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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

NHKの「夫婦別称」の報道を聞いて……

 おはようございます。

 今朝、大阪は晴れています。いい天気です。北海道のは吹雪だったり……寒いのは北国だからしかたないけれど……それでも、寒いのはそれなりにいいこともあると思う。

 

 世の中のことは、見方が変われば違ったように見える。

 

 昨日のNHKラジオで夫婦別称についてのアンケート結果を報道していた。

www3.nhk.or.jp

 書かれている内容の通りなんだけれど、そんなに夫婦で違う名前にしたい人が多いのか、と不思議な気持ちになった。

 女の人が男の側の姓を名乗ることが多いのは――たしかに社会の同調圧力があるだろうし、慣習といっても納得できないものが残るだろう。ただ、これが個人の尊厳を犯しているかというのは違う話のように思う。

 

 夫婦別称を唱える人たちは、共働きで、女性の社会進出賛成とかの、要するにリベラルな先進的な考えを持った人が多いのだと思う。働くことが当然で、女性の社会的権利がもっと拡張されることが必要だと考えている人たち。

 

 国連からも、日本は女性を差別的に扱っていると指摘されている。 

女子差別撤廃委員会 - Wikipedia

 こういう勧告もあるので、夫婦別称が当然行われるべき根拠になるだろうが……「なんだかな」と思う。国連がそんなに信用できるものなのか。国連の言うことがすべて正しいのか。

 ぼくは南京大虐殺というのは捏造で、日本を貶めるために作られた嘘だと思っているのですが、中国の思惑通りに、記憶遺産に登録されてしまいました。

 そして、すでに客観的に見ても嘘だとわかる、証拠も事実もない従軍慰安婦を、今度は韓国と一緒に登録しようとしています。

 そんなこともあり、ぼくは国連が言うことが正しいなどと思っていません。

 

 夫婦別称に関しては、世間でも、いろんな意見や、思いがあるだろうけれど……多くの人が「そうしたい」と思えば、そうなると思います。

 正しいかどうかは関係ないと思うのです。

 少数の人が「これが正しい考え方だ」と主張したからといって、正しいことが世間に反映されるとは限りません。

 

 ぼくがいつも思うのは、「正しいからこうすべきだ」という論理を主張するのは、いいことか、ということです。

 社会に抗議する人たちは「正しくあるべき」といいます。

 でも、社会はそうなっていない。

 底辺で生存権を奪われている人もいるし、しかたがなく強制的な労働に耐えている人たちもいる。

 そういう矛盾が集積する底辺層の現実を、「正しい人たち」は見てくれるのか。何かしてくれているのか。いや、正しいことを主張する人たちは、「自分たちにとって正しいこと」を社会にのませようとしているだけなのでないか……

 

        …………    …………

 

 また、ぼくの理屈っぽさが出てしまいました……

 アンケート結果で、そんなに、夫婦が別の姓でいい、というひとが多いことに驚いたので……

 

 ぼくは、建前とか、スローガンとか、正しいこととか、他人から押し付けられてくるものが嫌いなのです。自分で考えていたい。なぜ、建前とか、それに類いする論理が嫌いなのかは、また書きたいと思います。    

 

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 詩のカードからです。

 

【書かれた詩をわかろうとすることは】

――作者が詩を作る過程を、追体験すること。

 

 と、かかれた文章がありました。その通りだと思います。

 ぼくらは、書かれた詩を鑑賞するとともに理解する。なぜ、こう描かれたのかわかろうとする。その表現に到った作者の心理を想像する。そして共感する……それが詩の相互作用だと思うのです。

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。