読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

気持を分かち合えること / 富岡多恵子 宗左近 石垣りん

 おはようございます。

 

 昨日、天候などで気持が変化する、影響を受ける、ことを書いたのは……自分が独り暮らしをしているので、気分の変化に気づきやすいということがあるんだと思います。

 ちょっと寂しくなった時とか、不安に感じたりした時に、周りに声をかける人がいないので……若い時に離婚せず結婚生活を続けていたら、いっしょに気持を分かち合えることができる……^^;

 いや、そうもいかないか。

 人は変わるので、良い関係を続けていられるかわからないし。お互いに喧嘩ばかりでうっとおしい関係になっているかもです。

 自分以外の人格を持つ人と一緒に暮らすというのは、許し合うことが必要ですよね。どんなに親しくても踏み込んではいけないプライバシーの領域もあるんだし。

 

 そう思うと、他人と暮らすのも大変だ。

 ぼくのような人は、他人といると居心地が悪く感じるので、すぐ自分のいるところじゃないと思ってしまう……すこし自意識過剰だし、他人に対して構えるところがあるんだろう。

 昔、心理学を勉強して、自分の性格が治らないか、変えれないか、調べたことがある。

 自分の性格には、他人に迎合するところがあるらしい。自分を抑えても他人に気持よく過ごして欲しいというような……いっけんいいように思うけれど……けっきょく、お互いに自立した「自分は自分、あなたはあなた」みたいな大人のコミュニケーションがとれないようなのです。他人に迎合していたら対等の関係を築けないし、ほんとうの意味で友達にもなれない。

 

 子供の頃、虐待的な扱いをされたことを大人になるまで根に持っていた。憎しみになっていたので、母親が嫌いだった。

 いまとなっては、もう過ぎたことなんですが……それに、もう囚われることもないのですが……

 

 いまとなってわかる。子どもの頃に記憶に残っている母親は、ヒステリックな像ばかりで……それは、彼女の病気で、精神的に追い詰められた症状だったのです、子どもには理解できなかったけれど。

 

 心理学的にいう「機能不全家庭」というのは、自分の体験ばかりでなく、社会には多いのです。

機能不全家族で育ったことがわかったからって、どうすればいいんです... - Yahoo!知恵袋

 みたいな悩みの訴えもある。

 こういうのって関係のない人から見たら、ちいさなことに思うだろうけれど、本人にとっては深刻なことなのだ。ここでの答えは正解だと思う。自分を大事に幸せにすること。

 

 そうすれば、独りでいても、いつかは、他人とつながっているのがわかると思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

富岡多恵子

富岡多恵子 - Wikipedia

 

『愛の詩』を読む「between――」

 

わたしの好きな詩 Vol.7: TOKYO PINK-GIRL SINGS BLUES.「身上話」

わたしの好きな詩 Vol.6: TOKYO PINK-GIRL SINGS BLUES.「風景について」

 

富岡多恵子詩集「女友達」より ( 詩 ) - 人生は野菜スープ(または毎晩午前0時更新の男) - Yahoo!ブログ「静物」「挨拶」「喋らないでわたしは聴いた」

 

軽率な言葉――富岡多恵子の詩作品における死について - 和製オドラデクの生活環

 

         *       *

 

たまった本を少しずつ: 『表現の風景』富岡多恵子

 

 第429歩『厭芸術浮世草子』富岡多恵子著、中央公論社 : 自宅で立ち読み〜フォトリーディング・インストラクター大嶋友秀がすすめる本のブログ

 

     ……            ……

 

 富岡多恵子が詩を書いていたのは1970年頃までです。それからシナリオ、小説、エッセーなどで活躍します。 

 

gramali's wave: 物語のようにふるさとは遠い -[富岡多恵子]

 

www.youtube.com

 

  この本では「身上話」が載っているのですが、その解説です。

……彼女の詩の本質はアンチテーゼへの意志と切りはなすことはできないのである。彼女は小野十三郎を顧問とする『山河』から離脱した後、西脇順三郎の詩に親しんだりしているが、この場合には、その近代性をいわば反近代的に通過しようとしたように見える。

 それらのことは必ずしも意識的であったとは思われない。結果から判断する時、彼女は進歩性とか近代性とかいった、いわゆる戦後的なものに自ら接近し、しばらくしてそこを通過し、それらのアンチテーゼであった姿をようやく明らかにするのである。(P190) 

  富岡多恵子の詩の本質を言い当てていると思う。

 詩人はニヒリストで、観念的な言葉を信用しないではぐらかす。そこが爽快なのです。ある意味、最大に知性的なのかもしれない。

 詩を書かなくなったのは、詩では言い切れないものを抱え込んだからでしょう。詩は美学的なものですから。

 

 

 

宗左近

宗左近 - Wikipedia

 

【散文(批評随筆小説等)】宗左近さんの詩の捨て身で描かれている静かさ

 

      *           *

 

詩人・宗左近のこと : 北九州市立文学館

 

