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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「困った性格の人とのつき合いかた」を読みました / 北村太郎 秋谷豊

 おはようございます。

 

 図書館から借りていた、 

 を読んだので、まとめます。

 Amazonのレビューは概ね好評ですが、専門家(?)からの批判もあります。

パーソナリティ障害を理解して自分を守る
とあるのに、ヒステリーについて話している。
ヒステリーはパーソナリティ障害ではない。
また、ヒステリーを身体表現性障害と書いている。書くなら解離性障害である。

とか、

いわゆる「パーソナリティ障害」の人たちとの付き合いかたを紐解くことが本書の主旨らしいのだが、なぜ「困った」人、というフレーズを使ってしまったのだろう。 

 の、意見。

 

 専門的に見ると批判される部分もあるということか。でも、わかりやすかった。

 ぼくは、読んでいる途中で、「自分は、回避性パーソナリティ障害なんだろうな」と思ったのです……^^;

 

 全体の構成はこうなっています。

1章 あなたの隣の困った性格の人

     いろんな事例を紹介しています。

2章 困った性格のタイプ分け

     境界性パーソナリティ障害

     自己愛性パーソナリティ障害

     ヒステリー性格

3章 困った性格の病因論

     どうしてそうなるのか

4章 困った性格の人への対処法

     共通して言えること

     境界性パーソナリティの人への対処法

     自己愛性パーソナリティの人への対処法

     ヒステリー性格の人への対処法

5章 自分自身がより強くなるためのいくつかの方法

     コミュニケーションスキル

     マインドフルネス

     怒りの感情への対処法の練習

 

と、いうように論理的に書いてあります。

  • 「困った人」とはどういう人か。
  • タイプはこうわけられる。
  • 原因は?
  • だから、こう対処する。
  • 自分がより強くなるために。

 

多くの読者が知りたいのは、どう対処するかということです。

  • P158~178までは、こういう考え方で対処すればいいということ。
  • P179~216までは、個別の事例の対処法。

 

対処法のまとめ

  1. 自分と相手の境界があることを明確化する。
  2. 自分の問題、相手の問題と、分けて考える。
  3. 境界線を越えて、手や口を出さない。
  4. 自分にできること、できないことをはっきりさせる。
  5. 仕返しはしない。悪循環にしない。

 自分のなかのネガティブな感情も、それでいい、と理解するようにする。

 マインドフル=気づき

 

 ぼくの考えですが、困った人というのは「人間関係ゲーム」が好きです。人との関係を戦いにしてしまう。勝ったか、敗けたか。敵か、味方か。ボスか、従う子分か。

 強いか、弱いかだけが、人間関係だと思っている。

 自分で自立できず、他者に依存しているのです。他人を利用することで、自分が強い立場に立ちたい……

 

 この本にも書いてありますが、困った人はルールを破ろうとする、境界線を越えて構ってくる。相手に同情してしまって、なんとかしてあげたいという気持にさせる。依存関係を続けようとするのです。

 そういう健康でない状況に引きずり込まれないようにすることが必要です。

 

 困った人はネガティブな感情に支配されています。他人を非難する感情が心を占めていることが多い。自分にも劣等感を持ち無力感を持っている。

 そういうネガティブな感情を分かち合わないこと。

 困った人と自分のあいだに境界線があることを自覚する。

 

 

P232には「問題を解決する手順」が載っています。

  1. 問題を具体化、明確化する
  2. 解決策を思いつく限り列挙する
  3. それぞれの解決策のメリットとデメリットを検討する
  4. どの方法がよいか、選ぶ
  5. 準備して、実行する(必要があれば、リハーサルする)

 

自分自身の気持ちにしっかり気づく練習(マインドフルネス)

  • 椅子に座って……ゆったりと
  • 思い浮かぶことを認める
  • 感覚に注目する
  • 呼吸するときにお腹の感覚に注意する。なにもしなくていい。

(詳しくは本を読んで下さい)

 

         *          *

 

 困った人との関係に、心理学の面から対処する方法が書かれてありました。現代は人間関係がより複雑になり、自律するのが困難な環境になっています。人間関係が場面によって分断され機能化されている。

 それを見直すという意味で、この本はいい、と思いました。

 

 

 ぼくは、自分なりの仏教徒なので、もう人間関係に囚われることはしたくない。今まで嫌な人にも会ったし、無力感でいっぱいだったこともある。そういう空虚さの原因を、仏教を知ることで解決できたと思っています。ぼくのなかでは、すべてのことが、仏教の教えで解決できるようになりました……この本はいい本ですが、やはり学問的な限界はあると思いました。 心理学から導かれる対処法でしかないと思います……

 

 でも、人間関係というのは難しいものですから……解決法を提示できるだけでもすごいことです。多くの読者が、解決の仕方がわかりほっとすると思います。

 

  

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

北村太郎

北村太郎 - Wikipedia

 

北村太郎(その詩と死)

 

今週の詩 | センチメンタル・ジャーニー 北村太郎

 

Gallery RENGYO北村太郎の「八月の林」

 

『愛の詩』を読む/悲恋「恋」-北村太郎

 

<悲恋 『恋』 ・・・ 北村太郎 の詩> ( 詩 ) - 自然のなかをゆったり散歩と詩と本のはなし - Yahoo!ブログ

 

http://www.interq.or.jp/sun/raintree/rain18/fuyuwo.html北村太郎「冬を追う雨」を読む

 

冬の夜の世界の不思議な詩 ~北村太郎 『寒い朝』(ポエコン 21号)~ : ポエミケーション - 詩 ワークショップ ことば -

 

