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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

成人式の記憶の娘たち  嵯峨信之さんの詩たち

 おはようございます。

 昨日は成人式だったんですね、忘れていました。そういえば朝、ラジオ体操に行く時に美容院が開いていた。意識しなかったけれど成人式に出るための髪のセットなどするためだったんだ。

 思い出すことがあります。もう8年も前だけれど、同じように成人式の日に、娘さんが玄関のところにいて、おばあさんに見せに来ていたんだろう、「きれい、きれいだよ」と話していたのを、見たことがあったんです。青の着物がすごく華やかだった。娘が着飾ってきれいなのはいいなあと思ったんです。なぜかわからないけれど、周りの者もうれしくなる。

 その年は、まだ暗い朝にも、駅前で着飾った娘さんを見た。美容院帰りだったんですね。

 今年は見なかった。生野区に若い人が少なくなったのか。小学校も中学校も有り、子どもは多いのですが。

 

 お正月気分も終りですね、すこし寂しい。

 朝、ちょっと寒いし……それでも平年並みですが。ラジオ体操をする境内のライトアップもなくなったみたいで、集まる頃はまだ暗いんです。懐中電灯を持った人が歩くぐらいです。それでも50人ぐらいの人が集まって来るんだから、真面目な人が多いのだ。早起きは習慣化すると楽しい。

 

 昨日、ASUKAのブログの文章を読んで……覚せい剤は怖い、と思いました。文章では盗聴、盗撮されている、となっているけれど、常識では考えられない妄想に囚われているな、と思ったのです。麻薬は人格を破壊して回復不能にする。

 これは芸能好きでない人にも衝撃を与えたようです。掲示板では様々な憶測の言葉が飛び交っています。

 こんな話題に飛びつくぼくも、物好きだなあと思うのですが……それでも、引きこまれて読んでしまいました。怖かったです。怖いもの見たさ、みたいな好奇心が、人間にはあるから……国際社会は戦争状態なのに、芸能界のスキャンダルを追うことに熱心なのか (゜o゜; でも、人間だからしようがないかも。

 

 自分も酒好きなので、依存症になったら怖いなと思うのです。「禁酒セラピー」という本を図書館に予約しました。前にも読んだことがあるんだけれど。いずれにしても、薬物に依存することは身の破滅です。観念的なもの――偽の新興宗教とか、エリート主義の革命思想とか、選民的原理主義など――に依存することも破滅の道だけれど……

 

 

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 続けて嵯峨信之さんの詩を読みます。 

 検索してみると、多くの方が嵯峨信之の詩を好きなのがわかって……感動です。

 

トリビュート_____Zamboa

 

 このサイトの詩を読んだぼくの拙い感想をすこし書きます。

 

ノアの方舟

 出だしの〈眠っているぼくを起こしにくるのは/どこかの水平線だ〉に、しびれてしまいます。詩的だなあ……と思うのです。水平線が起こしにくる……窓からの光りでしょうか? それが〈縫目のないしかたで……瞼を撫でる〉

 形がメタファーに成り変わる瞬間が定着されているような気がします。

〈緑の反響〉もすてきな表現です。

〈瞼の中をどこまでも漂流していく〉すごい……こういう表現が……〈ぼくには遠ざかるものしか/まだ来ていない〉というまとめの到達点も、胸にストンと落ちて来る。

 

 嵯峨信之にはこういう詩的な表現が随所にあります。読んでいて、楽しい。気持が日常から解き放されて癒される。

 詩全体が、生のメタファーといえるのでしょう。

 作者が描く心象の風景によって、読む者の想像力が刺激される。その心象風景がぴたっと来るのです。

 

「時という靴」

 心象の岸辺に立っている。

 作者の心のなかで想像したことが描写され、ほんとうに具体的に存在感を持って現れるのです。

〈時の靴〉はメタファーですが、具体的な物。だから作者の心象風景のなかで、具体的な物として扱われています。

 

『嵯峨信之全詩集』を読む - 詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

 

この詩はすごい!嵯峨信之作「小さな灯」|たましい的な日々~大切な出会いと出来事byアポロンカズヒ―

 

私の好きな詩: 嵯峨信之 旅情

 

欣也の柏探訪 -- No.93 嵯峨信之の詩

 

 嵯峨信之の詩: 下倉の穆園日記

 

ヒロシマ神話 嵯峨 信之

 

 

嵯峨信之全詩集

嵯峨信之全詩集

 

 

 嵯峨信之はほんとうに詩人らしい詩人です。その表現に酔わされます。

 

 ぼくは、詩は描かれるもの(モチーフ)と、描く者(作者の主体)との距離の関係だと思っているのですが――

  • 嵯峨信之は心象風景を描く。それで語る。それで読者に伝える。

 

 現実のモチーフの側に立たない、自分の主体、心の側に立っている。自分の主体に寄り添って詩を作っている。詩人が創り出した心象風景の描写が詩になっています。それは現実ではない〈詩の風景〉としてあると思うのです。

 

 嵯峨信之は、多くの作家が現実に囚われるなかで、自分の心象風景を描くことに専念した〈詩人らしい詩人〉だと思うのです。

 

      ……           ……

 

 また明日に続きます。

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。