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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

弱さとかを離れて / 観念的なテーマは、具体的なイメージで

 おはようございます。

 最近、大阪の朝は寒いです。夜明け前の冷気で目が覚めます。それでも5時前には起きていますが……すっかりラジオ体操に行くことが習慣化したので、苦になりません。雨で行けないと寂しい。

 

 寂しいで、思い出したけれど……山頭火の昭和5年の10月某日の日記の言葉。「歩かない日はさみしい、飲まない日はさみしい、作らない日はさみしい、ひとりでゐることはさみしいけれど、ひとりで歩き、ひとりで飲み、ひとりで作ってゐることはさみしくない」

 この『山頭火の日記から』のサイトから引用させていただきました。感謝です。

 

 山頭火は覚悟を持った漂泊者です。でも、けっきょくは、旅に出ても、寂しいときは、知り合いを訪ねて居候していたわけで……世間から外れた人でもあった……強い人間じゃないところがすてきです。迷惑な人ではあったと思う。

 

 人は誰でも弱いところがありますね。人に強さを求めてはいけない、と、ぼくは、思うんです。いや、強いことは必要だけれど、他人に求めるのは、「お前は弱いんだ」ということが前提になっているので、求めている者の傲慢さと、相手を見下していることが表れていると思うのです。だいたい、弱い人間に「強くなれ!」と押しつけるのは、無理なことです。弱さを克服する道をいっしょに考えなくちゃ……

 

 と、こんなことを考えているのは韜晦ですよね。結論が出ないことかもしれません。

 

 でも、自分の人生は弱さで満たされていたからなあ……負けたり、弱かったり、逃げ出すばかりの人生だった……という反省があります。

 それでも――〈逃げ出すこと〉がぼくの人生観にまでなってしまっているから、いいのですが……

 いまとなっては、もう、いい歳になったので、そういうことが意味を持たなくなったのですけれど……

 

 すべて、老人になってしまえば……振り返って、「いろんなことがあったなあ」と思うだけになる……そんなに、いろんなことにこだわりがなくなる。すべてが無意味だったという、人生の剥き出しの本質みたいなものを感じる……

 哲学的です……(^_^;)

 たんなる感慨みたいなものですが。

 

 若い人は、たまに老人の心境を想像してみてもいいかもしれない。自分が何十年か後にはどうしているだろう、ということも含めて。(いえ、ぼくも想像してみますm(_ _)m)

 人生で手に入れられる財産なんて限られている。金とか財産は移ろいやすいものです。

 すると形なきもの――家族とか、生き方とか、が大事で価値あるものといえるのかもしれない。それらは滅びないし。

 

 社会で、他人に押しつけがましくない優しい道徳的な人がいるけれど……すごく尊敬します。

 弱さとか、強さじゃない、自分の生き方をしている人のほうが、すてきに見える。

 

 

 図書館から予約していた「禁酒セラピー」を取りに来て下さいと連絡がありがあったので、酒→山頭火→弱さ、と連想したのかもしれない。 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 

「どうしたら自然に詩を書けるのか、テーマやモチーフをどう展開したらよいのか」を知りたいので、先達の詩人たちの詩を参考に、ああでもないこうでもないと迷いながら書いています。

 

 それで、嵯峨信之詩集を読んでいて気づいたことは、

【観念的なテーマの表現は、具体的なイメージで描写している】ことです。

 

 それが詩の意味や世界を深めているなと思ったのです。

(抽象的、観念的なテーマ―→具体的なイメージで描く)ことで、読者にとってわかりやすく共感しやすいものになる。

 

  たとえば、ぼくが勝手に作りますが、

〈愛は純粋で、誰にも手渡された〉という詩行を、

           ↓

〈愛は水のように純粋で、贈り物のように手渡された〉

にすると、より具体的に〈愛=贈り物〉としてイメージしやすくなるし、単なる観念的なものじゃなくなる。(ヘタな例ですみません)

 

 そういう表現を詩集から探してみます。

      ……          ……

 (引用したものはすべて詩の部分です)

   

それはこの世にただ一つしかない火だ

わたしと死との深い谷底から大きな鳥が舞い下りて拾いあげたのだ

その小さな火は

お前に何も求めない

だが零のように空しさをもってお前を庇い

あらゆるものからお前を拒むのだ

             (「火」P17)

 

わたしは水を通わせようとおもう

愛する女の方へひとすじの流れをつくって

             (「利根川」P21)

 

川岸に舫っている小舟がひとりでに岸から離れていく

自らの影の上を滑るように

あなたはどのような岸からたち去ったのか

             (「五月雨」P23)

 

愛というものは

薔薇の新種のようなものだろう

そのつよい匂い

そのやるせない色

そしてもの憂いつかれ

             (P26)

 

 詩集の最初の部分から探しましたので、後半の部分から……

 

妻はいない

妻はいる

妻はいつまでも木を揺すっている

             (P73)

 

永遠とは

多くの時間のなかを流れるひとすじの時間だ

そこだけに別離がある

そこだけに物憂さがある

そこに 失ったものから匂いが帰ってくる

そこに 手を触れた温かい記憶が止どまっている

              (「永遠」P77)

 

日はふたたび来ることがない

だが 詩のなかにはやってくる

また 愛のなかにも来ることがある

              (「不在の日」P79)

 

      ……          ……

 

 いくらでも探すことが出来ます。

 詩とは、テーマを描写によって伝えようとすることだ、と思うのです。

 

 明日は「小詩無辺」(詩学社 1994)を読みます。

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。