2006-06-19 詩人「ゆんゆん」 宗左近さん 87歳 - deadman 2 〈訃報系blog〉

(このサイトの文章を読んで共感して思わず笑ってしまいました。宗左近さんの作詞した校歌がおもしろい。書かれているように、ほんとうにユニークです。^^;)

宗左近のゆんゆん校歌 - ちゆ12歳        

ゆんゆん/ 電波ゆんゆん/ 同人用語の基礎知識

 

 この本では「河童墓碑銘」という詩と詩集『炎える母』から「愛する」「ない愛」が掲載されています。

 解説ではその人物像を描いて、エネルギッシュで行動的であると指摘しています。主題に肉薄していくことや、人間の不条理への、実存への哀切……苦悩、それを描く詩人であるとしています。

 

 

 

石垣りん

石垣りん - Wikipedia

 

石垣りん 1 | 詩のある暮らし Blog

          

 

http://www.izu.co.jp/~jintoku/isigakirinsisyuu.htm石垣りんの詩」

 

石垣りんの心を聴く

 

ひよこの残骸、はじめてあふれる獣の涙、いつの日か出会うもの - 吹風日記

 

石垣りん「おやすみなさい」 - 検索迷子

石垣りん「ランドセル」 - 検索迷子

石垣りん「風景」 - 検索迷子

石垣りん「二月のあかり」 - 検索迷子

石垣りん「年を越える」 - 検索迷子

石垣りん「虹」 - 検索迷子

石垣りん『初日』 - 検索迷子

2010-07-28 - 検索迷子「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」

「表札」

2010-07-27 - 検索迷子「貧しい町」

2010-07-29 - 検索迷子「峠」

2012-07-23 - 検索迷子「夏の本」

 

 声 「非戦」を読む石垣りん「弔詞」

 

「石垣りん詩集」

 

詩日記: 石垣りん

 

「石垣りんというセメント」

 

私の前にある鍋とお釜と燃える火と

 

食わずに生きてはこられない・石垣りん「くらし」「悲しみ」から - 思考の部屋

 

読み研 | 研究・実践 | コラム-「シジミ」の誤読?から

 

http://www.geocities.jp/npowaro/raku-61.htm石垣りん詩集」

 

詩と言葉 この世の中にある<石垣りん>

 

愛(かな)しい詩歌・高畑耕治の詩想 石垣りんの詩。不出来な絵、不出来な詩が好き。

 

地方 詩 : 石垣りん : 心の時空

 

今日の詩は、石垣りんさんの「新年の食卓」: 今日の詩: Poem & Gallery Cafe 中庭ノ空

 

茨木のり子「詩のこころを読む」を読む・石垣りん「その夜」: 中原中也インナープラネット

 

「儀式」 <略歴など/石垣りん> « 海とかもめ

 

石垣りんさんの詩 「白いものが」 について。 : ヨムカウル

 

石垣りんさんの詩―つづき - よつば農場便り

 

石垣りんの詩と真実-湘南のオアシスから

 

読書のしおり(9)中学時代の思い出と私の好きな詩 『石垣りん詩集』|名古屋北法律事務所 初回無料で法律相談ができる弁護士事務所

 

http://www.coop9jyo.com/kumiaiinmesseji-katou.html石垣りんさんの詩から学ぶこと」

 

okwave.jp

 

 

石垣りん(文学者掃苔録)

 

『挨拶』で詩に込められたメッセージを読み取る(2011) | TOSSランド

 

http://miuse.mie-u.ac.jp/bitstream/10076/12849/1/2011M027.pdf

   「石垣 りんの詩がもつ教材 としての可能性― ジェンダーの視点から一」

 

     ……          ……

 

 この本には 「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」が掲載されています。そして解説は二人の詩人の詩評を引用しています。

 小野十三郎――

「家庭労働がこれまで意味した封建的なもの退嬰的なものを一切含んでおらぬ。逆にそれらを持って封建的な 圧迫に抗して起つ婦人の対社会的な積極性がここに見られるのである。詩は憎しみの要素からよりも愛の要素からくずれる。愛を歌って魂を敵の手に委ねてしまったようなものが多かった日本の女の詩が、愛を歌って孤独にくずれず、一つのゆるがぬ共通の心の秩序をきずきあげ得たのも、やはり、はげしい批評精神と批評能力がこのような勤労婦人の場合でも、詩的発想のみなもととなり、秩序や感動の支えとなっているからだろう」

 山本太郎――

「一人の日本女性の社会意識がこのように豊かな言葉で歌われた事はいままであっただろうか。こうした現代詩をみて、難解だといいつのる人はないだろう。それどころか、数十行の散文でも言いつくせぬ人間の心の姿勢を、このように見事に活写する詩というものの本質的な姿をみて、考えなおす事だろう」

 社会意識と個人の意識。

 この二人の詩人の言葉に言い尽くされていると思います。

 

 

 

 

              (リンクさせていただいたサイトの方に感謝します m(_ _)m)

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。