぼくの名まえは──安東次男詩集より(5)

エスペランサの部屋: 安東次男

 

ライターの芸術論:詩の言語/「食卓にて、夏の終わりに」「人それを呼んで反歌という」 

 

流離譚‐本と絵と見えない恋と‐: 安東次男ノートとイタリア文学と

 

『今を生きるための現代詩』が秀逸だ - mmpoloの日記

 

安東次男「現代詩の展開」をめぐって - 言葉のあや織り

 

      *            * 

安東次男拾遺句詩集『流火草堂遺珠』(りゅうかそうどういじゅ) - ふらんす堂オンラインショップ

 

エスペランサのファイル: わたしは感謝する──『安東次男全詩全句集』に寄せて

 

      *            * 

 解説によると安東次男は詩集『六月のみどりの夜は』 (昭和25年)によって登場したそうです。それは左翼的立場から書かれた反戦詩だったのですが、斬新な発想と方法意識を持っていた。そして第二詩集『蘭』(昭和26年)によって詩壇的地位を確立した……ここではその冒頭の詩「死者の書」が載っています。その二連……

おれたちはあの日以来二本の足で歩きまわることをやめた。

さればといって手の長さと脚の長さのちがってしまったおれたちは、

もう四足で歩くことは永久に御免だ。

おれたちは二本の手を

それが最大の忍従のように、ぺったりと前へ突き、

嬉しそうに膝ではいずりまわる。

巨大な暗紫色の茸雲を

あの日薔薇いろの鉱石質の空に見てから、

おれたちの腹は孕女のそれのようにふくれかえり、

臍からじゅくじゅくと油を垂らす。

その量がやれ多いの少ないのと騒々しいこと。

ひとの拭いたところをまた汚したといって喧嘩すること。

それがおかしいといって

あばら骨がすいて見えるほど苦しげに笑いこけること。

もうおれたちは恥部なぞかくす必要はない。

それにかかずらわっている余裕もない。

おれたちの頭痛の種は

いまこの始末のわるいふくれかえった暗赤色の臍をどう始末するかだ。

             (二連)

 

 非常にグロテクスなイメージですが、この背景にあるのは原爆の悲惨さで、告発の詩なのです。ただそれだけでなく、この詩が持っているのは生理にまでなったリアリティといえます。そこから生の意味を深く考えさせることです。

 

 安東次男の詩は難解に見えますが、サイトにも書かれていたように、イメージをたどっていけば、詩人が訴えたいと思っている本体に行き着くと思います。

第一次大戦後ヨーロッパに起こったシュルレアリスムは、戦前の二本では単に詩的意匠としてしか受けとめられなかったのに対して、ここではそれが思想の内部において受けとめられている。このようなシュルレアリスムの受けとめ方は、安東次男の場合が実際に最初の例だった。」(P267)

 

 

 

 

 

【許南麒】

許南麒 - Wikipedia

 

詩人・許南麒(ホ・ナムギ)の確固たる人生 [前編]ストレートな抗日詩の力強さ - ヌルボ・イルボ 韓国文化の海へ

詩人・許南麒(ホ・ナムギ)の確固たる人生 [後編]ふと漏らした呟きの底に・・・・ - ヌルボ・イルボ 韓国文化の海へ

 

許南麒先生の詩 ( 社会教育 ) - 呉西湖の一言 - Yahoo!ブログ

 

許南麒先生の「火縄銃のうた」 ( 社会教育 ) - 呉西湖の一言 - Yahoo!ブログ

 

  検索では詩はひとつしか出てきませんでした。「これが おれたちの学校だ」

 この詩は、(一九四八年四月、東京都京橋公会堂で開かれた朝鮮人教育不当弾圧反対学父兄大会に寄せた朗読のための詩)だそうです。思想教育のためのスローガンの詩だったのですね。ぼくは政治思想を優先する詩は嫌いです。

 この本に載っている在日朝鮮人の詩人は彼だけです。本を出版するにあたって取り上げなければならない事情があったのでしょうか? ここでは「栄山江」という詩が掲載されているのですが……解説もほとんど書かれていません。

「この詩の哀切さはじつに深く、誰しも心動かされずにはいないだろう。」(P271)

 

 

 

 

【浜田知章】 

浜田知章(はまだ ちしょう)とは - コトバンク

 

伊藤芳博(詩を読む)詩学

 (このサイトで浜田知章の詩が取り上げられています)

 

〈朝鮮と日本の詩人-26-〉 浜田智章

 

浜田知章「日本の哲学者について」、鈴木志郎康「極私的ラディカリズム」 - 詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

 

 検索してもなかなか詩が出てきません。

 この本では「恐怖の誕生日カード」という詩が掲載されています。昭和28年(1953年)アメリカで原子力スパイ容疑で逮捕、処刑されたローゼンバーグ夫妻の事件を描いた詩だそうです。冤罪事件として国際的な抗議の声が上がったそうです。

 解説によると、浜田知章は詩誌『山河』の社会派詩人で記録的リアリズムの方法で、すぐれた詩を書いたそうです。映画的なモンタージュの詩法で。

 ぼくとしては、政治的な信念で書かれた詩は薄っぺらな気がします……読者を誘導するために書く宣伝のような気がするのです。

 

 

 

 

 

        (リンクさせていただいたサイトの方に感謝します m(_ _)m )

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。