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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

夫婦別称の自分の体験

 おはようございます。

 寒くなりました。こういう日はあったかい鍋物がいいですね……

 

 昨日も夫婦別姓のことを考えたのですが、なぜこだわるのかというと、自分が結婚しているときにまさしく夫婦別称で呼び合っていたからです。

 ぼくが結婚したときは27歳だったのですが、嫁さんは5歳年下の大学を卒業する時でした。嫁さんはほどなく心身障害児施設で働くようになりました。ぼくも誘われてボランティア活動をするようになったのです。

 

 嫁さんとの出合いはけっこう単純です。沖縄から大阪に帰って来てからは、アルバイトをしながらアパートを借り、マルクス主義関係の本を読み勉強していました。その同じアパートに関西大学の学生さんがいて、嫁さんはその知り合いだったのです。 

 その頃、新左翼内ゲバを繰り返していて、運動は袋小路に入っていたのですが、それでも集会は行われていました。嫁さんはフェミニストだったので、いっしょに集会などに行くことで親しくなったのです。

 

 ぼくは中核派のシンパでしたし、結婚後は西宮市に住んでいたのですが、集会で知り合った市職労の人や市民で共闘会議を作っている人たちもいて――周りはリベラルな人ばかりでした。そういう時代の雰囲気のなかで共同生活をしていたのです。

 

「結婚という形式はどうでもいいんじゃない」というのがお互いの認識でした。それで、お互いの姓で呼び合っていました。それを不思議とも思いませんでした。当時のフェミニズムの思想に、疑問も持たず、リベラルであろう……と思っていたのです。

 さすがに、子どもが3歳ぐらいのときに、嫁さんのことを、ぼくの真似をして「Oさん」と呼び始めたので、「お母さん」に直させましたが……(^_^;)・

 

 結婚生活は……ぼくが28~32歳まで中核派のシンパで、集会に行ったりいろんな活動をしていたことに重なっています……82年に解消することになりましたが……お互いに忙しすぎたのです。ぼくがそのあいだに4回も職を変えたし、生活が安定しない分、彼女に負担をかけていたせいもあります。

 

 夫婦別称で呼び合うような意識の高い家庭には、経済的な安定が必要だと思いますし、そういうリベラルな関係を支える具体的なものが必要でしょう。生活の面で安定してこそ、高い意識も持てる――いまは、そう思うのです。

 問題意識だけ高くても、観念先行の生活……は続きません。

 

 

 中核派セクト主義に陥って、三里塚闘争で分派的行動に走ったことを知り、シンパをやめる決意をしました。その時の絶望感みたいな気持が離婚につながりました。すでに嫁さんの気持も、ぼくから離れていたようでしたし……

 

 いまでは、観念的なものは長続きしない、と思っています。いくら、いいものでも……観念先行のものは、具体的な裏づけがないと空疎です。そう思うのです。

 

      …………    …………

 

 マルクスがいったように「社会的(な、具体的生活)存在が意識を規定する」と思うのです。

plaza.rakuten.co.jp

(久しぶりにマルクスの言葉を読みました。サイトの方に感謝します)

 

 生活が伴わないで、意識だけを先行させても無理が生じるだけだと思いますし、じっさいは、現実に何をしているか、です。幸せのために、何ができるか、です。

 そういう意味では、観念的なことに囚われない、自由な発想や、自由な行動や、態度から生まれるものが、幸せに結びつくと思うのです。

 

 現実が変わっていけば、それを反映して制度は変わると思います。

 いま日本の家庭は、個人主義の反映で個人の集合体に変わってきていると思うのです。ぼくは、個人の集合体でもいいかな、と思ったりします。これから家族像も変わっていくのでしょう。

 

 いまは、ぼくは〈自分なりの仏教徒〉として生きようとしているので……観念的な理想や、妄想に囚われることがないように気をつけています。でも、人が理想的なものを求めるのはしかたないことかもしれない……と思ったりします。

 

 

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 詩のカードからです。

 

シュールレアリズムとは】

 新川和江の本に書かれていたこと…… 

詩が生まれるとき

詩が生まれるとき

 

 

シュールレアリズムとは何か」

 と問われて、飯島耕一は、

「トマト畑を馬が駆け抜けるのではなく、トマトの中を馬が駆け抜けて行くことです」

 と――

 

言ったということです。本質を言い当てていると思います。

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。