北村太郎 - わたしの感情の歴史/「朝の鏡」

 

http://flas.waseda.jp/rilas/wp-content/uploads/sites/6/2015/11/fd5bbbd4349d865a88040bd38fe2b373.pdf/『港の人』は何をしているのか――北村太郎の表現

 

『北村太郎詩集』、岡田刀水士『谷間』 - 十夜録

 

          *          *

ANGOUNOSI北村太郎の「暗号の詩」

 

北村太郎と田村隆一: かわうそ亭

 

東京大学(英米文学)・阿部公彦の書評ブログ : 2008年01月/「荒地の恋

 

『荒地の恋』ねじめ正一 / 詩人・北村太郎の恋の行方と結末 - *ひだまりさん日記* ~晴れ 時々 読書とパン~

 

荒地の恋/ねじめ正一 : マイケルと読書と、、

 

荒地の恋のストーリーあらすじとキャスト相関図!モデルは北村太郎 | 星々の煌めき

 

3刀流だった「荒地詩集」の北村さん めい展・じゃあなる/ウェブリブログ

 

『センチメンタルジャーニー ある詩人の生涯』 北村太郎: とみきち読書日記

 

続・北村太郎詩集 感想 北村 太郎 - 読書メーター

 

北村太郎(文学者掃苔録)

 

          *          *

 この本には「センチメンタル・ジャーニー」という詩が二篇掲載されています。北村太郎にはこのタイトルの詩が三篇あるそうなのですが、二作目(昭和23~24頃作られた)と三作目(昭和28年作)です。その二つの詩を批評しながら、詩人の本質に迫っています。

 

滅びの群れ

しずかに流れる鼠のようなもの、

ショウウィンドウにうつる冬の河。

私は日が暮れるとひどくさみしくなり、

銀座通りをあるく、

空を見つめ、溺死の光りの中に泥の眼をかんじ、

地下に没してゆく靴をひきずって。

永遠に見ていたいもの、見たくないもの、

いつも動いているもの、

止まっているもの、

剃刀があり、裂かれる皮膚があり、

ひろがってゆく観念があり、縮まる観念があり、

何ものかに抵抗して、オウヴァに肩を窄める私がある。

冬の街。

          (一連) 

 

 昭和23~の頃の二作目です。本ではすごく詳しく解説、分析されていますが、要点だけをまとめます。

  • 風景の中を歩く私の心理を描いている。風景=心理の交感。
  • 他者と自己。断絶の意識。戦後の時代が持っている意識
  • 超越的な観念への希求
  • 死(滅び)の意識

  この詩は戦後詩の典型であり、古典になっています。

 

すばらしい夕焼けだ! 気持よく揺られながら、汽車の窓から

ぼんやりと、秋の空、

見ているうちに赤、紫、

オレンジ、また濃い紅と、動かないで

動いている湖みたいに、よく

変化するものだ! 収穫を終えた

畠の向うは森だ。その

遠くには低い山脈が沈黙して、横に

ながく伸びている。ぼくの鼻が

ふと冷たいガラス窓に触れたと思ったら、

おお寒い! さっきから

腰掛けの下でごろごろと、揺れているのは、飲み捨てた

牛乳壜か。そろそろ夕焼けも消えそうだ。

いつのまにか、山脈は真黒な

シルエット、残りの光が鳶色に

山の向うに死んでゆく。さびしい一人旅の果てに行き着くところは

どこでもいいさ。街があって、灯があって

それに大きな屋根のある土地だ。もう

             (略)

  二作目の詩です。

 前のに比べて詩法の変化が見られます。具体的だし、饒舌です。なぜそうなったのでしょうか? じつはこの詩を書く前に妻と子を事故で失った体験があるのです。それに理由を求めることはできないが……と解説には書かれています。

 この詩の背景には「ひとり」である寂しさがあり、詩人は隠していません。また饒舌の裏にはニヒルな心理があって、この詩の基調をなしている……と分析しています。

 

 ぼくが北村太郎の詩に感じるのは、風景と溶け合った心理表現の巧みさです。それは詩人が流されない自己を持っているからできるのだと思うのです。その詩のテクニックはすごいと思います。

 

 

 

 

【秋谷豊】

秋谷豊 - Wikipedia

 

http://green.ap.teacup.com/sailitera/36.html/「埼玉の文学-現代篇(秋谷豊 詩)」

 

[今日は遠くの図書館]さいたま文学館『秋谷豊 地球の詩人』展

 

秋谷豊公式ホームページ 秋谷豊資料室-目次-

 

 その詩はすこししか検索されません。しかし戦後の詩誌『地球』の代表的詩人だそうです。その全体像はホームページなどで見ていただくことにして、ネオ・リリシズムを唱えたその詩風は四季派の受け継いでいるといわれているようです。

 ここでは三篇の詩が載っているのですが、「歳月」を引用します。

 一連で「冬が来たら 鳥を撃とう――」という行があります。

 二連は――

ぼくが憶えているもの

ぼくが待っているもの

それは枯草の中にはばたく

一羽の鳥である

  そして三連に、こう続きます。

あの鳥は遠くからやって来たのだ

灰色のくちばしで

飢えを満たすために

こころの重みをはかるために――

       (略)

「初め、『四季』的な自然の秩序に基づくリリシズムから 出発したこの詩人も、この詩あたりになるとそのリリシズムの中に実存的な思念を投影させ、ほとんど形而上的なメタフォアの世界に達している」(P260)

 詩人は好んで鳥を生のメタフォアに使うと解説されています。

 

 

 

 

          (リンクさせていただいたサイトの方に感謝します m(_ _)m )

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。