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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

再び、夫婦別姓を考える……

 おはようございます。

 朝、寒いんじゃないか、と予想していたんですが、それほどでもない。天気予報を見ると、本格的な朝の冷え込みは明日からみたいだ。それでも、今年の冬は暖冬、っていっていた予報は当たっているなと思う。

 

 

 8日に夫婦別姓の報道のことを考えてから、ずっと、「なにかを主張すること・正しいことを主張すること」への違和感が頭を離れないのです。ぼくは夫婦別称にしなくてもいいと考える方ですが……そういう思いが……夫婦別姓を主張される人たちを「過剰に主張し過ぎだ」と思う原因になっているのかもしれません……

 

oshiete.goo.ne.jp

 

 このサイトでは、普通の人がいろんな立場で思いを書き込んでいるようで、「主義、主張に偏ってない客観的な材料、データから考えてみては……」という意見もあり、好感を持ちました。

 

          …………      …………

 

 ぼくが考えるのは……結婚というのは「制度」なんだということ。社会的に承認されることです。だから私有財産も保護されるし、結婚によるいろんな社会保障も受けられる。

 愛情は個人的な人間関係の基本なのですが、社会の側から見ると、体制の安定も欠かせない。だから制度として社会に組み込んでいるということでしょう。じっさい、社会学では、家族は社会の最小単位と見ているようです。

 

yossense.com

 というサイトに書かれていることも読みました。

 夫婦別姓を実行されている人たちの意識がよくわかります。

 

 

 

okwave.jp

  というサイトも、勉強になりました。

「事実的アプローチ」と「価値的アプローチ」という分類に気づかされるものがありました。

 たしかに「これが正しい」と主張される人たちは、「価値優先・価値観先行」の傾向があるようです。自分の考えていることが第一にあるのだ、っていう……

 

matome.naver.jp

 

 このまとめは、分かりやすく理解しやすいです。

 

        …………       …………

 

 最高裁で、いまの民法は合憲という判断が出ました。そのときの掲示板での反応です。

matometanews.com

blog.livedoor.jp

 

 でも、制度の在り方の問題なのですから、多くの人が望むなら変わっていくと思います。制度というものはそういうものだと思うのです。合理的なら、そのほうに変わる。

 結婚しないで姓を変えない人が増えるか、夫婦別姓事実婚ばかりになれば、制度の方もそれに対応しなくてはならなくなるでしょう。いまは、まだ少数派ということだと思います。夫婦別姓という生き方をする人が多くないというだけじゃないでしょうか。

 結婚している人たちと同じような社会的な権利が、非婚や事実婚の人たちにも与えられると、制度としての結婚が意味を持たなくなる。フランスのように事実婚が当たり前になって家族は固定したものでなくなるでしょう。

  家族という関係のなかで育つ子どもを誰が養育するのかが問題ですが……

 

 ぼく自身は、結婚という形式は大切で、一つの姓を分かちあったほうがいい、と考えるのですが……そのほうが同じ意識のもとで家族として暮らせると思うのです。

 

(自分は結婚に失敗したので、反省を込めていっています m(__)m )

 

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 世界的、歴史的にみれば、婚姻制は変化してきた…… 

matome.naver.jp

 学問的に調べていけば、もっと複雑なんでしょうが……

 元々はどういうことなのかを考えていけば……

家族・私有財産・国家の起源 - Wikipedia

               まで、行きます。

 

 

 

 けっきょく、自分が、現在あるものに対して何を選ぶか、どういう態度を取るか、ということなのだと思います。主張することは、相手を説得する手段にすぎない……だから主張することが正しいとは限りません。

 

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 詩のカードからです。

 

【現実はドラマに満ちている】

 現代詩は言葉の結合を進めた結果、言葉遊び的知的ゲームに陥っている、と思っています。

 ほんとうは、現実を見れば切実で、ドラマに満ちている。

 現実が基本だと思うのです。

 

 鈴木志郎康さんの「ペチャブル詩人」のように――

   ●心理のすべてを書いてしまう詩法。

   ●言葉と自分(自我)との距離が近い。

   ●そして……映像的。

 

 あるいは村野四郎さんのノイエザハリッヒカイト(新即物主義)。

 出来事を視覚的に、感傷を交えないで、客観的に描く形態美の詩法。

 

 現実ということが基本なのです。

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。